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遠征の弐


 寺川殿の長屋の関所を通り抜け道へと出てみると、50メートルほど離れたところに数人の人影が見えた。
 1人はもちろんわしのよく知っておる鬼ジジイの気配。それ以外の輩はおそらく鬼ジジイの護衛として薩摩から連れてきた島津の精鋭じゃろう。
 スクランブル交差点会合のときは20名ほどの手下を連れてきておったけど、あの時より人数少なし。しかしながら武威の質は高し。と言ったところじゃ。

「よくここがわかったな」

 その集団にとことこと歩み寄り、わしは不敵な笑みとともに話しかける。

「あぁ、源頼光に聞いたらだいたいの場所を教えてくれたわ」

 ふっ。

 ということは寺川殿の長屋の正確な場所と部屋番号は教えてもらえなかったということ。対するわしは武威センサーによって、こやつらの存在を詳細に把握できる。
 それはつまり頼光殿がわしにこやつらの対応を任せたという意味じゃ。相変わらず危機管理能力に優れた男じゃ。

 でもこやつらはわしにとってなんら危険な存在ではないのじゃよ。
 スクランブル交差点の会合の時、この鬼ジジイは実際にあの場所に顔を見せていたけど、わしの肩に手を置きながら「あのときはすまなかった」と謝罪してくれたのがこの男なんじゃ。何も恐れることはない。

 んでこやつはその後すぐに薩摩の国に帰って兄弟にその件を報告したらしい。

 突如立ち上がったわしと康高の関ヶ原勢力。
 わしらを守るため、また、わしらと各地勢力との連絡係をこなすために、ここ数日我が一軒家城の周囲の長屋が各勢力によって借りられることとなった。
 その過程で各勢力の本拠地でも色々と話し合われたことじゃろう。

 現代でもわしらの味方になるか。または新たな敵となるか。
 味方になるにしても、拠点を東京に移し全面的にわしらと行動を共にするか。または遠く離れた地で活動をしつつ有事の際だけわしらに力を貸すか。

 などなどあの交差点にいた人材だけでは決めきれないことを、各地の拠点に戻って深く話し合ったはずなのじゃ。

 そしてもちろんわしだってここ数日を無駄に過ごしたわけではない。
 虎之助殿を介して、越後・米沢の上杉さんとこと連絡を取り、毛利さんや長宗我部さん、そして島津さんとこにも助力の打診をしておる。

 でもこの男に限っては昨日呼び出しを掛けておいたのじゃ。このわしがな。
 ふっふっふ。
 東京から鹿児島に戻ったばかりで再度こっちへ来いというわしの要請に、電話の向こうでめっちゃ嫌そうにしていたけど、なんだかんだですぐさま東京にとんぼ返りしてくれたんじゃ。

 前世におけるわしとこの鬼ジジイの関係も実のところ悪くはなかったし、全てはわしの計画通り。

「ちょ、佐吉? 大丈夫なの?」

 とはいっても寺川殿はまだ30代半ばのねね様の記憶しか持っておらんから、島津に対して警戒しておるようじゃ。
 そりゃそうじゃ。ねね様が30代半ばだった時期と言うと、ちょうど本能寺の変が起きたあたり。わしら羽柴勢は毛利さんたちと戦っておったぐらいで、島津と言えばまだまだはるか遠くにいる敵国という認識じゃ。
 史実としてはその後の歴史も知っておろうが、寺川殿がついつい警戒してしまうのも無理なかろう。

 でもわしは豊臣政権下に下った島津さんと交友した記憶がある。
 つーか関ヶ原の島津勢はわしの味方だったしな。現代の史実では島津家は徳川とのいざこざがあった末でやむなく西軍に下ったとのことだけど、未遂に終わった鳥居元忠ぶっ殺し計画も含めてその全てがわしの謀略だし、最後の最後に徳川の本陣を突き破る戦力として薩摩の剛兵たちを温存しておいたのもわしの案じゃ。

 小早川のクソガキのせいでその計画もおじゃんになったけど、結局島津勢は関ヶ原の合戦のクライマックスに徳川の本陣へ突撃。家康の首は取れなかったものの、周りは敵だらけのなか少数で薩摩まで逃げ切る『島津の退き口』なるアホみたいに壮絶な撤退戦を成功させておる。
 その際討ち死に覚悟の兵たちが段階的に徳川の追撃を足止めする『捨て奸(すてかまり)』なる戦法をとったというが、そんな部下の忠誠心も含め、豪快で実直な鬼ジジイはわしのような知的武将と対極に位置する。
 だけど逆にそれがわしの興味を引き、相手もわしに興味を抱いておる。
 そんな関係じゃ。

「この俺様を何度も呼び出すとはいい身分だなぁ」

 しかし次の瞬間に鬼ジジイがわしに向かって臨戦態勢の武威を放った。
 もちろんこちらも武威と法威で応戦じゃ。
 応戦じゃ。っていうか、こっからわしらの殴り合いが始まった。

「わはははは! 近江のモヤシ狐め! 少しは強くなったようだなァ!」
「ぎゃははは! 当たり前じゃ! ほうれ! もう一発! ふんっ! どうじゃあ!? わしのこの洗練された武威はァ!」
「ぐふゥ! おう! なかなかいい一発だァ! じゃあお返しにこれをくらえい! ふん!」

 恥ずかしながら、これがわしらのいつもの挨拶じゃ。
 殿下の懐刀として重宝されていたわしを毛嫌いし畏怖する者も多い中、この男だけはこうやって表裏なく接してきよる。
 それがわしとしても嬉しいし――ぎゃははは! やっべぇ! 止まらなくなってきた! 久しぶりだけどめっちゃ楽しいわ!
 やはり鬼ジジイとの殴り合いは一味違うな!

「ふん!」
「えい!」
「とう!」
「うらァ!」

 その後しばらくノーガードの殴り合いを続けていたら、見かねた寺川殿が止めに入った。
 わしも鬼ジジイも顔面ぼこぼこ、胴体青痣だらけ。だけどお互いにっこにこ顔じゃ。
 つうかな。邪魔すんなよ。これがわしら流の挨拶なんだってば。
 あーぁ。めっちゃ楽しかったのにぃ……。

「なんでそんなに変態チックな挨拶なのよ。佐吉? 本当は変態なの?」

 ちょっと待て! 思わぬ誤解じゃ!
 いや、めっちゃ楽しんでたのは確かな事実だけど……っておい! 卜部殿と勇殿と華殿! 顔が引きつってるってば!
 そんな視線でわしを見んでも――そうじゃ! 吉継!? 出て来い! おぬししかこの状況を説明してくれる者が……。

「光君? おじちゃんがね。そのくだらない挨拶、気持ち悪いからさっさと終われだってさ」

 挙句は心の友から最大の裏切りを受ける始末。
 うーむ。まぁよい。鬼ジジイも部下から疑いの目を向けられておるようじゃし、本来の用事を済ませようではないか。

「はぁはぁ……げほっ。よし。さすればおぬしをここに呼び出した理由を話す。でもここじゃなんだからあそこの公園で話し合おうぞ」
「む、うむ。わかった」

 そしてわしらは近くの公園へと移動し、それぞれ対峙した。
 でもな。ここが肝心じゃ。
 最初の一言で相手の度肝を抜く。
 戦国の世を切り抜けてきたわしら戦国武将に必要不可欠なスキルであり、そういうことを駆使できるようでないと相手からなめられる。
 それはたとえ心を許した同盟相手でも同じだし、むしろそういう技術に長けたわしだからこそ、このような豪快ジジイも一目置いてくれるのじゃ。
 なので、とりあえずは衝撃の一言を……。

「おぬしをここへ呼んだのは他でもない。近いうちに平家をつぶそうと思う。手を貸せ」

 わしの言葉に、わし以外の全員が驚いた顔をした。
 まぁ、そうなるだろうな。
 でもちょっと言い方がまずかったかな。そこまで過激なことをするつもりではないんじゃ。

「いや、少し言い過ぎた。本当につぶすのではなく、我が勢力に引き入れようと思う。
 ただ平家が素直に我が意に従うとは思えん。その話の前に一戦やらかす必要があるんじゃ。
 一戦やらかして、壊滅寸前まで追い詰める必要がある。
 かような戦いを西国の諸将とともに仕掛けるつもりじゃが、島津さんとこはどうじゃ? 動けるか?」

 しかしながら対する鬼ジジイの反応はわしの問いに答えるものではなかった。

「ほう。早速次の行動に移るつもりか」

 にやりとしながら口元を手で覆い、ここで一度わしの姿を上から下まで吟味するように見てきよる。
 いや、間違いなくこの時の鬼ジジイはわしの発言を吟味しておるな。
 わっぱの背丈しかないこの体。そしてそんな体に似つかわしくない発言。
 果たして10歳程度のガキがあの平家を相手にすることなどできるのであろうか? と。

 しかし、さっきの殴り合いでやつも気づいているはず。
 わしの武威が前世のそれではなく、やつにとっては摩訶不思議ともいえる“法威”なる力も備わった、より強力なものであることに。
 そもそも平家せん滅はなにもわし1人でやるわけじゃないし、鬼ジジイもわし自身にそこまで強さを求めているわけではないじゃろう。

 でもこの疑っている感じ。もうちょっと押しておく必要があるな。

「次の動きではない。これは『次の次の』動きじゃ」

 わっぱの体でも、その内に宿るわしの頭脳は前世のあの頃と全く変わらんもの。
 ゆえにいくつもの謀を同時進行でこなし、実際に今現在、対平家作戦の他にも色々と動いておる。
 ということを暗に匂わせつつ、鬼ジジイを感服させる。そんな一言じゃ。

「兄に聞く必要があるが、おそらく大丈夫だろう」

 結果、鬼ジジイは前向きな答えを返してきた。
 ふっふっふ。そうじゃろうそうじゃろう。
 おぬしはわしのこういうところを気に入っておるのじゃろう? その気持ち、わしは現世でも存分に応えてやろうぞ。

「あと1つ。わし、今東京にいるから西国の事情に疎い。毛利さんとこはどうじゃ? わしが昨日連絡を取った時は、隆元殿がいい感じの返答をしてきたんじゃが?」

「いや、油断はするな。毛利は元就がまだ存命だ」

「うーむ。そうなると毛利さんの協力は得難いか……?」

「いや、息子たちに話を通して説得させれば何とかなるだろう。最悪、この俺が輝元一味を無理矢理にでも出陣させよう。毛利だって平家と領地を隣り合う立場。平家には長年煮え湯を飲まされてきただろうし、お前の計画に手を貸さない理由はない。
 しかし、元就と“両川”が幅を利かせている毛利勢力は安易に信用していいものではないぞ?」

「うむ。じゃあ長宗我部さんとこは? 昨日わしの方から連絡を取ることが出来なかったんじゃが?」

「あっちはさらに怪しい。味方になるかどうか。それに俺の方から話をつけても、怪しまれる恐れがある。うちと長宗我部は勢力地が隣り合っているからな。
 長宗我部に話を通したいんだったら、むしろお前から直接話をしておけ。元親(もとちか)か信親(のぶちか)なら信用できるであろう。間違っても盛親(もりちか)には話を預けるな」

 チカチカチカチカうるっせぇな。
 まぁ、ここは我慢じゃ。シリアスモードのわしなのじゃ。

「うむ」
「しかし家康が弟としておるならば、それを利用して東軍勢力も付ければよかろう? なぜ我々のような西国の勢力だけで平家に挑むのだ?」
「弟はわしと違い、『記憶残し』ではない。まだそこまでの器量は育っておらん。そんな家康を頭にしたら東軍の奴らから足元すくわれかねん」
「仲よさそうに思えたが、意外と慎重だな。どうした?
 しかし貴様は信長ともつながっていると聞く。陰陽師と出雲神道衆も。
 上杉にも顔が利くだろうし、わざわざ長宗我部と毛利の力を借りんでも、信頼できる勢力があるだろう? なぜそちらを使わん?」
「ふっ。あいかわらずの諜報力よ。
 いや、東軍の奴ら以外にも警戒しておかねばならぬ輩がおるのじゃ。
 奥州源氏と藤原の勢力じゃ。そのために東国の勢力を温存しておかねばいけないのじゃ」
「ふっ。その言い方じゃ、本当に源平双方を味方に引き入れようとしているふうに聞こえるぞ?」
「するどいな。そうじゃ。わしは源平合戦に横やりを入れるつもりじゃ。その準備もしておるし、成功する算段も付けておる。
 まぁ見ていろ。先に鎌倉源氏。そして平家。鎌倉源氏については上杉の助力も得つつ、話をつけるつもりじゃ。だからおぬしには平家の方を助力してほしいというわけじゃ」
「うむ。分かった。しばらく見ないうちにいい目つきになったな。モヤシ小僧よ」
「なめるなよ。わしはマジで天下を狙っておる。我が弟とともに、日の本のさらなる安寧をもたらしてやろうぞ」
「ほう。だが1つ疑念がある」
「なんじゃ?」
「貴様の弟。この先長くまで貴様の弟として在ると思うか? あの家康だぞ?」
「愚問を……それを操ってこそ……いや、語弊があるな。
 わしは弟を操るつもりはない。一緒に天下を統べる。それだけじゃ。
 日の本で1番信用できる弟に育て上げてやるわ」

 つーかさっきお泊り道具の支度をしている時に「ぼぐもー……ぼぐもいぐぅー」と泣き叫びながら邪魔された記憶が脳裏をよぎったわ。
 あの情けないわっぱが家康じゃ。家康だけどめっちゃ情けなくて……でもいざという時にはわっぱ離れした名乗りとか出来て……そんでもってめっちゃ可愛くて……はぁはぁ……いや、いったん落ち着こう。
 落ち着いて……この男にもわしの覚悟を聞かせてやろう。

「ふーう」


 わしはここで軽く息を吐き、島津の鬼ジジイの目を真正面から睨みつけた。


「そうじゃ。康高を……わしらいつまでも仲良く……島津のイモ兄弟のように……な?」


「ふっ。こざかしいセリフを吐きおって」


 そう言って、島津義弘はにこりと笑った。

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