決戦の壱
落ち着け。落ち着くのじゃ。
ここはそう……落ち着いて今すべきことをしっかりこなさねばならん。
感情に足を引っ張られておる場合ではないのじゃ。
「坂上田村麻呂殿が暗殺された。
というわけで、ここでのんびりしておる場合ではなくなった」
まず、わしは清盛に低い声で言い放つ。
相手がこの話を聞いてどう反応するか。それにわしがどう応えるか。
その駆け引きに全精力を集中し、戦いを止める流れに持っていかねばなるまい。
「……」
対する清盛も多少の衝撃を受けておるのじゃろう。
わしの言に対し清盛は即座に返すことはせず、少しの沈黙が2人の間に流れる。
もちろん周囲の平家武者はわしと清盛の一騎打ちを認め、とっくの昔にわしらから離れておる。
その時間を利用し、わしはこの戦場から数キロ東側に待機しておる華殿に向けて無線機で「今すぐこっちに来て」とお願いした。
「お待たせ!」
その後、5秒ほどして華殿が現場に到着し……いや、ちょっと待て。早過ぎじゃろ!
なんでこんな早くこっちに来れんねん!
――はっはーん。さては拠点待機を伝えたわしの命令を無視して、わしらの後をこっそりつけて来ておったのじゃな。
と思って武威センサーに注意してみると、わしの背後に広がる戦場の中に、どさくさに紛れるように吉継と利家殿の武威も暴れておる。
やっぱりな。おそらく吉継か華殿辺りがこんな命令違反を言い出したんだろうけど、まったく困ったもんじゃ。
でもこの状況においてはそれがむしろ都合のいい暴走となる。
三原や頼光殿ですら全力に近い武威で戦うこの激しい戦場をいとも簡単にすり抜けてきた機動力といい、予知能力すら感じさせる命令違反といい、相変わらず華殿の器が読めん。
しかしながらそれこそが華殿じゃ。
なのでわしは対して取り乱すこともなくゆっくりと足を進め、華殿の隣に移動する。
その時、坂上殿討ち死にの報による混乱から抜け出た清盛が無理矢理作ったような不敵な笑みで言った。
「残念だが……いまここで貴様らを逃がすと思うか?」
まぁ、そういうじゃろうな。
でもそのセリフを吐くまでに時間かかり過ぎじゃ。その間にわしはすでに先を行く謀を思案し終えておるんじゃ。
わしは清盛の言葉を無視し、清盛に聞こえぬよう無線機に小声で話しかけた。
「華ちゃん? 武威の全開放して。臨戦態勢のやつ。ホントのホントに100パーセント放出するあれをやって」
「ん? うん。わかった」
「でもいつもみたいに唸らなくていいからね?」
「え? でもあれやった方が楽し……」
「楽しまなくていいから。どうせ唸らなくても全開放できるでしょ?」
「う、うん。まぁ」
やっぱりな。華殿だって法威を会得しておるんじゃ。だから武威の出し入れぐらい突っ立ったままでビシバシ出来るはずなんじゃ。
なのでいつもやっておるあの唸り声は……まぁ、今はそんなことどうでもいいな。
そんな感じで小声で伝えるわしの依頼に、華殿が武威を全開放する。これはもちろんいつものハッタリじゃ。
しかも今回お願いした鎌倉源氏を恫喝した時の比ではない。
華殿の究極まで高めた武威の放出。わしをして神の領域と言わしめる破壊空間の誕生じゃ。
そしてそのタイミングを見計らい、わしは重心を落して地面に踏ん張る。
「ふん!」
そんな感じでさもこの武威がわしの体から発生しておるようにふるまったのじゃ。
「ぬおっ! なんという武威……」
清盛がそう呟きながら2、3歩後ずさりし、かくしてわしは2つの罠を仕掛けることに成功した。
1つは異常ともいえるわしの武威総量。まぁ、これは華殿のものなんだけど、なにはともあれ常識はずれな規模の武威で清盛を威圧することになる。
そして2つ目はこの場に突如現れた華殿という怪しいわっぱ。
もしかすると昨夜の戦いの情報が清盛側に伝わっておる可能性もある。わしら、教盛たちに止めを刺しておらんかったからな。
その情報を元に考えたとしたら、この武威の発生源は華殿だと特定するのは容易なことじゃろう。
でもこのタイミングでさもそれっぽく力んだのはわしで、それにより清盛はこの武威の発生源がどちらなのか分からなくなる。
戦場でこれほどの武威を見せつけられたらだれでも怯えるのが普通じゃし、しかもその発生源がわしと華殿、どちらなのかわからない。
または――わしと華殿の両方がけた違いな武威を持っている。という可能性もある。
清盛にそのように錯覚させることで、あやつをさらなる窮地へと追い込む策じゃ。
んでついでにとどめじゃ。
「ナメるなよ。本当に潰されたいのか? それに、ここで邪魔するなら例の話も白紙に戻してもいいのじゃぞ?」
ここでこの台詞を吐くことにより清盛の不敵な笑みが崩れる。
清盛は焦った顔でわしの言に答えた。
「れ、例の話とは?」
「おぬしの息子たちの話じゃ。わしが間を取り持たねば、陰陽術による復活は実現させることができんのじゃが……?」
相手の息子たちを餌にするなど、我ながら卑怯な駆け引きじゃな。でもそうするしかない。
「わ、わかった。この戦を……やめよう」
「うむ。いずれ出雲神道衆と京都陰陽師勢力の両者から連名で停戦要請が来るじゃろう。でもここは今すぐ戦をやめようぞ」
「そのように……いたす」
結局、このような脅しを使うことでわしは清盛から停戦合意を取り付けることが出来た。
んでわしは即座に動き出す。
寺川殿からの電話を無線を通して聞いていたであろう頼光殿が心配じゃ。
清盛が停戦に合意したものの、まだその意が伝わっていない平家の武者とわしの手の者が激しく戦っておる。だけどその戦場をスタッドレス武威の動きですり抜け、わしは頼光殿の元へと急いだ。
そして――
膝を落してうずくまっている頼光殿と、吉継と利家殿がそんな頼光殿を守りながら戦っておる光景が目に入ってきた。
そうじゃ。頼光殿が泣き崩れておるのじゃ。
もちろん頼光殿がこうなることぐらい予想の範疇だったので、わしはすぐさま大きく叫んだ。
「華ちゃん! 吉継! わしを左右から援護せい! ここから抜け出る。利家殿は殿(しんがり)を頼みます」
「ほいよ!」
「ラジャーじゃ!」
「了解!」
そして頼光殿を抱え、わしらは戦線を離脱する。
まだ何も知らない敵兵たちが時折り襲いかかってきたけど、吉継たち3人がそれらに応戦しつつ、500メートルほど後退したところでわしらは戦場離脱を成功させた。
そしてわしはすぐさま無線機のチャンネルを変え、味方全軍に下知を出す。
「平家との停戦合意がなされた。各々納得できない者も多かろうが、ぜひとも今すぐ戦いを止めてほしい。
清盛側にもその情報が流れ出すじゃろう。だから警戒態勢を維持しつつもすぐさま兵を引くように。
いいか? 決して戦いを激化させてはならん」
しかし、その下知には多くの者から反論が返ってきた。
ほぼ全員とも思える兵たちが反論したのじゃから、300近い声が無線機のイヤフォンに鳴り響き、もう各々が何を言っておるかわからんぐらいじゃ。
でもそれも予想済みなので、わしは落ち着いた声で皆に引き続き下知を伝えた。
「その理由は戦いが収束してから話す。敵味方に動揺が走るような理由じゃ。だから今はわけを聞かず後退するんじゃ」
こんな感じで何とか云い聞かせ、およそ15分後、味方の兵が引く。
山々が静かになったところでわしは無線機のチャンネルに設定したセキュリティを外し、平家側にもおるであろう無線機操作の技術者にもわしらの会話が聞こえるようにした。
ついでに今一度携帯電話で清盛に連絡を入れ、その無線周波数を伝える。
かくしてわしの言はこの戦場の全ての兵に聞こえるようになった。
「石田三成から自軍、敵軍の双方に話がある。
さきほど太閤秀吉殿下の正室であるねね様の転生者から連絡があった。
坂上田村麻呂殿が源義経に暗殺された。奥州藤原氏を含め、東北の各勢力もあちらについている。
これは日の本の転生者社会を揺るがす事件じゃ。坂上殿は警視庁、警察庁も仕切っておったから、この国の治安維持という意味でも捨ておけん問題じゃ。
なのでわしらはこれから義経をつぶす。
だが今はおぬしたち平家と戦っておった最中じゃ。
どうじゃ? このままわしらを撤退させてもらえぬか? ちなみに清盛からの合意は得ておる」
例え清盛の統率力がずば抜けていても、興奮しきった兵たちが即座に戦闘を止めるなど出来るはずがない。
というわしの経験上の考えなのじゃが、案の定、清盛の名前を出してもわしの意見に反論する輩が出てきた。
「ふざけるな。ここまで戦いを進めておきながら、今更そんな話に我々が乗ると思うか?」
「誰じゃ?」
「我、平敦盛と申す」
うっひゃー! ここで出てきたか!
めっちゃ会いたい! 会ってサインをもらいいいぃぃぃぃぃーーー……あぁっ! 今はダメじゃあっ!
「そうか。いや、別に乗ってほしいというわけではない。しばし大人しくしておけ」
「同じ話だろ? なぜ貴様の言うとおりにしなければならない? 我々としてはその混乱に乗じるという手もあるんだが?」
「いや、そんなことをしてもおぬしたちにメリットはないはずじゃ。坂上殿が殺され、わしら中部地方の戦国武装勢力と織田信長様の政権勢力が奥州勢力に応戦している時に背後から迫れば、東京の都市機能が壊滅する。行政も経済も機能しなくなったら、その影響は各地方都市へと必ずや波及する。
おぬしたちの車産業にも多大な影響が出ようぞ。それに……」
「……それに?」
「それに相手はあの義経ぞ。わしらが平家の代わりにあやつらを滅ぼしてやろうというんじゃ。
わしらに協力こそすれ、わしらに敵対するメリットなどおぬしらにはない。違うか?」
「……ぬう……違わん……」
「毛利と長宗我部には島津の鬼ジジイから睨みをきかせてもらうから、その両者からのさらなる侵攻はない。
だからおぬしらも一時動きを止め、先日負傷した兵の治療が終わるまで大人しくしておけ」
とその時、清盛が会話に割り込んできた。
「くっくっく。ふぁっはっは!」
「その笑い声は清盛じゃな? なんじゃ? 何がおかしい?」
「石田三成、やはり貴様は只者ではないな。敦盛よ。やつの言うことを聞け。今回のところは譲ってやるんだ」
「ふっ。やっとわしを認めたな。でもわしらとおぬしらとの関係はこれからじゃ。この戦いも中途半端に終わってしもうたから、いずれ続きをやろうぞ。この楽しい戦の続きをな」
「あぁ。いずれまた」
これにて平家との駆け引きは終了じゃ。
ふーう。疲れたぁ。
でも休んでおる場合じゃない。わしと清盛が駆け引きをしておる間に、三原やあかねっち殿たちがわしらのもとにきたけど、これからみんなで東京に帰らねばならんのじゃ。
「よし! すぐに準備して東京に戻るよ!」
その後わしらは拠点であるホテルへと戻り、広島県内で借りておった8人乗りのレンタカーへと乗り込む。
その途中、奥州からの続報が入ってきた。
どうやら東北各県の新幹線、在来線、そして主要高速道路が破壊されるというテロが起きておるらしい。
となればたとえここが西国だとしても飛行機を利用しての退却は危険。新幹線もいざという時に応戦しにくい。
なのでわしらはこのレンタカーを東京で乗り捨てすることにし、そこまで車を使って移動をすることに決定した。
運転手役はもちろん三原じゃ。
とはいえさすがの三原も広島から東京までの遠路をぶっ続けで運転できるのはつらかろう。
ならば途中で頼光殿と運転手役を代わるという手もあるが、その頼光殿が放心状態なのじゃ。
「……」
もちろんその気持ちは痛いほどわかる。
坂上殿と頼光殿の間にこれまでどのような過去があったかは知らんが、2人の間には間違いなく親子の絆のようなものが存在した。
自分の大切な人が死んだんじゃ。
わしにとって殿下が亡くなられたあの時のようなものと考えて相違あるまい。
「頼光殿……?」
なのでわしは、レンタカーの2列目シートで呆然としている頼光殿に話しかける。
「はい……」
もうさ。消え入りそうな声が悲しすぎるわ。
そんな頼光殿、見たくないんじゃ。
でもそんな頼光殿には今すぐ立ち直って欲しいんじゃ。
それこそがこの移動を成功させ……つーか今までお世話になった頼光殿へのせめてもの恩返しじゃ。
うむ。ここもわしの駆け引き術を光らせるべき場面。むしろわし自身もしっかりと気合いを入れて、頼光殿を元気づけようぞ。
「聞いてくれ、頼光殿。その気持ち、痛いほど分かる。
わしも本能寺の変で信長様が討ち死にされたという報を聞いた時の秀吉様を見ておるからな。
しかし今は坂上殿の死を悲しんでおる場合ではない。あの時の秀吉様のように、おぬしは今悲しみを無視して動き出さねばならん」
「……」
むーう。反応も出来ないか。
なら少し話題を変えてみようぞ。
「わしは頼光殿を出雲神道衆のリーダーへ推薦する。坂上殿の跡継ぎじゃ」
「そんな……俺なんかが……」
おっ、反応があった。
突破点が見つかったぞ。
「いや、そうでもしないと出雲勢力が瓦解する。
おぬしが出雲神道衆と坂上田村麻呂殿の部下をまとめ上げるんじゃ。
しっかりせい!」
「ぐぅ……ぐす……」
しかし頼光はこの現実に対しても泣くだけ。
坂上殿と頼光殿の間に何があったかは知らんが、どれだけの恩を感じているのじゃろう。
30代半ばの男がこれだけ取り乱しておるんじゃ。
でもそんなことは許さん。わしが頼光殿の心を立て直してやるんじゃ。
「えい!」
試しに頼光殿の頬を殴ってみた。
その勢いで頼光殿の側頭部が車の窓ガラスにぶつかり、ガラスにひびが入ってしまった。
それに気付いた運転手役の三原が殺気混じりの武威をわしに送ってきたけど――これは頼光殿をしばらくそっとしておいてやれということか?
いや、そんなもん関係ないわ!
「おぬしじゃ。おぬしが坂上殿の後を継ぐんじゃ!」
「そんな……俺なんかじゃ……」
「いーや、違う! 初めて坂上殿に会った時、あの料亭のフロアにいた者たちの中でおぬしの武威が一番すぐれておった。
わしの武威センサーが言うんだから間違いない。それとも何か? わしの武威センサーを信用しないと申すか?」
「いえ」
「じゃあわしを信じよ。おぬしじゃ。人格も人望も坂上殿の後釜として申し分ない。
そのおぬしが動き出すのが今なんじゃ。
今すぐおぬしに立ち直ってもらって、出雲神道衆と坂上殿の勢力をまとめさせる。
よく考えてみろ。おぬしたちが坂上殿の近くにおったならばこの暗殺は止められたかもしれん。
でもおぬしたちはわしとわしの家族を守るために坂上殿の元を離れておった。
暗殺成功の原因はわしじゃ。そのわしが今出来ることはこれぐらいじゃ。
おぬしに……おぬしに立ち直ってもらって、坂上殿の勢力の後を継がせる。そして敵に地獄を見せる。1人残らずじゃ。
そのためならこの命をおぬしに授け、おぬしのために戦おう。それぐらいのことをしなきゃわしは坂上殿に顔向けできん。
だから頼む! 偽りでもいいから立ち直ってくれ! 作戦や人材配備はわしがやるから今すぐ新たな頼光勢力の旗揚げを宣言するんじゃ」
その時、吉継が勇殿の口を借りて言を挟みこんできた。
「わしも力を貸そう」
「おう。わしと吉継。豊臣政権の中でもわしは後方支援が得意だし、そして吉継は戦術指揮の天才じゃ。
頼む。わしらを使い、やつらを地獄に送り込んでやるんじゃ。そうでもしないと……そうでもしないと……」
坂上殿から借りた恩を返せる気がしない。
頼光殿につられてなぜか感情が高ぶってしまっておったわしが次の言に詰まっていると……
「ありがとうございます。そんな子供の顔で泣きつかないでください。私が子供に意地悪したみたいになってしまう」
ほんの……ほんのわずかじゃ。
ほんのわずかだけど、頼光殿の瞳に武士の炎が灯った。
その変化を察知したわしは携帯電話の会議機能で坂上勢力の皆々に電話をかける。
数百にものぼろうという坂上殿の兵たちがわしの言を聞けるような状況を作り出した。
「各々名だたる侍だったのだろうから、頼光殿を頭に据えるということには異論もあろう。でも今は頼光殿の名のもとに一致団結し、わしの策のもとに動いてほしい。
わしは坂上殿と出会ってまだ1ヵ月もたっておらん。親密な関係かといえばそれは嘘になる。
でもわしが坂上殿から頂いたものは限りなく大きいし、坂上殿に対する恩義は決して嘘ではない。
そして、あの気のいいおじいちゃんを暗殺するなど、わしの義が許せることではない。
いいか? わしは今から頼光殿の名のもとに、義経に宣戦布告する。これは坂上殿の弔い合戦じゃ。
だから皆わしについてきてほしい。わかったか?」
その言に対し、日の本の治安を守ってきた歴戦の勇士たちから勇ましい声が返ってきた。