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25話 愛される条件

「っ……!」



 なんと言えば不敬罪にならないのか。

 むしろここで、「はい、そうです」と告げれば、楽になれるのか。

 悩むファビオラが視線をさ迷わせた先に、こちらを睨む鬼の形相のエバがいた。

 思わず目が合い、ひっと顔を引きつらせてしまう。

 そんなファビオラの挙動に、レオナルドが気づいた。

 

「もしかして……僕じゃなくて、エバを怖がっているのか」



 ファビオラの返事を待たず、レオナルドが一人で納得する。

 

「記憶がなくとも、エバが恐ろしい相手だと分かるのだね。大丈夫だよ、君には決して近寄らせない。僕がすべての危険から、ファビオラ嬢を護ってあげる」

「記憶……?」

「僕がファーストダンスの相手に、君を選んだ理由を教えよう。これは決して、戯れなんかではないんだ」



 レオナルドがファビオラの銀髪に、熱い眼差しを向ける。



「もともと銀髪というのは、神様の御使いの一族の象徴だった。神様に愛される条件として、僕たち王家が備え持っていたものなんだよ」

「銀髪が、神様に愛される条件……だったんですか?」



 ファビオラは、どうして自分に神様の恩恵が与えられたのか、分かった気がした。

 御使いの一族の血が薄く流れているだけでなく、髪が銀色だったからだ。

 

「今や血は混ざり過ぎて、王家にも銀髪の持ち主は現れにくくなった。だからこそ、神様は余計に銀髪を求め、その魂を欲するようになった」



 ダンスの振り付けに紛れて、レオナルドが銀髪にそっと口づけを落とす。

 その大胆不敵な仕草に、ファビオラはぞくりと怖気が走った。



「僕の双子の妹、ラモナが10歳で早逝したのも、神様に連れて行かれたからだよ」

「……事故が起きたと、お聞きしています」

 

 公表されているのはそこまでだが、ファビオラは予知夢の中で、ラモナの死因が水難事故だったと、レオナルドに教えてもらっている。

 

「不思議な死に方だったんだ。だから僕は神様のせいだと思っている。ファビオラ嬢のことも、心配なんだ――もう死んで欲しくないからね」



 ひたりとファビオラに合わされたレオナルドの瞳は、深淵を覗くようだ。

 その仄暗さに、ファビオラは恐怖する。

 このままではレオナルドに、絡めとられてしまう。

 そう危惧したファビオラが、いよいよ転ぶ覚悟を決めたところで、生演奏に負けない金切り声が上がった。



「ちょっと、あなたって年下のくせに生意気よ!」

「そっちこそ、年増が出しゃばる場面じゃなくってよ!」

「学校に入学したばかりのお子様に、恋の駆け引きなんて無謀だわ!」

「アダンさまと年齢が近いのは、私のほうですからね!」



 弟の名前が出て、ファビオラが思わず足を止める。

 レオナルドも仕方なしに、踊るのをやめた。

 そして大音量の発生源を見ると、荒々しいことになっていた。

 

「あの二人は……本当に役に立たないな」



 レオナルドの声には、大いなる失望がこもっていた。

 その目線の先では、ナスのような顔をした男性が淑女の体を両手で押し留め、玉ねぎのような頭をした男性が少女を羽交い絞めにしている。



「声を抑えてください、姉上。レオナルド殿下の御前ですよ」

「止めるんだ! これ以上、騒ぎを大きくするな!」

 

 拘束されていても、二人の女性の口は塞がっていない。



「アダンさまの婚約者になるのは私よ!」

「いいえ、アダンさまは私を褒めてくださったわ!」

「それは社交辞令って言うのよ!! これだから世間知らずは!!」

「舞い上がっているのはどっちよ!! 売れ残って焦っているのね!!」



 ぎゃんぎゃんと罵りあう令嬢たちの間に、アダンはいた。

 

「申し訳ありません。お二人とも魅力的過ぎて、ボクには選べそうにありません。親睦を図ったつもりでしたが、揉め事になってしまい心苦しい限りです」



 いけしゃあしゃあとお辞儀をして、アダンは素早くファビオラのもとへやってくる。



「お姉さま、どうやらボクのせいで、パーティの雰囲気が台無しになってしまいました。ここは早めに退場するのが得策でしょう」



 ファビオラの手を奪い取ると、アダンはレオナルドへ非礼を詫びる。

 

「レオナルド殿下の側近の方々から、ボクの婚約者にどうか、と美しい姉妹を紹介していただきましたが――今後はこのような争いが起きないよう、父を通してもらいたいと思います」

「……彼らは僕の側近ではない」



 切り捨てるレオナルドの言葉に、側近候補たちが揃って顔を青くする。

 ファビオラたちが逃げ出さないよう足止めを命じられていた彼らにとって、お茶会に続いての大失態だった。

 

「そうでしたか。そのように自己紹介をされていたので、てっきり――」



 乱闘寸前の騒動を起こしたのは側近候補たちの姉妹だが、ここまで焚きつけたのはアダンだろう。

 それなのに涼しい顔をして、レオナルドに対峙している。

 

「とんだ事態になってしまいましたが、本日は誠におめでとうございます。姉ともども、心よりお祝い申し上げます」



 アダンに続いてファビオラも簡単な寿ぎを伝えると、二人はそろって退場した。

 先ほどまでは、レオナルドとファビオラの話題で持ち切りだったのに、今は側近候補とその姉妹たちに耳目が集まっている。



(してやられた。ファーストダンスの後に、衆人環視の中で、婚約を申し込むつもりだったのに――)

 

 その状況下で、レオナルドに恥をかかせないためには、ファビオラは頷くしかなかっただろう。

 アダンの機転のおかげで間一髪、免れることができた。

 

(手駒の技量に、差があり過ぎる。もっと僕も、影を使うべきか?)

 

 御使いの一族の血に対して盲目的に従う集団に、レオナルドは懐疑的だった。

 しかし、側近候補たちがここまで足を引っ張るのならば、その考えを改めなくてはならない。

 

(どうせ、エバも使っているのだろう。お茶会で令嬢たちが次々と体調を崩したのも、影にやらせたのなら、証拠なんて残るはずがないんだ)



 影の行いは罪に問われない。

 王族のために捧げられる、純粋な奉仕だからだ。

 だが、それに納得がいかず、国王ダビドは決して影を使わない。

 ゆえに現段階では、ほとんどの影が、降嫁した王妹ブロッサの護衛を命じられているはずだ。



(僕とエバが対立した場合、影はどちらの味方をするだろうか? 使うかどうかは、それ次第だな)



 姉妹を会場から引きずり出すのに手こずっている側近候補たちを残し、レオナルドは挨拶もそこそこにパーティを切り上げた。



 ◇◆◇◆



「誰なのォ!? ファビオラってェ!?」



 花瓶をなぎ倒して怒り狂うエバの質問に、影が返す。



「グラナド侯爵家の長女です」

「招待状の発送先に、そんな名前はなかったじゃない!」

 

 エバはあらかじめ、このパーティに招かれた令嬢たちを脅迫していた。

 万が一、ファーストダンスの相手に選ばれたとしても、必ず断るようにと言い含めていたのだ。



「配達とは違う方法で、招待状を届けたのだと推測します」

「特別扱いをしたってことォ!? あの気高いレオさまが、頭まで下げていたし……っ!」



 ずっと影に探らせていたが、レオナルドが目をかけている人物の正体は、ついに分からなかった。

 それはファビオラに関することは、すべてレオナルド本人が動いていたせいで、影にとっては踏み込めない領域だったからだ。



「あの女ァ……汚らしい銀髪だったわ!」



 レオナルドは、まだラモナの死から立ち直れていないのか。

 エバは自分の栗色の髪を、ぐしゃりと掴む。

 パーティから帰宅して、着替えもしていないので、巻いた髪からは銀の装飾品が転がり落ちた。



「いくらドレスや装飾品を銀色にしても、レオさまは見向きもしない! 私が銀色のかつらを被ったところで、それは同じなのよォ!」



 エバは足元の装飾品を蹴り飛ばす。



「う~、憎いわ! 銀髪ってだけで、レオさまの心を奪うあの女がァ! さっさと殺してよ! 今すぐにィ!」



 影が回答を躊躇する。

 そして、申し訳なさそうに頭を下げた。



「銀髪は御使いさまの証。少しでもその血が流れている以上、我々が直接、手を下すことは叶いません。しかし……エバさまがそれを成されるのならば、お力添えはさせていただきます」

「お力添えェ? じゃあ私が殺すから、あの女をここまで引きずってきてよ!」

「善処します」



 影の姿が消えた。

 エバはそこへ、腹立たし気に唾を吐く。



「あったまにきちゃう! 簡単には殺してやらないわ! じわじわ苦しめて、命乞いをさせて、ぐちゃぐちゃに汚してやる! あの銀髪も引っこ抜いて、踏みつけてやるわァ!」

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