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遠征の参


『待っていたぞ』

 武威を広げ、その範囲ににょろにょろさんの全身を収めたわしに雪斎殿が話しかけてきた。
 お互いの距離はおよそ3メートル。わしの横には康高と冥界四天王が並び、その後ろには頼光殿たちが興味津々な様子で立っておる。

「ふぁーあぁ……眠いねぇ」
「華ちゃん、康君の師匠に失礼だよ。でも康君の師匠って……前世もヘビだったってこと?」
「そうじゃないわよ、勇君。光君の話聞いてなかったの? 前世は人間だったの。それが現世ではヘビに転生したって話……前世では有名なお坊さんだったんだって」
「へ、ヘビは神のつか、使いと、いう……よね? じゃあ康君にとって、ある意味……このヘビは神の使い……に、なる、のかな?」

 あと徳川家と雪斎殿の関係に直接のかかわりはないけど、勇殿たちも揃ってわしらに同行しておる。
 眠そうな華殿と、少し勘違いしている勇殿。そんな勇殿をたしなめるあかねっち殿に、よくわからんけど上手いことを言っているよみよみ殿。
 まぁ、この4人はこの際放っておこう。

 というかこの能力、空間において双方の武威が重なりあっておれば、直接触れ合っていなくても意思の疎通ができるようじゃな。

 でもじゃ。お互い離れていてもこういうふうに簡単に意思の疎通ができるのは、武威を任意の広さに広げることができるわしだけの特権のようじゃ。
 わし以外の皆が雪斎殿の言に反応せず、珍しそうに雪斎殿を観察しておるからな。

 じゃあここはわしが言を返しておこうぞ。

『おう。待たせてすまなかった。ここの動物園の警備の足軽どもが少し邪魔をしてきたせいで遅れてしまったわ』

 唯一、華殿あたりが武威を全力放出すればこの距離でも雪斎殿に武威が届くだろうけど、そんな恐ろしいことをここでしちゃったらこの動物園におる他の動物さんたちが恐怖のあまりストレス死しかねん。
 なので武威を微弱に出しながら雪斎殿に触れるよう、皆に進言しておこうぞ。

「あのね。武威を少し出しながらこのヘビさんに触れれば会話できるから。みんなで触ってみて」

 そしてすぐさま雪斎殿にもその旨を伝える。

『今から皆でおぬしの体に触れる。これで全員と会話できるようになるが……かまわぬか?』
『あぁ、かまわん』
『それぞれ武威を放つが、敵意はないからな?』
『うむ。わかった』

 そして雪斎殿は巻いておったとぐろの形をほどき、わしらに近づいてきた。

「ひぃッ!」

 急に接近する巨大なにょろにょろさんに数人が驚いたが、ここでカロン殿が前に出る。

「大丈夫だよ。このヘビ、絶対に襲ってこないから」

 怯えるメンバーにそう言って、まずはカロン殿が雪斎殿の体に触れる。
 するとカロン殿の思考がわしらの思考に入ってきた。

『改めましてこんばんは。徳川家康――じゃなかった。今は“竹千代”君って言えばいいのかな? その竹千代君の転生者であるあそこの康君の家臣、佐藤カロンです!』
『うむ。昼間一度触れ合ったわっぱの片方だな?』
『うん。そっちにいる光君に道連れにされたんです!』

 わしとしてはちょっと聞き捨てならんカロン殿の問題発言があったけど、これで雪斎殿とカロン殿の挨拶は終わり。
 カロン殿がニコニコしながら雪斎殿の体に触れていることで、他のメンバーも続々と雪斎殿に触れ始める。

『わぁ、すごい!』
『ほんとだ! みんなの声が聞こえる!』
『の、脳内にちょ……直接? おの、おのれ……精神攻撃か……?』

 どうでもいいけどさ。雪斎殿を介して十数人の思考が入ってくることで、わしの脳内がめっちゃうるさくなったわ。
 あとよみよみ殿がわけのわからん警戒をし始めたけど、これも放っておこうぞ。

『うん。こういう感じだから。でもみんな? しばらくは僕が雪斎さんとお話しするから黙っててね』
『うん!』
『オッケー!』
『わかったよー!』
『りょーかい!』

 わしの思考に冥界四天王が元気よく答え、それを確認したわしは頭の中で雪斎殿に話しかける。
 家康の人生について。雪斎殿が没した後の今川家について。そして織田家や豊臣家の台頭。
 それだけじゃなく、江戸時代から現代にいたるまでのこの国の歴史を大まかに説明してやった。

 だけどじゃ。
 およそ1時間、わしが懇切丁寧に語り続けた後の雪斎殿の一言が気に食わん。

『うむ。新九郎が話しておった内容とだいたい同じじゃな』

 にょろにょろさんに転生した雪斎殿の都合上、現世では外界との情報通信が遮断されておると思ったけど、すでにいろいろと知っているらしい。
 あと、“新九郎”って誰じゃろな? どっかで聞いたことがあるような……。

 まぁよいか。

『それでじゃ。今日出会ったのも何かの縁じゃ。
 たまに康高をここに連れてくるので、現世でも竹千代たる康高にいろいろと指導してほしいんじゃ』

 もちろんわしの提案に雪斎殿は首を縦に振る。

『むう、かまわん』

 にょろにょろさんの人生なんてどうせ暇じゃろうからな。むしろこれを生きがいにしてもらいたいぐらいじゃ。
 んでもって案の定雪斎殿が話に乗ってきたところで、さらに追撃じゃ。

『特に、戦い方……戦術や戦略についてのイロハを教えてあげてほしい。前世で教えたこと以上に高度な学を授け、巨大な人間に育て上げてほしいんじゃ』

 んで今度の提案に対しては、雪斎殿はにょろにょろさん特有のぎらついた視線で頷いた。

『わかった』

『ふふっ』

 その時、思考の中で――いや、実際の表情でも笑いを漏らした頼光殿の顔が視界に入ってきたけど、わしはそれに対して何も言わんことにする。

 前世以上に戦上手な家康。こんなもん石田三成たるわしにとって限りなく危険な存在じゃ。
 けどわしには“記憶残し”というアドバンテージがあるし、それぐらいのハンデを康高にあげてもよかろう。

 という意味を含めての提案だったのじゃが、それに気づいたのは頼光殿だけのようじゃ。相変わらず頭のキレる男よ。

 んじゃ、康高の件はこれぐらいにして……。

『あとじゃ。これはわしら転生者の現状なんじゃが……』
『ふむ。急に改まってどうした?』
『実はじゃな。わしは今、各地に分散する各勢力の連携を強める仲介をしておる』

 そんでもって今度は源平の産業同盟のこと。そして越後上杉と源氏の観光同盟やその他もろもろの同盟を仲介していると伝えた。

 特に北条さんとことは親密にしておることも――そうじゃ、今度氏康殿たちも連れてきてやろうぞ。

『所縁あって、後北条さんとことは特に仲良くしておる。今度氏康殿たちと会わせてやろう』
『おぉ、懐かしいのう』
『そうじゃろう、そうじゃろう』

 でもこれもただの世間話ではない。
 雪斎殿が従じた今川家はかつて、北条さんとこ、そして甲斐の武田家と甲相駿三国同盟を締結しておる。
 ならばその歴史を新たに上書きしてやるしかあるまい。ふっふっふ。

『んでじゃ。この時代においても改めて三国同盟を築く。雪斎殿にはその仲介役をやってほしい。“新・甲相駿三国同盟”じゃ!』
『おぉ! それはまた面白そうなことを!』

 もちろんわしの野望はそれだけではない。後北条・今川・武田の三国だけではわしらにメリットがないからな。
 その三国関係に織田家を入れるんじゃ。
 信長様も恐れた武田家。一か八かの奇襲で勝つことができた今川家。そして手すら出せなかった北条家。この同盟関係に割って入ることができるならば、信長様も嬉しかろう。

 もちろん今までわしらがノータッチだった――いや、わしら織田勢にとって若干のトラウマがあり、あえて接近しようとしなかった甲斐の武田家とのパイプをつくることは大きな意味を持つ。
 ついでにまぁ、今川家とも……。

 とわしの話に乗り気な雪斎殿の反応に、むしろわし自身がうっきうきになっておると、ここで急に低い声が脳内に響いてきた。

『なぜ……なぜそなたはそこまでして各勢力の同盟を進める?』

 ……

 ……

 ふむ。これは……。

 雪斎殿がわしの器を試しておるな。
 ふふっ。坂上殿と初めて会った時――あれと同じ感覚じゃ。
 ずいぶんと懐かしい。

 でも坂上殿を思い出して感傷に浸っておる場合ではない。

 わしはここで鋭い目つきをし、雪斎殿を睨む。

『……それがわしの生きる道だからじゃ。
 この時代に戦国の気配はいらん。皆で仲良うこの国を盛り上げるんじゃ。
 わしはその旗印の下にちょこんとおればよい』

『ふむ』

 ……

 そしてしばしの間黙り込む雪斎殿。
 わしの体をなめるような視線で――じゃなかった。鋭い視線で見まわし、そして雪斎殿は言った。

『そこまでいうのならば、1人の男を紹介しよう』

 おっと。今しがたわしの覚悟を聞かせたところで――きっちりチンピラ系の綱殿がわしの視界の隅でわしの言に感動して泣いておるけど、それもスルーしておくとして、さて、この流れで紹介される人物とは?

『ほう、誰じゃ?』

 わしが首をかしげて雪斎殿の次の言を待っておると、ここで思わぬ人物の名が出てきた。

『美濃のマムシ、斎藤道三じゃ。当の本人もヘビがえらく好きらしくてな。幼い頃からここによく通っておったのじゃ。わしに色々と情報をくれたのもそやつじゃ』


 まさかのヘビ繋がりキターーーーッ!


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