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前哨戦の壱


 1週間の時を経て、わしは源頼朝と会合をすることとなった。

 あちらとの仲介役はもちろん三原。
 だけど三原とわしの関係は源氏側にはバレておらん。

 とはいっても野球をやっている以上隠し通せるものではないし、隠し通すつもりもない。
 だから今回は『グラウンドで野球を教えていた三原に部外者であるわしが散歩途中に気付き、その場で会談を申し込んだ』という話で頼朝に言い訳するよう三原に伝えておる。
 まぁ、偶然出会ったという設定じゃな。
 わしが三原のチームの選手だということは頼朝には遅かれ早かれバレるじゃろうけど、その頃には源氏との和平交渉が終わっておるじゃろうし、源氏は源氏で内部にいろいろあるとのことだから頼朝といえども三原に対してそれ以上の詮索は出来まい。

「わぁ! おっきな大仏様だぁ」
「でっかいねぇ! って華ちゃん! よじ登っちゃ駄目だよ! 光君!? 華ちゃん止めて!」
「華ちゃん! それ国の国宝指定だから壊すとめっちゃお金取られるよ!」
「え? マジで? ……ちっ!」

 なんで舌打ちされたのかわからんけどな!
 まぁ、“何とかと煙は高い所が好き”というが、華殿がその枠組みに足を踏み入れぬよう、今の華殿の行動を止めることが出来たのはよしとしておこう。

 なにはともあれ場所はどでかい大仏様の眼下じゃ。鎌倉と言えばここじゃな。
 鶴岡八幡宮でもよかったけど、そっちだとなんか鎌倉源氏の本拠地っぽいから嫌だったのじゃ。
 大仏様の眼前とあらば相手も無粋な真似は出来まいし、観光客もいっぱいじゃし。
 諸々の意味でうってつけの場所なのじゃ。

 んで、こちらのメンバーは勇殿と華殿。他に後北条さんとこの氏直殿もおる。わしが氏康殿の名代という立場だけど、氏直殿も連れてきたのじゃ。
 はっきりいってわしらはわっぱだけの集団じゃな。
 でもわっぱだけの一行で鎌倉源氏の本拠地に乗り込んだ。という事実が今のわしらの勢力には欲しいからこれでいいんじゃ。
 わっぱだけで敵地に乗り込んで――そして話し合いだけで相手との交渉を成功させた、という事実がな。

「おっ、来たよ」

 勇殿の言葉に振り返ると、観光客の波の向こうから風変わりな一団がこちらに向かって歩いてきていた。
 先頭はもちろん頼朝。その背後に50ばかりの手勢を率いておる。

 この観光客賑わう場所に暴力団のような集団じゃ。
 周りの観光客に迷惑だし、やっぱりそういう黒ずくめのスーツはよくないと思うんじゃ。
 でもその格好で来てしまったものは仕方なし。さぁ、対鎌倉源氏戦の続きじゃ。

「まだ暑いな」
「うむ。天気予報のお姉さん曰く、今年は残暑が厳しいとのことじゃ。こんなところに呼び出して申し訳ない」
「気にすんな。たまにこうしてこの大仏を参っておかねば、この地を統べる源氏の棟梁として罰が当たる」
「そうか。では一緒に仏様に挨拶しようぞ」

 そして2人揃って大仏様の足元に移動し、静かに両の手を合わせるわしと頼朝。

「……」

 いやいやいやいや! おかしいじゃろ!?
 なんでこんなにのんびりした始まり方やねん!

「お前たち、周囲を警戒しろ」
「はっ!」

 しかもじゃ。大仏様にお参りした後、頼朝が部下にこう言ったのじゃ。
 んで50を超える部下がわしと頼朝から20メートルほど離れ、ついでにその集団の後を追うように勇殿たちまで離れてしまった。
 結果、マジで1対1の会談になったのじゃ。

 しかし頼朝以外の皆が殺気満々で、元からこちらの話を聞く気などないといった感じで威嚇してきよる。
 30メートルほど離れた境内の木陰で涼みながらこちらを観察している三原が同じく武威による威嚇をしてきているのがなんかちょっとむかつくけど。
 でも有事の際には……まぁ、三原がわしらを守ってくれるじゃろう。

「じゃあ、ここでいいか?」

 部下が離れるのを確認し、頼朝がわしに話しかけてきた。
 大仏様の足元に用意された数段の石階段。その2段目あたりに座り、気楽な感じで話し合いをしようと提案しておるらしい。
 ふむ。わしも仰々しい場での話し合いなどしたくないからな。頼朝の提案に乗ってやろうではないか。
 階段で会談じゃ。

「うむ。かまわん。
 わしらは世に隠れる転生者。逆にこうやって気だるく座っておったら、周りからは観光に来た親子に見えよう。
 ここで話し合おうぞ」

 そう言ってわしは石段に腰をおろし、前を向く。
 こちらをうかがっておる勇殿の瞳にかろうじて警戒の光が見えた。
 おそらく今は吉継に代わっておるのじゃろうな。ならばとりあえずは安心じゃ。
 ついでに、華殿はおそらくこの空間において三原の次に強いと思うから安心じゃ。

 だけどそんなことを考えていたら1つの疑問に気付いたわ。
 義経の姿が見当たらないのじゃ。あやつら一派の全員の姿もじゃ。
 奥州にでも帰っておるのじゃろうか。
 あやつ、わしの中ではかなりの要注意人物なんじゃが、まぁ見当たらなければ仕方あるまい。

 でも武蔵坊弁慶がいなかったことが幸いじゃな。
 あの武威はまじでしゃれにならん。スクランブル交差点会合の時に目の当たりにしたけど、あれは巨大な武威の富士山が目の前にそびえておるようだったわ。
 もしあやつがここにおったとなると、同じく巨大な武威を持っている華殿を連れてきた意味が薄れてしまうからな。
 あのコンビがいないならいないで、ある意味こちらに好都合と考えておこうぞ。

「さて。ここにおぬしを呼び出した理由じゃが」
「話は義仲から軽く聞いている。我々との争いを完全に手打ちにしたいとな?」
「あぁ。北条さんとこの願いであり、わしら東京を拠点とする戦国武将勢力の願いでもある。どうじゃ?」
「しかしなぁ。うちの若いもんがなぁ……」

 あとさ。いまさら何だけど、やっぱ頼朝は穏やかで物分かりのいい男のようじゃな。
 スクランブル交差点会合の時にうっすらそう思っておったけど、今2人で話し合ってみると確信が持てる。
 穏やかで、物分かりがいい。冷静で思慮深く……

 そして、わしが苦手とするのがそういう人物じゃ。

 なぜじゃろう?
 信長様や殿下のような御方に仕えたからじゃろうか?
 または、わしらが生まれ生きた時代がそうさせたからじゃろうか?
 こういう会談が行われる時は、だいたいが緊張感漂う一触即発空間が広がっているのが普通じゃと思っておった。
 しかも、信長様や殿下ならなおさらのこと。スピード感あふれる報告と、もし必要なら有益な忠言の類を強いられるのが常じゃった。

 でも頼朝はそんな雰囲気を匂わせず、周りの観光客と同じ穏やかな雰囲気でふるまっておる。
 そういうのが逆にわしの警戒心を逆なでし、つーか同時に拍子抜けした感も否めん。
 まぁよい。ここは頼朝の意に沿ってのんびりいこうではないか。

「そうか。でも……わしらと同盟を結んでほしい。軍事同盟と経済同盟じゃ」

 なんちゃって!
 やっぱちんたら話すなんて性に合わん! ここはわしのペースで話を進めてやろうぞ!

「特に、経済同盟についてはこちらにも案がある。おぬしの組織の財源はなんじゃ?」
「ん? 我々の財源? 川崎の重工業と鎌倉の観光業だが?」

 ふっふっふ。やはりな。
 この点については源氏内で単独行動の多い三原も詳しくは知らなかったらしいけど、大方わしの予想通りじゃ。
 鎌倉に拠点を置く勢力。しかもこの地を観光地たらしめる鎌倉幕府創設の張本人ともなれば、観光業に根を張らぬ理由はない。
 あと、やはり川崎の工業地帯も手に入れておったか。
 ふむふむ。わしは別に川崎の工業地帯を手に入れたいとは思わんけど、なかなかに盤石な資金源じゃ。

 でもそれなら一安心。わしの方から頼朝に有益な話を持ち出せるのじゃ。

「まずは観光業」
「ん?」

 頼朝の不思議そうな返事を無視し、わしは話を始めた。

「観光業は観光名所のほかに、旅館の質も重要じゃ。
 観光客が重要視するのは特に料理の質。ここはテーマパークのような体験型の観光地ではないし、年に何度も遊びに行きたいと思うような観光地でもない。
 しかも、観光客は舌の肥えた高齢者がほとんどじゃろう?
 そのような客をリピーターとして確保するためには、やはり『あの旅館の飯をまた食べたい』と思わせるような料理を出さねばならん。
 そこで提案じゃ。わしには越後上杉とのパイプがある。
 日の本有数の米どころである越後の国から美味い酒とコメを入手できるよう取り計らう。
 もちろん安価でじゃ。
 おかずに出す魚介類などはここの近辺からでも新鮮な魚を入手できそうだし、となると残りの重要項目は米と酒の美味さ。
 これで観光客の評価が決まるといっても過言ではなかろう?」

「む、うむ。確かに」

 おっ、反応は上々じゃな。
 頼朝は意外と話の分かる男だったから、同じ土俵に引きずり込めばわしらの話も聞いてくれようと思っておったけど、やはり正解じゃ。
 ならば押すべし。

「なら決まりじゃな。最近この国の米の消費量が下がり、越後の百姓どもも苦労しておると聞く。
 おぬしらが新たな大口の顧客となれば、向こうにとっても願ったり叶ったりじゃ。
 おぬしらと上杉との仲介をわしが務めるから、話を進めてよいか?」

「あ、あぁ。しかし、なぜお前がそのように我々に力を貸す? そんなことをしてお前に何のメリットがある?」
「知れたことよ。わしはその商いの仲介手数料をもらう。わしの懐も潤い、わしと同盟を結んでおる源氏や上杉も資金力を増す」
「ほう」

 未だ細かいことは決まっておらんし、各々にどれほどの利益をもたらすかもわからん。
 でもトップ会談というものはこれでいいのじゃ。
 ましてや頼朝はスクランブル交差点会合の一件で少なからずわしを評価しておるはず。
 ならばこやつは必ずやわしの話に乗るであろう。

「……わかった」

 少しの時を経て、頼朝が沈黙を破った。
 ふっふっふ。やっぱりな。
 勇殿や華殿がこのような口調で言を放ったならそれは納得していないか、またはわしの話に乗る気がないか。
 でもこやつの場合はこの雰囲気が常で、注目すべきはその発言内容なのじゃ。多分。
 さすれば気だるそうに言い放った今の言は、わしの提案を飲んだということじゃ。

「しかしまだ納得できんことがある。その先にお前はどうする?」

 あれ? まだ乗ってこんと言うのか……?

 いや、これは違うな。
 坂上殿の時と同じく、これはわしの器を図るための問いかけじゃ。
 ならば聞かせてやろうではないか。わしが目指す遠い未来を。

「渋谷で言うたように、わしは弟と一緒に日の本をまとめ上げ、平和とさらなる豊かさをもたらすつもりじゃ」

 ここまではよい。
 わしの戯言を真剣に受け止めるか、または戯言とみなして聞き流すか。
 でもわしの次の言を聞き、頼朝が果たして冷静さを保っていられるか。
 いっひっひ。綺麗事ばかり言っても信用は得られんからな。ここでちょっとボディブロー的なことを伝えてやろうぞ。

「まずはわしらと源氏。次はわしらと平家。そしてさらに、源氏と平家の“源平同盟”を成功させるのじゃ!」

 次の瞬間、周囲の護衛たちが一斉に武威を放ち始めた。
 やはりわしらの会話は小型マイクなどを通じてやつらに聞こえておったのじゃな。
 平家と仲良くしろと言った途端このざまじゃ。すんげぇ敵対心じゃ。
 しかしそういう過去の因縁は21世紀の日の本には必要ないのじゃよ。

 さて、それじゃ少し荒い方法をとってやろうか。

「何をふざけたことを……?」

 隣に座る頼朝からも激しい武威と殺気の放出を感じつつ、でもわしはそれを無視するかのように軽く右手を上げる。
 その手の人差し指を天に向けて伸ばした。

 これは勇殿と華殿に対するサインじゃ。
 もちろん2人はこの合図に即座に反応し、まずは華殿が唸り始めた。

「おがおえこあえぎえてまこがいげもげおいぅいぅげしぎいしぎけいしぃ……」

 いや、もうわけわかんねぇって。
 それ本当に唸り声か? アフリカあたりの祈祷師の呪文かと間違いそうだわ。

 しかし華殿が作り出す破壊の空間は効果抜群じゃ。
 果てしない武威のうねりに巻き込まれ、ある者はがたがたと震えだし、ある者は膝から崩れ落ちる。
 華殿、ぶっちゃけ武術はてんで駄目だけど、源氏の兵たちはそんなこと知るわけがないから本当に怯えておる。

「んな……? な、なんという武威……」

 もちろん頼朝も両目を見開いて驚いておる。
 でもわしらの企てはこれだけではない。

「源氏ごとき、いつでも殺れる。我々は乱世を勝ち抜いた豊臣家の武将ぞ。それを忘れるな」

 次はそんなかっこいいセリフを放ちながら、頼朝の背後に音もなく忍び寄った吉継。
 奇抜な動きが得意な吉継は、戦場で自身のそういう特技を生かすために、逆にこういう器用さを持ち合わせておる。
 以前頼光殿が見事な気配の消失を見せたけど、吉継に「あれをやってくれ」とお願いしたら、多少質が低いものの似たような技術を見せおった。
 そして、それをこの場で使ってもらったんじゃ。

 目の前には武威お化け。背後には暗殺者の気配と恐喝的なセリフ。
 この危険性に頼朝も気付き、さらにはその他の源氏の兵どもも状況の不利さを理解する。
 結果、頼朝から焦ったような雰囲気の下知が飛び出した。

「お、お前たち! 武威を収めろ。こいつらと戦ってはならん!」

 ふっ。そうじゃろうそうじゃろう。
 ではここからさらなる平和的な話し合いをしようぞ。
 わしの独壇場じゃ。

「平家との戦いは避けられんと思うておる。でもその先にあるのは世界最強ともいえる産業同盟の構想じゃ。
 平家の拠点は広島じゃろ? あそこにも世界に名だたる車屋さんがおる。
 んでおぬしらは川崎の鉄鋼業を抑えておる。
 車を作る材料と、その組み立て。
 お互いの技術を共有し合い、そして利益を高め合うには十分な環境じゃ。
 これを源平同盟の礎とし、世界中に経済戦争を仕掛けよ。
 この同盟は皆に言わせればただの理想じゃが、わしに言わせれば大した理想ではない。
 おぬしと清盛が鶴の一声を出せばいいだけじゃ。
 どうじゃ? 異論はあるか?」

「……」

 頼朝が言を失って沈黙しておる。さすがに話が大きすぎたか。
 でも、じゃあ……そろそろとどめといこうか。

「平家はわしが何とかする。まぁ見ておれ。近いうちにわしらは平家と同盟を結ぶ。その先におぬしらと平家の源平同盟を用意してやろうぞ。
 その後世界に名だたる車産業を元に、源平同盟を成功させるんじゃ」

「なんという大それたガキだ」

「渋谷の時に言わなかったか? 我々をナメるなというておろう。
 四面楚歌の産湯につかり、人の血肉を削ぎ合って生き残ったのが戦国武将じゃ。
 この程度の企み、わしらにとっては日常茶飯事なんじゃ」

 最後にわしはかっこよくセリフを吐き捨て、この日の会談は終了。
 わしは華殿の武威のせいで気を失っておった氏直を肩に担ぎ、勇殿たちにも声をかけてその場を後にした。

しおり