前哨戦の参
おいおい。
桶狭間の戦いじゃあるまいし、奇襲にも程があろう。
しかも桶狭間の戦いは、わしが生まれた年に起きておる。
わしの人生、桶狭間。
――なんて言ってる場合か!
ふざけんな!
「これは……?」
一軒家城の玄関と門のちょうど中間あたりに、乙部殿がこちらに背を向ける形で立っていて、隣には綱殿の姿もある。
その2人の向こう側には信長様が2人と相対する形で立っており、信長様の背後にはずらーと配下の者たちが連なっておる。20人近い人数だから敷地の中に収まらず、門を出た先の道路まで溢れてしまっておるわ。
そんでさらには一軒家城の前の道路を埋め尽くす黒塗りの高級車。あと、よくよく見てみるとその車列の前後は数台のパトカーが先導のためについてきており、少し離れた所でぐるぐる回る赤いランプがご近所さんの城の外壁を照らしているのが見える。
パトカーに乗ったお巡りさんもすでに交通規制っぽい作業の準備を始めておるようじゃ。
この感じ、ニュースとかで流れる事件現場の映像とかで見たことあるけど、事件といえば確かに事件じゃ。
まさか総理大臣が直々にこちらに出向いてくるなんて。
「卜部とやら。道を開けろ。そちらから話を持ってきたのではないのか? 無礼であろう? 上様に道を開けろ」
しかもじゃ。信長様のすぐ後ろにおられた御方。
激しい武威を放っておる卜部殿に臆することなく、それどころかさらに激しい武威を放ち、信長様の脇を抜けて卜部殿に突っかかっておる。
信長様の行く先を率先して確保しようとするその行動。加えて、迫力満ちた声といいそれっぽい見た目といい、完全に柴田の親父殿なのじゃ。
やっべぇ。柴田殿はまずいって。
わし、羽柴秀吉だった頃の殿下と柴田の親父殿がぶつかった“賤ヶ岳の戦い”に参陣しておるのじゃ。
しかもその時のわし、先懸衆として戦の最前線で柴田軍をばっさばっさ切り倒しておったのじゃ。
いや……あの時のわし、なんというか……。
ランナーズハイというかクライマーズハイというか。
そういうのになっておったんだけど、思いのほか体が軽くてよく動き、敵陣にがんがん突っ込んだのじゃ。
今となっては殺り過ぎたと思っておるけど、現世の柴田殿も間違いなくそれを知っておるだろうし、わしに対する柴田殿の恨みは決して小さくはないはず。
そんな柴田殿の予想外の登場。
まじやっべぇ。どどど、どうしよ……?
って、そんなこと言っておる場合じゃない!
「お早い行動、感服いたします。私めが石田三成でございます」
信長様の前に走り寄り、膝をつきながら頭を下げるわし。
あと挨拶がてら信長様の行動の早さを褒めておいた。
そうじゃ。
相手はあの“織田信長”様。
その信長様に出会ったとあらばわしの事情など何もかも捨て、即座にこのような態度をとらねばいけない。
そういう御方なのじゃ。
と思ったけど、ここはやっぱり平成の東京だったな。
「うおッ! 何事だ? って、誰? ……もしかして……総理大臣!? なんで総理がここに……?」
わしより数秒遅れて玄関に来た父上。
現代人たる父上の登場で、わしと信長様の礼節満ちた空間がすぐさま崩れ落ちた。
「石家光成さんのお父様ですかぁ? いやぁー、どうもぅ。夜分遅くすみませぇーん」
この光景に混乱する父上を見て、まず信長様が現代人の素振りに切り替える。
地に伏すわしの脇を通り過ぎて父上に近づくや否や、信長様は選挙活動中の立候補者のような気持ちの悪い口調で状況を説明し始めた。
「初めまして。総理大臣の小野田博信ですぅ。お騒がせしてすみませんねぇ。実は例の件で、お宅の光成君にお話をと思いましてぇ」
「え? あ、え?」
「いえね? ですから、お宅の光成君のお話を聞きたいと思いまして。お父さんもご存じでしょう? 巷で話題の事件。あの件についてお宅の光成君から大至急聞きたいお話が……」なんちゃらかんちゃら
もうさ。ショックすぎるわ。
前世の信長様を知っておるわしとしては、こんな信長様なんて見とうないんじゃ。
そりゃ今の信長様は総理大臣だし、地元で選挙活動しておる時の姿がテレビのニュースで流れたのを見たこともある。
けどその卑屈な姿を直接見るとなると、さすがにショックが大き過ぎるんじゃ。
ショックが大き過ぎて、2人の会話が途中から理解できなくなってしまったわ。
でも母上がこの場におらんでよかったな。
後で分かったことだけど、母上と寺川殿はこの時すでに、居間で酔い潰れておったのじゃ。
パトカーのランプが夜の街を明るく照らし、ご近所さんが何事かとわさわさ集まってきておるから、後日よからぬ噂が立つじゃろう。
それをもみ消す役になるのは間違いなく母上だし、それなのにその母上がこの場にいないなんて、考えようによっては不幸だと思う。
もうドンマイってことで。
でもじゃ。問題はそれだけではない。
父上から見れば、玄関先で土下座をしておったわしの行動なんておかしいことこの上ない。
でも幸いにも父上は玄関の扉を空けた時、目の前にいる総理大臣に意識がいき、わしの土下座姿には気付いておらんかったようじゃ。
だけどわしは信長様の悲しいお姿にショックを受けたため、土下座のまま立ち上がることが出来なかった。
そんなわしに気づき、頼光殿が慌ててわしの体を持ち上げ、立たせてくれたのじゃ。
これは我が家の事情を知る頼光殿の配慮だし、わしとしても助かった。
けどそのタイミングと、織田家家臣団が信長様に続いて玄関に近づこうとしたタイミングがかち合ったのじゃ。
「どけ」
短い一言でわしを一喝する柴田の親父殿。
わしはその迫力に押され脇に避けようとしたんだけど、ここで頼光殿が思わぬ行動に出た。
「ここから先は我が主、坂上田村麻呂様が我々に守りを命じた土地。あなた方は三成様の会合相手ではありません。どうかここでお待ちを」
頼光殿? なんでそんな言い方するんじゃ!?
絶対喧嘩売ってるじゃろ!
「ほう。我らは信長様の身を守るためにここに来た。それを阻むと申すか?」
「我々の答えは変わりません。どうかここでお待ちを」
次の瞬間、信長様が連れてきた20人近い武威使いが武威を放ち始め、頼光殿たちも武威を放ち始める。
意図せぬ緊張感が漂い始め、しかしながらそれを止めるべき信長様はわしの父上にへりくだった態度で挨拶と説明を続けておる。
つーか信長様が連れてきた武威使いたちは間違いなく織田家の家臣団の生まれ変わりじゃな。
各々雰囲気は前世と微妙に違うけど、どことなく面影がある。
すんげぇ武威を放っておるし、あの最強家臣団が揃っておるとみていいじゃろう。
けど頼光殿たちもそれに気押されもせず、鋭い視線で相手を睨んでおる。
頼光殿たちのこの殺気、いざとなったらやる気じゃ。
たった3人で織田家家臣団に勝つつもりなのじゃろうか。
どっちが勝つかはわからんけど、この家臣団にその態度で挑むなど、坂上殿はなんという強者をわしに当てたんじゃ?
じゃなくて柴田殿がメンチ切り始めてるし、頼光殿も相手の心を逆なでするようなにやつき顔を見せ始めたし!
マジで喧嘩が始まりそうじゃ!
……
……
こ、ここは……わしがなんとかせねばなるまい。
すっげぇ嫌だけど。
あと織田家臣の数人がわしにも殺気を向けておる。
前世で豊臣家に滅ぼされたりした者たちなのじゃろうな。
そんな輩たちの敵意が乱れ飛ぶ中で、わしが「まぁまぁ。ここはわしの顔に免じて」などと軽い口調で言おうものなら、それが戦いの開始を伝えるゴングになりうるじゃろう。
さ、さすれば……どうしようか……?
いや、これしかあるまい。
「というわけで、少しの時間お宅に上がらせてもらってもいいですかぁ?」
混乱する父上に延々と説明をし続けておる信長様。
信長様は相も変わらず混乱する父上に色々と説明し続けておるけど、わしはその会話に割り込むことにした。
「わぁ! テレビで見たことのある人だぁ! 偉い人だよねぇ? 握手してぇー!」
一瞬、信長様の瞳の奥にシャレにならない殺気が灯った様な気がしたけど、気付かなかったことにしておこう。
「はいはい。いいですよ。光成君? お部屋に上がらせてもらっていいかなぁ? そういう連絡、光成君も聞いていると思うんだけど、知ってるかい?」
もちろん信長様も頭がキレるので、わしの演技にすぐさま乗ってくれた。
「うん。聞いてるよ。どうぞどうぞ! お父さん? このおじちゃんにあげるお茶用意して。おねがい!」
「お、おう」
「あと、おじちゃん? おじちゃんのお友達は虫に刺されると悪いから、みんな車の中で待ってもらった方がいいかもよ」
「んな! ふざけんな!」
「貴様、総理に何する気だっ?」
「やはり総理を……!」
わしの言に、織田家臣団の方から納得のいかないといった声が数々聞こえてきたけど、無視じゃ無視。
源氏と北条の争いの仲介の手伝いをお願いするはずだった織田家の家臣が、協力どころか明日から本気でわしの命を狙いそうな勢いだけど、無視なんじゃ。
夜中にいきなり現れて、頼光殿たちを威嚇する方が悪いんじゃ。
「わかったよ、光成君。じゃ、おじさんのお友達はみんな車の中で待っていてもらうね」
「うん。ありがとう!」
信長様から下知を出され、家臣団はしぶしぶ車に戻る。
頼光殿たちも武威を放ったままだけど、腕を組んだり、父上の車に寄りかかったりと、いくらかリラックスした雰囲気になってくれた。
さて、これで一件落着じゃ。
唯一……すっごい不安なんだけどさ。
広げていたわしの武威センサーに探知されていた華殿が、こちらに向かってすごい速度で移動しておるのじゃ。
寝ていたはずだったのになんで起きたんじゃ?
いや、華殿を起こしたのは、多分勇殿じゃな。
勇殿の城は本当にわしのご近所だから、道を埋め尽くす高級車やパトカーの列に気づき、華殿に連絡したのじゃろう。
と思ったらやっぱり正解じゃ。
華殿の反応が勇殿の家の前で一度止まり、2人揃ってこっちに来ておる。
おいおい。ここに来る気か?
ほんとに……本当に余計なことはしてくれんなよ……。
マジで頼むから。
ここで勘違いした華殿が暴れ、信長様の身に何かあるようなことになれば、織田対坂上の戦いが始まるどころでは済まんのじゃ。
総理大臣が襲われたとあれば、その影響は転生者だけにはとどまらん。
国の経済が傾いてもおかしくないのじゃ。
それをしっかりと理解し……無理じゃな。あの2人じゃ無理じゃ。
と予期せぬ友人の行動を不安に思いながら、わしは信長様を一軒家城に招き入れる。
お茶の用意をしに行く父上とは1階の廊下で別れ、わしらは2階へと上がった。
「ふむ。さっきの言動といい、階段を踏む時の静かな足取りといい、やはり貴様は“記憶残し”のようだな」
「はい。それと……先ほどはすみません。後にしっかりと謝らせてください。でも、わが父の前では現世の素振りを続けてくださりますようお願いします。父上に疑われてしまいますので」
「なるほどな……やはり貴様の父は事情を知らんのだな? わかったぞ。貴様の意に従ってやる」
階段を上がる途中、信長様が話しかけてきたのでわしは小声で答える。
信長様もわしに合わせて小声で返し、わしの部屋へと入った。
さてさて。
他人の指図を嫌がる信長様だけど、玄関ではわしの願いを聞き入れてくれたし、今もわしの指示に従ってくれた。
現世では少し人が変わったようじゃな。
さすれば――いや、やめておこう。
この方はあくまで“織田信長”様なのじゃ。
無礼の1つもあってはならん。
「こちらの椅子にどうぞ」
まずは信長様をわしの学習机の椅子へと促し、わしは床に正座する。
もちろんわしは座禅用の座布団を使うわけにはいかん。
硬い床に正座。
そういうものなのじゃ。
父上が見たら不自然かもしれんけど、お茶を持ってくる父上が部屋の扉を空ける直前に武威を使って素早く立ち上がり、父上からお茶を譲り受けるようにすれば、わしの正座姿も見られることはない。
「ここが貴様の部屋か……?」
椅子に座った信長様が部屋を見渡し、次にわしに向かって視線を定めた。
「どうやら現代に随分となじんでいるようだな。どうだ? 楽しいか? 今何年生だ?」
「はい。小学4年生、10歳になります。この時代に10年もいれば、嫌でもなじみます」
「そうか。ところで、お前が10年前の“是非に及ばず”事件の赤子だよな?」
どきっ!
「は、はい。あの時はビックリしすぎてついつい。申し訳ありませんでした」
と頭を床に擦りつけて謝ろうとするわし。
でも信長様によってその動きは遮られた。
「止めろ。お前の父親がいつこの部屋に入ってくるかわからんのだぞ?」
そうじゃった。わしが信長様に頭を下げている場面など見られたら、これまでの嘘が一気に崩れ落ちる。
「す、すみません」
「まぁいい。あのセリフ、著作権は俺にあるんだから後で使用料払えよ。俺の名言は高いぞ!」
「では出世払いということで! どこまで出世できるかわかりませんし、出世払いのローン返済ということで!」
ちなみに信長様がボケたらスルーせず、ツッコミもせず。
ボケに無難な返しをかぶせるのが織田家の常識じゃ。
「はっはっは! よくいうわ! 坂上のじじいから聞いたぞ。お前、じじいの前で大見え切ったらしいな。今までとは違う方法で天下を取ると。そんな男がよくもまぁ」
ほらな。
あと、ここで父上がわしの部屋の扉をこんこんとノックしてきた。
「はぁーい!」
なのでわしは即座に立ちあがり、扉へと向かう。
「お茶入れたぞ。だけど……総理にしてみれば、やっすいお茶だろうし、お口に合……」
「うん。ありがとう! でも、これから誰にも聞かれちゃいけない大事な話をしなくちゃいけないから、お父さんは下行っててね」
「え? あ、うん。でも……お前、一体何を見……」
「うん。それも言えないってば! ほら、早く早く!」
「お、おぉおう……じゃ、俺下行ってるから、失礼のないようにな」
半ば無理矢理のように父上を部屋からはじき出し、父上が階段を下りる音を聞き耳立てて確認する。
そんでもって無事父上が一階に降りたところで、わしはお盆に乗ったお茶を信長様に献上し……。
んで、こっからか本番じゃ!
「先ほどは数々の無礼、誠に申し訳ありませんでしたぁ!」
わしは床に頭突きをくらわす勢いで頭を下げ、信長様に詫びた。
玄関で顔を合わせた時からのわしの無礼、前世だったら当然のように首が飛んでおる。
わしと信長様にはそれぐらいの身分の差があるし、こっから更に礼儀のギアを一段上げねばいかんのじゃ!
「よいよい。お前にもいろいろと都合があるのだろう?」
「はっ! ありがたきお言葉ッ!」
そんでしばらく頭を下げ続けるわし。
信長様がよいというまで頭をあげてはいかん。
ビビり過ぎかもしれんけど、それが信長様というお人なのじゃ。
そんな人物にこれから頼みごとをしようとしている立場だし、礼節を尽くし過ぎるということはない。
「頭上げろ。今時そんな態度とられても……」
んで、そんなわしの想いを一瞬で打ち崩す信長様。
そうきたか?
「はっ。それでは」
わしが頭をあげると、信長様はわしの床の間エリアに目を向けておった。
「ところで、これはなんの趣(おもむき)だ?」
「はっ、そちらに並ぶは我が宝物たち。右から近所の百円ショップで入手した皿、故障した電気ポット、酷使の末前線を退いたキャッチャー防具。そして直筆の掛け軸です!」
「ふーん」
よっしゃ!
床の間エリアはわしの渾身の一作。
信長様も芸術に理解のある御方だし、ここは1つ、わしの芸術を紹介してくれようではないか!
「説明いたします! 電気ポットはそれがしが幼き頃、転生者としての孤独を和らげてくれる軽やかな音を鳴らし続けてくれた、いわば心の友!
次、キャッチャー防具! これは甲冑のごとき抱擁感と安心感をそれがしに与え、キャッチング技術の未熟さを補う、いわば心の友!
そして最後に趣深き大皿! 見ての通りの装飾と、にもかかわらずそれがしの月の小遣いの5分の1程度の値段という、最強の費用対効果を発揮し……」
「もうよい」
「はっ! では最後に、この掛け軸についてご説明します! 噂によると、今年の冬は日本最大手のタイヤメーカーから、格安版のスタッドレスタイヤが発売されるとのことで……」
「そうじゃない! そのわけわからん説明を止めろと言っているんだ!」
おっこられたぁ……!
なんでじゃ? ものすっごい空間芸術じゃろ!?
そもそも信長様の方から説明求めたんちゃうんかい!
「貴様、地元の野球チームに入っているらしいな?」
「ははっ! さすが上様! よくご存じで!」
「そのチーム。あの源義仲が運営するチームだと聞いたが?」
どきっ!
「はっ! 源義仲こと“三原義則”とは縁あって、幼き頃に無理矢理野球チームに入れられました!」
「その割には、ここに野球道具を飾るぐらい入れ込んでるじゃねぇか。義仲とは随分仲いいという報告も聞いているんだけどな」
どきっ!
「はっ! そもそもそれがしは昔から野球が好きでした。あやつのチームに入ったばかりの頃は不安と恐怖で眠れぬ夜もありましたが、野球に関してはあやつと通じるものがあり、その点だけはお互い認め合っております!」
「あいつは源氏の手の者だぞ? 貴様、じじいから聞いた話じゃ、北条側についてんじゃなかったのか? どういうことだ?」
どきっ!
いやいやいやいや。
わし、さっきからビビり過ぎじゃ。
それとも信長様の質問が鋭いのか?
でも……源氏勢力の一員である三原は偽りで、本当は京都陰陽師の諜報員だということは、たとえ相手が信長様だとしても黙っておこう。
どこから情報が漏れるかわかったもんじゃない。
三原がいつもおごってくれるアイスのお礼じゃ!
「はっ! その件についての対応策も、すでにあの男と話し合っております! 我々はあくまで野球仲間。それぞれ別の勢力に関わっていたとしても、お互い探りを入れることはせず、戦場で相対してもお互いを攻撃しない、と!」
「ふーん。ならいい。んで、この件に“ねね”も関わっていると聞いているが?」
「はっ! 今、下の居間で飲んだくれております。上様の来訪にも顔を出さなかったので、おそらく酔い潰れております!
あとで居間に案内しますので、叩き起こしてみてください! おそらく面白いリアクションが見れるものかと!
それがダメだったら、顔に落書きなどいかがでしょう!?」
「くっくっく! そうだな。でも貴様、ねねをそんなふうに扱うなよ」
おしっ!
会話の流れが変わった!
防戦一方だったけど、チャンスとあらば攻撃に転じるわしの会話術。
我ながらあっぱれじゃ!
「いえ。現世でも前世でも、それがしとねね様の関係はそのような感じです。ねね様は私めにとって相変わらず母親のようなものですし、でもそんな扱いをお互いしているから、わしもねね様も一緒にいるときは楽しいのです!」
「そうか。それはよかったな」
「はっ! ……ん?」
そういえば信長様とねね様って、現世で会ったことあるのじゃろうか?
会おうと思えば会える距離だし、殿下と違い、転生後の2人が生きる時代は重なっておる。
聞いてみよう。
「上様?」
「ん?」
「上様は、現世でねね様に会ったことがおありですか?」
「あぁ。昔は、数年に1度ぐらいの頻度で会ってた。俺が総理大臣になってからは、それも難しくなったけどな。相変わらず気のいいおなごじゃ」
うん、気のいいおなごじゃ。
「それで、お前の計画もだいたいはじじいから聞いている。なぜかは知らんがじじいはお前のことをかなり褒めていた。俺としても、ねねが困っておるのだから、お前の計画に手を貸すのはやぶさかではない。
俺自身が政界でのし上がった身だから、後からのし上がろうとする他の勢力はそれぞれ自力でがんばれよと言いたいけど、サルの小姓が何かしようというのなら、手は貸してやる。俺のところまでのし上がってこい」
ふーう……。
ぶっちゃけ織田の権力を食い荒らした豊臣家の一員として、そこを信長様から突っ込まれたらどうしようかと思っておった。
でもわしが生まれるより遥か昔に転生した殿下と、それより少し後に転生した信長様の間には、政治権力のバトンタッチをした形跡が見受けられるのじゃ。
選挙における殿下の支持基盤とか、殿下の秘書とか。
転生後の殿下がお亡くなりになられる直前、そういうものがごっそりと信長様に渡されておるのじゃ。
そんなもんインターネットの裏の世界で資料を読みあされば明白だし、それはつまり現世の2人の間に禍根がなかったということじゃ。
今の信長様の発言だってそれを匂わせておるし、織田家の富を食い漁った輩の1人として、わしが殺されることはなさそうじゃな。
でもじゃ。
やっぱわしは駄目じゃな。
信長様がわざわざ気を使ってくださっておるのに、余計な事を言いたくなる。
「それがしのことを……豊臣家の石田三成のことを恨んではおりませぬのか?」
……
……
「くっくっく」
「ん?」
「貴様、俺に恨んでほしいのか?」
「いえ、けっしてそのような……」
「貴様、前世の俺の何を見ていたのだ?」
何って言われても……全てを知っておる。
わしは謙信公のファンだし、殿下のことはは大好きだったけど、信長様はわしの“あこがれ”じゃ。
身分が違い過ぎたから、信長様と直接話をすることなんて出来なかったけど、よく見ていたのじゃ。
「古い価値観を捨てる御方……古い価値観を嫌う御方」
一言で表せば、こんな感じじゃな
んで独り言のようにつぶやいたわしの言を聞き、信長様がにやついた。
「そうだ。その俺が400年も前のことに固執すると思うか? サルも俺の息子たちを無情に排除するようなことはしなかったしな。
そもそも俺が死んだ後、息子たちがその後釜に座れなかったのは息子たちの責任だ。それが息子たちの器だったのだろうし、だからサルがそこに座った。それが戦国だろ?
それに、前世で貴様に会った時のことも覚えておる。貴様は俺と初めて会った時のことを覚えているか? 安土の廊下ですれ違った時だ」
「はい。覚えております。それがしが秀吉さまの後ろについて歩いておった時、たまたま上様とすれ違いました」
「あの日の後、サルが言っていた。あれが最近わしの手に入れた小姓です、と。名を佐吉といい、頭もよく、とても気のきくいい子です、と自慢げに言っておったわ。
現世で再開した時なんて、お前が関ヶ原で天下分け目の大戦をしたと大喜びで話していたしな」
ちょっと待て。
そんな話を急にされたら、わし耐えられん。
やばい。泣きそうじゃ。
「あと、現世のサルに1つ頼まれておる。もし石田三成の転生者を名乗る者に会うようなことがあったら、力になってくれと」
だめじゃ。
わしは謙信公のファンだし、信長様はわしのあこがれだけど、殿下はわしの“大好きな人”なのじゃ。
大好きで大切な人。
そんな話を聞かされては我慢できん。
よし、泣こう。
「えぐ……ひぐ……そうで……ござ……えぐ……ございましたか……秀吉さまにも……うぐ……わし、会いたかった……」
「泣くな泣くな。その外見じゃ、俺がいじめているように見えるだろ?」
あとこういう状況になると、こういうことも起きる。
デジャブ感すごいけど、これは今日のわしにだけ定められた運命じゃ。
「光君を泣かすなぁ!」
「光君をいじめるなぁ! 僕が相手だぁ!」
次の瞬間、わしの部屋の網戸が勢いよく開き、とんでもない武威を放っている華殿と、その後にちゃっかり勇殿が飛びこんできた。