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44話 味方にする場面

 側妃ウルスラに招かれた、晩餐の日がやってきた。



 『七色の夢商会』へ迎えに来た馬車から、正装のヨアヒムがエスコートのために出てきたのもビックリしたが、皇城に辿り着いて以降もファビオラは驚かされてばかりいる。

 どうやら城内では、側妃と正妃の居住区に境界線が引かれているらしく、それぞれ絨毯やカーテンが赤色と青色に区別されていた。

 対立していると分かる構図を、まったく隠そうとしていないのに慄く。

 

(これは想像していた以上に、強烈だわ。ヨアヒムさまが、癖が強い人が多いと言っていたのは、こういう確執も含まれているのね)



 赤い絨毯の上を歩いて案内された会場には、あの男の子と同じ朱金色の髪をした女性がいた。

 席が上座であることからも、彼女がウルスラだと分かる。

 すぐさまファビオラは頭を垂れ、完璧な淑女の礼をした。



「綺麗な色のドレスね」



 ウルスラはファビオラが着ているドレスを見て、目を細める。

 落ち着いた赤を基調として、所々にファビオラの髪色である銀がアクセントに入っている。



「いい判断よ。頭の回る子は好きなの」



 赤公爵家から選ばれた側妃ウルスラとの晩餐に、赤色のドレスを着ていくのは正解だったようだ。

 挨拶を済ませると、ファビオラは勧められた席に着く。

 すぐ隣には、ヨアヒムが座ったので、ホッと胸を撫で下ろした。



(ヘルグレーン帝国流のテーブルマナーをおさらいしてきたけれど、分からなかったらヨアヒムさまを参考にさせてもらおう)



 ウルスラの合図で、給仕が動き出す。

 ファビオラの前に置かれた大きな皿には、色とりどりの美しい食材が絵を描いていた。

 そのどれもが一口サイズに整えられ、食べやすそうだ。

 カトラリーを使って上品に、それらを口に運ぶファビオラへ、ウルスラが気軽に声をかける。



「ファビオラさんは、あの人工薪を販売している『七色の夢商会』の商会長なんですってね。どうしてカーサス王国の侯爵令嬢が、ヘルグレーン帝国で事業を始めたの?」



 表情にも言葉にも、嫌味は感じられない。

 むしろそこにあるのは、純粋な興味や好奇心だった。

 ファビオラは口元を拭って、用意してきた回答を諳んじる。



「商科での学びを、実際に活かしてみたいと思いました。自領で製造していた人工薪の可能性に着眼し、それを必要とされる場所で販売しようと考えたのです」

「ヘルグレーン帝国は、カーサス王国よりも冬が長いものね。確かに、薪を売るには適しているわ。……だけど、なんだか先生みたいな回答ね」

 

 ウルスラに苦笑いをされて、ファビオラは失敗に気づく。

 求められていたのは、これではなかった。

 一瞬だけ視線をヨアヒムへと向けると、ファビオラを見て力強く頷いてくれた。



(正直に話してもいい、という合図よね。でも、どこまで手の内を明かせばいいの……?)



 ファビオラは迷ったが、それは数秒にも満たなかった。



(恋に悩むシトリンさんを説得するときに、自分で言ったじゃない。信用する相手には、全ての手の内を明かすものよ。そうしないと腹の探り合いが続いて、せっかくのご縁が解けてしまうって)



 今日の晩餐の席を設けてくれた、ヨアヒムを信じよう。

 ここは胸襟を開いて、ウルスラを味方にする場面だ。

 覚悟を決めたファビオラは、手持ちの中で最高の切り札をきった。



「カーサス王国のエルゲラ辺境伯領を護るため、『七色の夢商会』を立ち上げて軍資金を稼いでいました。そして私は、内部事情を探るために、ヘルグレーン帝国へやって来たのです」

 

 ウルスラとヨアヒムが瞠目する。

 ここまであからさまに言うとは、思っていなかったのだろう。

 そしてそれはヨアヒムにとっても、知らない事実だった。



「ファビオラ嬢、一体どういう……」



 狼狽しているヨアヒムを、ウルスラが手で制して黙らせた。

 ここからは、ウルスラとファビオラの、本音のやり取りが始まる。

 

「軍資金と言ったわね。それは戦うためのお金という意味であってる?」

「概ね、あっています。ですが……戦うためではなく、抗うためなのです」



 すっと、ウルスラから発せられていた威圧が消えた。

 それだけでファビオラは息がしやすくなる。



「ヘルグレーン帝国から攻め込まれるかもしれない、とカーサス王国は認識しているのね」

「それを信じるに足る情報もあります」

 

 燃える炎のようなウルスラの瞳に見つめられても、針葉樹のようなファビオラの碧の瞳は動じない。

 続けてウルスラから質問された。



「情報の出所は聞かないから、その内容を教えてくれる?」

「他国からは怪しまれない量ですが、ヘルグレーン帝国の鉄鋼の輸入量が増加しています。そして実際に、兵団お抱えの鍛冶屋には、大量の武器と防具の発注がされています」



 ウルスラが称賛の意味を込め、ぱちぱちと手を叩く。



「優秀ね。ファビオラさんに潜りこまれてしまったヘルグレーン帝国は、このまま丸裸にされるんじゃないかしら」

「母上、冗談を言う場面ではないですよ」



 ヨアヒムにたしなめられるが、ウルスラは唇で弧を描く。

 それは完全に、ファビオラという存在を気に入っている表情だった。



「ヨアヒムの持っている情報と合わせると、精度が上がりそうね」

「ヨアヒムさまの……?」



 ファビオラに問われ、ヨアヒムも口を開く。



「義兄上が秘密裏に、違法な私兵団を結成したという情報がある。初めは百人ほどいたらしいが、装備の配給が遅れたり、給与の支払いが滞ったりで、徐々にその人数を減らしているそうだ」



 『雷の鎚』のハネス親方が、商業組合の相談員の指導通りに、対価無しで装備を渡すのをゴネているのだろう。

 給与の支払いまで滞っているのならば、予算組みされていなかった非公式の私兵団関係の資金が、あまり潤沢ではないのが推察できる。

 やはり、青公爵家とそれに連なる一族というよりは、マティアスが個人で動いている気配が濃厚だ。

 

「私兵団にしては烏合の衆で、実戦では役に立つかどうかも分からない傭兵崩れが多い、とバートが言っていた。だから、あまり重要視はしていなかったのだが……」

「ヨアヒムよりも、カーサス王国は事を大きく見ているようね」



 ウルスラが顎に手をやった。

 ヨアヒムが説明を続ける。

 

「そもそもあの集団には、他国を攻める技量がない。義兄上の目的は、私たち赤公爵家とそれに連なる一族への威嚇だと思っていた」

「私もヨアヒムの意見に賛成していたけれど……マティアスは愚かだからね。もしかしたら、こちらの予想通りには動かないかもしれないわ」



 ウルスラの懸念は、なんだか納得できる。

 ついファビオラも同意してしまった。



「ねえ、ファビオラさん。あなたの漢気を見込んで、提案があるわ」



 目を細めたウルスラの笑みは、凄みがあった。

 これが皇帝をも叱責するという、側妃の本性だ。

 

「母上、ファビオラ嬢の本来の相談事を、忘れないでください。ヘルグレーン帝国に留まりたいと希望する間、彼女の身の安全が確保されなくては、私はどんな提案にも賛成しませんからね」

「提案をする前から、怖い顔をしないでちょうだい」



 眉を下げる様は、息子に弱い母親そのものだ。

 ファビオラはウルスラに、人間としての奥深さを感じた。

 

「私はただ、ファビオラさんがマティアスの思惑を探りやすいように、専属の侍女にならないかって言おうとしただけよ」

「専属の侍女、ですか?」

「私が下賜するブローチを付ければ、この皇城の中を自由に歩けるわよ。どんなところに潜んで、どんな会話を耳にしても、怪しまれないのが侍女の利点ね」



 ファビオラの目が輝いた。

 まるで密偵みたいな活動は、『朱金の少年少女探偵団』のシャミの得意分野だ。

 メンバーの中で紅一点のシャミは、よく変装をしていた。

 あるときは花売りの少女、あるときは靴磨きの少年に扮し、町の情報を隅々から集めるのだ。

 ごっこ遊びをしていた昔の高揚感が、ファビオラに蘇る。



「素敵ですね……!」



 乗り気なファビオラに、ヨアヒムが危惧をする。



「いくら母上の専属でも、青公爵家とそれに連なる一族に絡まれたら大変です。あちらは侍女なんて、下の身分だと思っている。ファビオラ嬢への当たりも、必然きつくなるでしょう」

「だったらヨアヒムの案も、それに重ねたらいいじゃない。二人で護れば、より堅固でしょう?」



 唇を尖らせて、ウルスラは拗ねて見せる。

 ただし、それは少し演技じみていて、ファビオラは違和感を覚えた。

 すぐ隣から、ファビオラ嬢、と呼ばれてヨアヒムの方へ顔を向ける。

 するとそこには思いつめた顔をして、耳を赤くしたヨアヒムの姿があった。

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