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22話 判断の決め手

「彼女が、あの女の子だ」

「どうして分かったんです?」



 興奮を隠せないヨアヒムは、無意識に古傷のある右肩に手をやる。

 そして足早に歩くバートへ推論をまくしたてた。

 

「ポムがいた。どんぐり帽子みたいな黒い髪に、くりくりの青い瞳。あの女の子の弟だ。背は伸びていたけれど、顔がまったく変わっていなかったから、すぐに分かった」

「は~ん、弟くんが判断の決め手になったんですね?」

「昔と同じく、あの女の子をお姉さまと呼んでいた。だからこそ彼女が、シャミに違いない」



 シャミとポムとオーズ。

 三人で『朱金の少年少女探偵団』になりきって、町中を駆け回ったあの日が思い出される。

 こらえようと努力しているが、さきほどからヨアヒムの頬は緩んでいるはずだ。

 長年、探したくても探せなかったあの女の子が、ようやく見つかったのだ。



「どうしよう? どうしたらいい?」

「まずは落ち着いたらいいと思いますよ」



 バートの的確な意見を、今は聞けそうにない。



「心臓が苦しい。体から飛び出しそうだ」

「ヨアヒムさまが冷静沈着とか言われてるの、絶対に嘘ですよね」

「私の態度はおかしくなかったか? 彼女に変と思われていないだろうか?」

「あんな短い接触じゃ、感想を抱くのも難しいですよ」

「今すぐにでも、『私があのときのオーズだ』と告げたいが……まだ早いよな」

「皇位継承争いに巻き込みたくないのなら、黙っているのがいいでしょうね」

「そう言えば、義兄上たちが彼女の商会に文句をつけていた。すぐに黙らせよう」

「手段は選んでくださいよ。将来、ヨアヒムさまは皇帝の座につくんですから、身ぎれいでいなくてはなりません」



 バートの真剣な眼差しに、釘を刺される。



「汚れ仕事は、いくらでも俺がやります」

「バート、私が暗殺されないくらい、強くなったら――」

「そのときは、新しい職場を紹介してくださいね」

 

 にこりと笑うバートに、ヨアヒムは複雑な気持ちになった。

 誰よりも優れているだけで、バートは決して、人殺しを楽しむような性格ではない。

 それが分かっているから、いつかその枷から解放したいと、ヨアヒムは願っていた。

 しかし、バートのように磨き抜かれた技術をもつ者は、どこからも欲しがられる。

 安寧に生きる未来の難しさは、ヨアヒムも知っていた。

 だから今はただ、その手をなるべく汚さなくて済むように――。



「口を噤ませるくらい、バートに頼るまでもない。今日だって義兄上は、仮病をつかって公務を投げ出していたんだ」

「あいつのサボりをチクるんですか?」

「しばらく、執務机に縛りつけられればいい」



 ヨアヒムはいい顔で微笑んだ。



 ◇◆◇◆



「ルビーさん、青色に燃える薪の件なんだけど、もう一度、かかる日数を検証し直してみましょう」



 ファビオラはルビーを伴って、会長室がある二階へと上がる。

 アダンも話に参加したいと、ついてきた。

 会長室には大きな机と、仕事に必要な資料が置いてある。

 青色に燃える薪に関する書類を引っ張り出すと、ファビオラはそれを机に広げた。

 

「少しでも、納期が縮まるなら助かるわ」



 さすがにルビーも、ほとほと困り果てたという声だ。

 第一皇子であるマティアスが直々に来店したのだから、仕方がない。

 青公爵家からの、かつてない圧を感じただろう。



「お姉さま的には、どの辺りが改善できそうですか?」



 アダンが書類を眺めていた顔を上げ、ファビオラに尋ねる。

 その表情は、すっかり経営者のものだ。

 ファビオラは、製造過程が書かれた部分を指さし、改善点を述べた。



「ここの作業により多くの人員を投入して、時短に努めましょう。赤色に燃える薪を製造した経験者がいるから、すでに手順は分かっているはずよ」

「一度目よりも、もっと効率的に動けるって訳ね」



 ルビーが頷き、同意を示す。

 するとアダンが別の書類を持ち上げ、ファビオラに質問する。



「この設備の輸送に運河を使わないのは、どうしてですか? ボクたちが陸路より早く、エルゲラ辺境伯領へ着いたように、船に載せれば日数を短縮できると思うのですが」

「販売単価を見据えて、経費を抑えたせいね。でも今となっては、再検討するべき項目だわ」



 どうしても動かせない工程以外を、三人で頭を突き合わせ練り直す。

 そうすることで、青公爵家へ伝えた納期から、二週間は早められそうだと分かった。

 修正の入った資料をファビオラがまとめて、トントンと机に打ちつける。



「これが限界ね。明日にでも、私が青公爵家へ伝えに行くわ」

「ファビオラさん、私も同行するわ。一人より二人よ!」

「ボクも行きたいけど、完全に部外者だしなあ……」



 会議が終わったのを察して、モニカが手早くお茶を配った。

 ファビオラたちは、ありがたくいただき、つかの間の休息をとる。



「納得してもらえるかは分からないけれど、私たちなりの精一杯を提示しましょう」

「それにしても、赤色に燃える薪を製造したときより、かなりお金がかかるわね。青公爵家には、たくさん買ってもらわないと割に合わないわ」

 

 はじき出した原価率の高さに、ルビーが首を横に振る。

 そこでファビオラが閃いた。



「そうだわ! どうせ訪問するのなら、同時に用途の提案もしてみましょう! どうしたら大量に使ってもらえるかしら……」



 ルビーとアダンが、同時にぱちくりと眼を瞬いた。

 ファビオラはすっくと立ちあがると、メモを片手に会長室を出て行こうとする。



「お姉さま、どちらへ行かれるのですか?」



 慌ててアダンが後を追った。



「こういうのは、売り子さんが一番詳しいのよ。薪を買いに来る使用人と直にやり取りしているから、具体的な例を聞けるはずよ!」

「現場の声を拾うのは、工場だけではないんですね」



 感心しているアダンと一緒に、一階の売り場を回って、ファビオラは聞き込み調査を開始した。

 七色の炎を生み出す薪を購入する貴族や富裕層が、主にどのようなタイミングでそれを燃やしているのか。

 とくに大量に消費される場面があるならば、ぜひ教えて欲しいとファビオラにお願いされて、売り子たちはそれぞれの記憶を掘り起こしてくれた。



「夜のパーティ会場で薪を燃やして、庭園を七色に照らしたと聞きましたよ」

「国外からのお客様をもてなすときには、必ず暖炉にあの薪をくべると言っていました。珍しいからとても喜ばれるそうです。帰り際には、お土産として贈ったりもしているとか」

「赤公爵家に連なる一族は、門のかがり火として赤色に燃える薪を使っているんですよ。遠くからでも一目瞭然で、青公爵家に連なる一族は、悔しそうにその前の道を通ると聞きます」

 

 ファビオラは売り子たちの会話を丁寧に書き留め、お礼にとエルゲラ辺境伯領から持ってきたミルクキャンディを配った。

 赤いほっぺの女の子が包み紙に描かれたそれは、ファビオラとアダンが走り回って育ったあの町の特産品だ。

 ミルクキャンディの他にも、あの町の乳製品はヘルグレーン帝国へ多く輸出されていて、民には広くブランド名が知られている。

 ファビオラからもらったミルクキャンディを見て、「ここの製品、大好きなんです」と喜ぶ売り子もいた。

 

「お姉さまがミルクキャンディを持ち歩いてるなんて、初めて知りました。まるで『朱金の少年少女探偵団』のシャミみたいですね」



 二階の会長室へ戻りがてら、アダンが呟く。

 シャミはいつもレモンキャンディを持ち歩き、ピンチになるとそれを食べて元気を出す。

 しかしファビオラは、自分で食べるために持ち歩いているのではない。

 機会があるごとに周囲の人へ配って、せっせとあの町をアピールしているのだ。



「このミルクキャンディを好きな人が増えたら、あの町を愛してくれる人も増えるはずよ。これは私なりの作戦なの」

「なるほど……ヘルグレーン帝国内であの町の人気が上がれば、侵略するのを躊躇う人も出てくるかもしれませんね」

 

 戦場になって欲しくない。

 蹂躙されるだけの未来を変えたい。

 ファビオラが防衛費を稼いでいる今も、あの瞬間が近づいてくる。

 

「小さな活動かもしれないけれど、やれることはなんだってやりたいの」



 そう意気込むファビオラに、アダンが拳を突き出した。



「幸運あれ!」

「幸運あれ!」



 姉弟が健闘を祈り合っていると、会長室からルビーが出てくる。



「清書した資料が出来たわ! 明日はこれを持って、青公爵家へ突撃しましょ!」



 次の日、大量に購入してもらうための使用例まで追記した書類を手に、ファビオラとルビーは青公爵家を訪問した。

 しかし、通された屋敷内の雰囲気は、ピリピリとして異様だった。

 ヨアヒムが青公爵家に対し、マティアスの不真面目ぶりを明らかにしたせいだ。

 それを聞いて、マティアスの祖父にあたる現当主は、激怒したという。

 即座にマティアスが皇城から呼び出され、今なお厳しく説教されている最中らしい。

 使用人たちはもちろんのこと、青公爵家に連なる一族たちも、当主の逆鱗に触れぬよう息をひそめていた。

 

「今は、薪どころではないのだ。もはや納期など、いつでもいい」

 

 渋面の執事に言い放たれ、ファビオラたちは早々に追い返された。

 

「用意した書類は受け取ってもらえたし、製造しただけ買い取ってくれる段取りになったし、こちら側の問題は片付いたと思っていいのかしら?」

「ちゃんと口約束にならないよう、契約書に印ももらったわ。だから大丈夫よ、ファビオラさん!」



 ルビーと念を押し合い、契約書を手にファビオラは急いで店舗へ帰った。

 青い顔をして待っているだろうアダンを安心させるために。

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