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遠征の壱


 結局、わしと吉継の語り合いは寺川殿の長屋にて行われることとなった。
 つーかな。寺川殿のことすっかり忘れておったわ。

 大谷吉継と石田三成の再会。そして語り合い。
 どう考えてもねね様たる寺川殿を無視して出来るものではないのじゃ。
 最近寺川殿の影が薄くなっておったゆえ、その存在をすっかり忘れていたわしの落ち度と言えるが仕方あるまい。

 でも、球の練習の帰り道で今宵の会合場所を話し合っておった時、勇殿がふと「テラ先生のお家は?」とつぶやいたので即座に決定じゃ。
 一軒家城に帰城するなりわしは寺川殿の携帯電話に連絡を取り、今宵泊りに行くことを伝えた。
 寺川殿本人は今宵エステなる無駄な浪費計画が入っておったようじゃが、そんなもんは強制的にキャンセルじゃ。

 電話の向こうで嫌そうに承諾する寺川殿の機嫌も無視しつつ、わしは電話を切るなりすぐにお泊り道具の用意。勇殿も、あとわしらの会話を聞きながら「私も行きたい!」と主張しておった華殿もかねてから寺川殿の長屋に入り浸っておったらしいので、宿泊の準備も滞りなく進めるであろう。

 わしが康高の妨害を乗り越えながらお泊り道具の用意を済ませて勇殿の城に迎えに行くと、すでに勇殿も用意を済ませて玄関前に立っておった。
 その時わしのストーカーたる勇殿の父上から動画の件に関するしつこい詮索を受けたけど適当に誤魔化しつつ、わしらは次に華殿の城へと赴く。
 華殿も用意ばっちしの状態で即座に合流し、わしらは寺川殿の住む長屋へと自転車を走らせた。

 んで寺川殿の部屋で吉継とねね様の感動の再会じゃ。
 と思ったけどさ。この2人にとってこの状況はわしの時のような数年ぶりの再会ではなく、ましてや400年ぶりの再会でもない。
 ねね様の記憶が1秒ごとに蘇っている寺川殿にとって、吉継はその記憶の中で最近会ったばかり。吉継も似たようなもんじゃ。

「ねね様。相変わらずお元気そうでなによりです」
「そうね。紀之介も調子よさそうね。勇多君の体、大切にしなさいよ」
「御意」

 あっさりしすぎじゃ。
 なんじゃその挨拶は? もっと感動しろよ、と。
 そのやり取りを見ておったわしだけが、よくわからん苛立ちに心侵されてしまったわ。

 でも当の本人たちはその後数分程度世間話を交わすだけで、感動の再会シーンを終わらせおった。
 その後寺川殿はゆうげの準備をするためにてきぱきと動き始め、わしらはというとゲーム機の電源を入れ、ゆうげまでのわずかな時間をゲームで楽しむことにした。

「光君? どれする?」
「うーん。その……怖いやつはやめとこうね。……って華ちゃん! それ怖いやつだからダメだって! 違うのにしようよ!」
「えー……? 怖いからいいんじゃん。みんないるんだし、こういう時にあえてこのゲームするのが醍醐味でしょ?」
「ダメ! 絶対ダメ!」
「うー……わかったぁ……じゃあこれは?」
「そっちはテラ先生が下手すぎるからダメ! すぐ墜落しちゃうんだもん!」
「うるさい、佐吉! わた、私は料理してるからゲーム出来ないでしょ! あ、あんたたちがやりたいゲームしなさい!」

 慌てすぎじゃ、寺川殿。
 あとさ、みんなの前でわしの幼名を口に出すな。
 まぁ、もう勇殿と華殿にバレちゃってるから別にいいけどさ。

「ん? そうなの? 僕たちだけゲームしてていいの? じゃあそのゲームで」
「みーつーくーん? 僕もそのゲーム苦手ぇ。上と下が分からなくなっちゃうから大変で……他のにしない?」
「じゃあこっちは? 車のゲームなら上と下関係ないよ?」
「そだね。それなら僕もできる。華ちゃんは?」
「私もそれでいいよ!」

 そんな経緯でわしらは車のレーシングゲームをすることとなり、今現在、勇殿と華殿がサシの勝負をしておる。
 わしはというとその順番待ちじゃ。

 んで寺川殿はわしらの雄姿を見守りながらも、たこ焼きなる堺の食料を作り始めた。
 じゅわじゅわ唸る漆黒の鉄板にとろとろした液とたこさんの足が放り投げられ、くるり、くるりと舞い回される様は堺の火縄銃職人の手技を見ておるようじゃ。

 しかもこの食物の調理はこれだけではない。
 焼き上がった球物にカツオ節とソースとマヨネーズを塗りたくるという、まさにぜいたくの極みを詰め込んだ逸品なのじゃ。

「できたわよ」

 数分後、寺川殿が勝ち誇ったように下知を出し、それを合図にわしらは爪楊枝を舞い踊らせる。
 あつあつのたこ焼きを口に投げ入れながらその食レポをしていると、ふと思いついたように寺川殿が立ち上がった。
 今宵のわしらの警護役として同行した卜部季武(うらべのすえたけ)殿が部屋の隅で座禅を組んでおったのだけど、寺川殿は卜部殿にもいくつかのたこ焼きを差し入れたのじゃ。

「お気遣いなく……」

 そう言いながらも禅を解き、たこ焼きを頬張る卜部殿。
 つーかな。この卜部という男、ロン毛に無精髭の売人系でありながらネットやゲームに精通しておるらしく、先程レーシングゲームをやらせたら、涼しげな顔でとんでもないタイムをたたき出しやがった。

 そもそもスクランブル交差点会合の事前準備のおりに、ネットの世界における情報操作を主導してくれたのもこの男だし、IT系武将を自負するわしとしては、非常に興味深いスキルを持ち合わせておる。
 いや、卜部殿はわしが目指すべきところにすでに達しておるといってもよかろう。
 尊敬すべき男であり、同時に目標にすべき男じゃ。

 そして――これほどの逸材をさも当然のように従える頼光殿、そして坂上殿。
 今は味方になってくれておるとはいえ、こんな人材を見せつけられてしまうと改めて坂上勢力の強大さを実感してしまうな。
 上には上がおり、わしの天下統一事業の先は果てしなく遠く、その道もさぞかし険しかろう。

 でもそんな消極的な思考は無駄の極み。
 この巨大な勢力がわしのことを庇護しており、卜部という男が今わしのそばにおるということを最大限に利用せねばなるまい。

 なのでわしはたこ焼きなる珍味を5つほど頬張ったところで、ゲーム機のコントローラを手に取りながら卜部殿に話しかけた。

「卜部殿?」
「はっ」
「FR車のドリフトを教えてくれ。サイドブレーキとフットブレーキをかけるタイミングがようわからんのじゃ」
「御意」

 わしの願いに、卜部殿もにやりと笑う。
 寺川殿がたこ焼き小隊の第2陣を焼き終えるまでのわずかな時間、わしと卜部殿の崇高なる学び舎が開かれた。

「ヘアピンカーブは先にサイドブレーキを掛け、Rの大きなカーブは逆にフットブレーキによるケツ振りを……」
「ほうほう」
「タイミングは体で覚えた方が早いかと。私めが声でお伝えしますので、一度練習コースで鍛錬を積みましょう」
「うむ。よろしく頼む」

 ふっふっふ。なんというゲーマーの極み。
 卜部殿はこういう技術を会得しておる分、無愛想ながらもわっぱの心を鷲掴みするタイプの男じゃな。
 案の定、最初は卜部殿の風貌に怯え気味だった勇殿も、瞳を輝かせながらわしらの授業を観察しておる。
 唯一わしの成長を快く思っておらぬ寺川殿が悔しそうな武威を垂れ流しておるけど、気付かなかったことにしておこう。
 このゲームの持ち主のくせにいつまでたっても上達しない方が悪いんじゃ。

「ほら、次が出来たわよ」

 その後たこ焼きさんの第2陣が寺川殿によって各々の皿に配られ、わしらもゲーム機のコントローラの操作を止める。
 またまたアツアツの球物を口に放り込み、各々幸せそうな表情を浮かべた。

「ところでさ。テラ先生?」
「ん? 佐吉、何?」

 おっと。この状況、わしはどっちの言葉使いを用いた方がいいのじゃろう?
 いや、勇殿と華殿がおるこの状況はあくまで一般的な小学生になりすまし……あれ? さっき卜部殿に対して威厳ある話し方をしてしまったような……うーん。まぁいいか。
 吉継も勇殿の脳裏に隠れておることだし、勇殿と華殿が会話を理解しやすいようにわしも小学生のわっぱキャラでいこうぞ。

「あのねぇ。明日からの予定なんだけどォ」
「なによ、そのしゃべり方。気持ち悪いからそれやめなさい」

 こんちっくしょう!
 気持ち悪いってなんやねん! むしろこの体で威厳ある話し方をしてる方が気持ち悪いやんけ!
 なんで寺川殿はそういうところに気を使えないんじゃ!?
 あーもう、わかった! わし、いつもの話し方でいってやるわ!

「あ、明日からの予定の件じゃ。寺川殿も耳に入れといてほしい」

 その時にこにこしながらたこ焼きを口に入れていた勇殿がタコさんの塊をごくりと飲み込み、会話に入ってきた。

「あはは! やっぱり光君のその喋り方面白いね! 僕の頭の中に入ってくる『おじちゃん』の小さな頃の喋り方と一緒だぁ!」
「そうだね! 私の頭の中の記憶の子にも喋り方が似てる! 光君、昔からたまにそういう喋り方してたけど、やっぱりちょっとおもしろーい!」

 ついでに華殿も。
 いや、ちょっと待て。
 そういえばこの2人には今ももう1つの記憶が刻一刻と蘇っておる最中じゃ。
 さすればその記憶の中の吉継も……そして華殿の前世も同じ喋り方だろうし、前世において2人に話しかける周囲の人間たちも似たような口調のはず。
 勇殿に限っては、頭の中にいる大人の吉継もわしと同じ喋り方で勇殿に話しかけておるようじゃし。
 じゃあ何か? この2人にとってわし本来の言葉使いは意外と身近なものなのか?

 それなら――

 いや、ダメじゃ。
 わしらはあくまで現代の小学生わっぱ。その世界観は壊してはならん。
 今は寺川殿と卜部殿がいるからかつての言を用いていいのかもしれんけど、普段3人でおる時ぐらいはわっぱの言葉を使わねばな。

 まぁ、そんなことは大した話じゃないんだけど。それはそうと今後の予定じゃ。

「寺川殿? 明日、明後日の夕方に三原と訓練をする。北条さんたちが隠れていたあの倉庫でじゃ。寺川殿はどうする?」
「あぁ、私、明日も明後日も無理。明日ネイルのお店予約してあるし、明後日は美容室の予約があるから」

 こんのババァ! ネイルに美容室だぁ!? いつまで無駄な抵抗してんねんッ!
 つーか、あれか? わしらの訓練はそんなしょうもないオシャレに負けるぐらいどうでもいいことなのか!?
 おかしいじゃろ! もっと真剣にわしらの成長見守れよ!

「そ、そうか……」
「三原が訓練の相手してくれるんでしょ? じゃ、私いなくてもいいじゃん。あいつが無理な時に私に声かけなさい」

 ま、まぁそりゃそうだけどさ。
 うーん。なんか納得できないけど、これも仕方のないこと……なのか?

 いや、気を取り直していこう。
 もう1つの案件じゃ。

「それとじゃ。土曜日の夜に信長様から呼び出しがかかっておる。あの坂上殿も一緒じゃ。これはぜひとも顔を出してほしいんじゃが?」
「あら? そうなの? それはめずらしい顔合わせね」

 ふむ。やはり寺川殿は会合の件を知らなかったのか。
 じゃああれじゃな。やっぱり三原が信長様あたりと繋がっておるということじゃな。

 いや、三原の口から信長様との繋がりを聞いたことなどない。それはつまり最近になって両者が接近したということになる。
 何をきっかけに?
 それはもちろんわしじゃ。

 こんちくしょう。源義仲たる三原と信長様のコンビなんて、めっちゃ最強やんけ。
 わしと康高の関ヶ原勢力が陰に隠れてしまうぐらい強力やんけ。
 わしを利用して新しい顧客を獲得するなんて、三原めっちゃむかつくわ!

「どうしたの? 険しい顔して」

 寺川殿がそう言いながらわしのほっぺを引っ張ってきたので、それをきっかけにわしは我に返り、ついでにわっぱっぽい素敵な笑顔を浮かべる。
 勇殿と華殿も心配そうにわしの顔を覗き込んでいたな。悪いことをしたわ。

「いや、大丈夫じゃ。ちょっと三原にむかついただけじゃ」
「あはは。三原にむかつくのもいいけど、あの男とは敵対しない方がいいわよ」
「当たり前じゃ。付き合いも長くなったし、諸々の恩もある。ただちょっとむかついただけじゃ。そのむかつきも収まっておる。大丈夫じゃ」
「そう、それなら安心ね」

 そしてまた寺川殿がわしのほっぺをつねつねと。
 吉継が勇殿の中から見ておるから、そういうわっぱ扱いやめてくれないかなァ。

「んで話を戻す。明日・明後日は訓練。明々後日は会合。会合の時刻と場所は近くなったらわしから伝える。寺川殿? それはいいな?」
「えぇ。わかったわ」
「それで次の話じゃ。わしと勇殿と華殿。それぞれ三原や寺川殿と連絡を取りやすいようにスマートフォンを持つべきだと思うんじゃ。寺川殿? 後北条さんとこから報酬をもらったじゃろ? あのお金からいくらか出費してわしらにスマフォを預けてほしいんじゃ。別に携帯電話でもいいんじゃが……?」
「そうね。それは必要かもね。じゃあ私の名義で3台買っておきましょ。でもスマフォはダメ。あなたたち、ゲームにはまりそうだから。特に佐吉? あんた、課金し始めたら止まらなくなりそうだし」

 思わぬ侮辱じゃ!
 いや、その可能性も無きにしもあらずだけどォ!

「うむ。それなら別にガラケーでもよい。要はお互い素早く連絡を取れればいいんだからな」

 そもそもさ。わし、一軒家城では父上のパソコン使ってネットゲームしておるし、その際は完全無料のゲームしかしないから重課金の可能性は意外と低いんだけどな。
 でも、万が一のためここはスマフォを諦めようぞ。

 とちょっとだけ残念な気持ちで次のたこ焼きを頬張ろうとしたら、ここで寺川殿が思わぬ言を発した。

「あと、佐吉? それとは別に北条からもらった報酬の半分をあんたに預けとくわ。足りなくなったらまた言いなさい。
 えーとぉ。キャッシュカードは……財布の中に入ってたっけなぁ。佐吉? 通帳と印鑑は私が持っておくからカードはあんた持ちね?」

 え?
 ちょっと待て。
 銀行のカードって……おいおい。北条さんからもらった報酬の半分が入ってるってことは……?
 あの報酬は軽く一軒家城を買うことのできる額だったからその半分としても、国産の高級車を2、3台買えるレベルなんじゃ?

 お、思わぬ収入じゃ。
 それなら真っ先に買うべきものがあるんじゃが。

「ま、まじか! じゃあタイヤとホイールを買おうぞ。寺川殿? いいか? わし、部屋に飾るタイヤとホイールが欲しいんじゃ!
 4本セットとは言わん。部屋が狭くなるからな! 1つだけ! 1つだけ買ってよいか!?」

 わし専用の新しいパソコンとどでかいモニターも欲しいけど、その前になんとしても入手すべき物品じゃ。

 しかし――

「ダメに決まってるでしょ。無駄遣いにもほどがあるわ。それいらないから、本当にダメね?」

 ぷっちん

 わしの中で何かがブチギレる音がした。

「なんでじゃあー! なにゆえダメなんじゃー!?」

 あったま来たわ!
 そんな冷たくあしらわなくたっていいじゃろがァ!
 さすればこっちも反撃じゃ!
 その肌触りのよさそうな部屋着にこのたこ焼きソースちゃんで壮大な浮世絵アートを描いてやろうではないか!

「ふんぬ!」

 わしは短い掛け声とともに手を伸ばし、机の上に待機しておったたこ焼き専用のソースちゃんのケースを手に取る。
 しかしわしと寺川殿の付き合いは、そんなわずかな所作からも寺川殿にわしの思惑を伝えてしまった。

「なにを! えい!」

 このばばぁ、最低じゃ。
 ソースちゃんを掴んだわしの右手首を即座に掴み、さらに寺川殿は反対の手でわしの右肘をかっくんと折り曲げやがった。
 お互い法威で制御した武威の速度で動いていたせいで、ソースちゃんの吹き出し口がとんでもない速度でわしの顔面に接近してきおったわ。
 んでここでさらなる悪魔の所業じゃ。
 ババァ、ソースちゃんの吹き出し口がわしの顔面を向いているのを確認した後、わしの右手を上から覆い、握力を強めやがったのじゃ。

「ぐーぎゃー!」

 結果ソースちゃんがわしの綺麗なおめめに勢いよく襲いかかり、これにて勝負あり。
 わしは視界を奪われた状態で叫び声を上げながら風呂場まで手探りでたどり着き、シャワーの水を全開放して眼球を洗った。

「あははは!」
「わははは!」

 居間の方から勇殿と華殿の爆笑する声が聞こえてきたけど、そんなもんはどうでもいい。
 こんちくしょう。法威を覚えたことで今度こそ寺川殿に一矢報いることが出来るかと思っておったけど、わしの法威はまだまだ寺川殿のレベルまで届いておらぬらしい。
 ならばどうするか?
 もちろんわしはこの程度で引き下がる男ではない。
 あったまきたから、今度寺川殿の美容用高級乳液を安い調整牛乳にすり替えておこうぞ。

「んで、はいこれ。キャッシュカード。暗証番号は1615ね。無駄遣いしちゃ駄目よ」

 反撃の方法を思案しつつわしが風呂場から戻ると、寺川殿がそう言いながらカードを渡してきたので、わしはタオルで顔を拭きながらそれを受け取る。
 どうでもいいけどさ。わしら豊臣政権の関係者にとってめっちゃ縁起の悪い数字を暗証番号にするなよ。
 それと絶対に後でこっそりタイヤとホイール買ってやろうぞ!

「確かに受け取った。それでもう1つ話があるんじゃが」
「ん? なぁに?」

 さっきまで武威と法威を駆使した争いをしておきながら、すぐさま話し合いの続きに入るわしと寺川殿。
 そんなわしらの切り替え具合に勇殿たちが驚いておるけど放っておこう。これがわしらのペースなんじゃ。
 というか吉継にも出てきてほしいんじゃが。
 いや、これから話すことは最近蘇ったばかりの吉継にはちと理解しにくい話かもしれんな。

「例の倉庫、何とかして借りれないものじゃろうか? これだけ金があるなら何とかなりそうじゃ。
 もちろん賃貸でもいい。あわよくば買収しておきたいところだけど、いくら使われていない倉庫だとしても場所が場所だけに土地代が馬鹿にならんじゃろ? だから寺川殿名義か三原名義であの倉庫を借りれないじゃろうか?
 わしらわっぱの姿じゃどうにもならんから、寺川殿からあの倉庫の建物と土地の持ち主に掛け合ってほしいんじゃ」

「ほう。それはまた急な話ね」

「あぁ。でも他人の倉庫をいつまでも無断で使用するのは気が引ける。あと、ここ数日で豊臣恩顧の大名勢力がわしの城の近所の長屋を借り始めたんじゃ。わしと康高の――いや、わしは自分の身は何とか出来るから、主に康高の警護をさせようと思うんじゃが、日の本各地に散らばる各勢力の出張事務所みたいなもんがわしの城の近所に群雄割拠し始めておる。
 でもそれらの勢力が一堂に会する場所がないんじゃ。
 だからその倉庫を……そうじゃな。とりあえず今後3~5年をめどに、あの倉庫をわしと康高に従する勢力の会合拠点にしたい」

「なるほどね。それはいい案だわ。というか、やっぱりそういう施設が必要よね」

「そうじゃ。あそこなら周りに住宅地もないからいざという時の本陣にも利用できようぞ」
「りょーかい! 分かったわ。でも手続きとか複雑そうだから事務的なことは三原に任せた方がいいかも。あいつに頼んでみなさい」
「応」

 さて、今日報告しておかなきゃいけないことはこれぐらいで終わりだったっけ。
 まぁ、忘れてることがあったら、それは後日というこ……あっ、もう1つ聞いておきたいことがあったな。

「最後じゃ。寺川殿?」
「ん?」
「京都におる新田殿の連絡先を教えてほしい。輪生寺に泊った時、電話番号聞くの忘れたんじゃ。携帯でもいいし、鴨川殿の連絡先でもいい」
「あら? なんか用事? 今電話してみれば?」
「いや、今はいいんじゃ。でも来週あたりに新田殿に電話する必要が出てくる予定なんじゃ」
「ふっ。また何かよからぬことを考えているの?」
「よからぬことではない。でも今はまだ内緒じゃ」
「あらそう。わかったわ。まったく、せわしない子ね」
「ふっふっふ。殿下にそう育てられたからな」
「うふふ。そうね」

 などと報告の最後はわしと寺川殿でちょっぴり懐かしい話をしつつ――

「何か来ましたな」

 長屋の外から流れ込む不審な武威に卜部殿が気付き、鋭い目つきで警戒態勢に入った。
 続いて寺川殿も似たような雰囲気を匂わせ始めたけど、武威センサーでその発信源の詳細を把握したわしは2人を落ち着かせるような口調で言った。

「大丈夫じゃ。島津の鬼ジジイが来ただけじゃ。わしが呼んだんじゃ。
 でも、あやつ誰かに聞いてこの長屋の前まで来たものの、この部屋の番号まではわからんかったようだな。ちょっと出迎えてくる」

「ん? 島津の鬼ジジイって? もしかして……?」

「あぁ、薩摩の国、島津四兄弟の二男、島津義弘じゃ」


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