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第36話 行き倒れの不審者

 ウィルは頭を抱えていた。
 暴走しがちな隊長一人でも手一杯だと言うのに。
 それなのにボランティアを手伝ってくれているあの二人……否、強いて言えばシェーネまでもが、まさかあんな問題を起こすなんて。

 取り敢えず被害者には謝った。何で自分が謝らなくちゃならないのか分からないが、取り敢えず青ざめたアトフと一緒に謝った。
 まだまだ元気な老人には暴言を浴びせられたが、それでも我慢して謝った。これに関しては、自分で自分を誉めてやりたいと思う。

 その後、シェーネには厳重注意をした。
 この期に及んで「事故だ。わざとじゃない」と非を認めないシェーネには憤りを覚えたが、明日にはここから立ち去り、生涯二度と会わない相手だ。我慢しようと思う。

 とにかくあの二人とはもう関わりたくないと、会場から出て来たウィルは、リトの家に行ったっきり戻って来ないヴァルターに嫌な予感を覚え、様子を見に行こうとする。

 しかし、学校から少し歩いたところで、ウィルは再び頭を抱える事になった。

 向こうから、問題行動を起こしそうな人物……リプカが、こちらに向かって走って来たからである。

「待て、待て、待て、待て」

 自分の事など目にも留めず、そのまま学校に走って行こうとするリプカの腕を掴み、慌てて引き止める。

 何故、リプカが問題行動を起こすだろうと、ウィルが確信して引き止める事が出来たのか。

 それは彼女が向かっていたのが、オールランドの生存者達が集まる避難先の学校だったからだ。
 そしてリプカは、色々あってオールランドの生存者達から恨みを買っている人物である。

 そんな彼女が学校に入ったらどうなるのか。

 どう考えても事件が発生する。
 これ以上の面倒事は御免だ。事件が起こる前に阻止するべきだろう。

「うわっ、ビックリした! えーと……ウィル? え、何、どうしたの?」

 自分の事など目に入っていなかったのだろう。
 引き止められた事でようやく彼を認識したらしいリプカは、驚いたようにしてパチパチと目を瞬かせている。

 そんな彼女に呆れた溜め息を吐くと、ウィルはこれまた立て続けに呆れた溜め息を吐いた。

「何、じゃない。お前、どこに行くつもりだ?」
「どこって……学校だけど……?」
「お前、学校には近付くなと言われていなかったか?」
「え……あ、そうだった!」
「……」

 そう指摘してやれば、今思い出しましたと言わんばかりに、リプカがハッと目を見開く。

 そんな彼女に対して、何故忘れていたのかと、ウィルはこれまた呆れた溜め息を吐いた。

「まったく……これ以上面倒事を増やすのは、勘弁してくれないか?」
「ええ? 私、まだ何もしていないけど……?」
「お前じゃない、シェーネだ」
「シェーネさん? え、シェーネさん、何かしたの?」
「……。言いたくない」
「???」

 シェーネがどんな問題行動を取ったのか。
 表情を曇らせたウィルは首を横に振ると、話題を変えるべく、不思議そうに首を傾げているリプカへと、視線を向け直した。

「で、お前はそんなに急いで、学校に何の用なんだ?」
「え?」
「え、じゃない。何か急用があったから、急いで学校に走って来たんじゃないのか?」
「え、あ、それは……」

 その問い掛けに、リプカは言葉を詰まらせる。

 リプカが学校に来た理由。それは学校にカルトがいるかもしれないと思ったからだ。
 いや、実際彼が学校にいたのは、昨日の夜だったから、もういない可能性の方が高いのだが。
 しかしそれでもリトから話を聞いて居ても立ってもいられずに、こうして学校に来たわけなのだが。

 しかしその理由を問うている相手は、精霊憑きを捕え、島流しにする事を生業としている保護団体の一員だ。
 ただでさえ、何故か隊長であるヴァルターに目を付けられているのだ。
 そんな彼の部下であるウィルに、昨日の夜、氷の精霊憑きが学校にいたかもしれないから慌てて来た、なんて本当の事を言って、尚更目を付けられるわけにはいかない。
 特に矛先が自分に向けられ、炎の精霊憑きだなんてバレたら最悪だ。またムナールに何を言われるか分からない……って、あれ? そういえばムナールはどこに行ったのだろうか?

「あ、えーっと、ムナールを探しに……?」
「ムナールを? 一緒じゃないのか?」
「え、あ、うん、ちょっと逸れちゃって……」
「そうか……。ムナールも、学校に近付いてはいけないと言われているのに、わざわざ学校に探しに来たのか? それが本当なら、お前の頭は鳥以上の鳥頭だな」
「えっ、あ、うぐっ……!」
「……」

 どうやら速攻で嘘がバレたらしい。
 キレのある指摘と白い目を向けられ、言葉通りぐうの音も出なくなる。

 目だけで人を殺せそうなウィルの視線から逃れるべく、リプカは勢いよく彼から視線を逸らした。

「それで? 本当は何の用があったんだ?」
「……」
「おい、」
「言いたくありません」
「……」

 上手く誤魔化せそうな嘘が思い付かず、言いたくない事を正直に明かす。

 するとウィルは、呆れたように深い溜め息を吐いた。

「まったく、それなりに話してくれるだけ、隊長の方がまだマシだな」
「む」

 その比べられた相手に、リプカはあからさまに眉を顰める。

 隊長って、ヴァルターの事だろう?
 アイツの方がまだマシ?
 それは、聞き捨てならないな。

「何よ、あの人と比べないで欲しいんだけど!」
「バレるような嘘を吐いたり、言いたくないとか言ったりするヤツよりマシだ」
「そんな事ないわよ! だってあの人、何かと失礼だし、デリカシーないし、目怖いし、何か嫌だし、暇そうだし! 全然私の方がマシじゃない!」
「お前、人の上司の事、そんな風に思っていたのか?」

 少なくとも暇じゃない。

「それに、あの人何なの? 何か私達の事見張っているみたいだし、仕舞いには、私の友達の家にまで上がり込んでいたわよ! 一人暮らしの女性の家に上がり込むなんて信じらんない! ボランティアの話を聞きたかったって言っていたけど、本当かしら?」
「……」
「だいたい、あの人って、本当は隊長なの? 副隊長なの? ウィルは隊長って呼んでいるみたいだけど、あの人は自分の事、副隊長って言っていたわよ? 何? 本当は隊長だけど、隊長としての責任なんか負いたくないから、周りには副隊長って言って、責任から逃れようとしているとか、そういうヤツ?」
「……」
「そんなヤツと、比較されるなんて心外なんですけど!」
「……そうだな」

 はあ、と溜め息を吐いてから。
 ウィルは、近くの塀に寄り掛かり、そっと腕を組む。

 そうしてから、彼はポツリポツリと言葉を零した。

「少し、昔話に付き合ってくれるか?」
「え?」

 少し悲しそうな、そして寂しそうなウィルの雰囲気に、リプカは眉を顰める。

 昔話。

 それは、誰の、何の話なのだろうか。

「あの人が自分の事を副隊長と言うのは、あの時の隊長を、彼がなかった事にしたくないからだ」
「あの時の隊長?」
「ああ。殉職と言うのか? もう死んでしまったけどな」
「え……」

 どうやらウィルの言う昔話とは、少しだけ辛く、悲しい話らしい。
 これは心して聞くべきだと判断すると、リプカは表情を固めてからコクリと頷く。

 するとウィルは一瞬だけ柔らかな笑みを浮かべてから、再度悲しそうな表情を浮かべた。

「二年前に滅んだ町、エアストリアは知っているな? そこから少し離れたところに、レクエルドという街がある。当時、エアストリアに最も近い、精霊憑き保護団体の支部があった街だ。その時、新人隊員としてそこに配属されたオレの面倒を見てくれていたのが、隊長……ヴァルター先輩だったんだよ」

 それは二年前、ヴァルターがまだ隊長ではなく、一般隊員で、新人であったウィルの面倒を見ていた頃の話。
 そして、エアストリアに災厄が降り注いだ日の話。

 ウィルの口から語られるその最悪の日の話に、リプカはただ黙って耳を傾ける事にした。











 リトの家へと向かう途中、ムナールとラジュルは足を止めた。

 見た感じ、侍風と呼ぶのが妥当だろうか。
 腰にまで伸びた長い黒髪をポニーテールに結い上げ、空色の羽織と、紺色の袴、更には草履を履いた侍装束の女性が、道のど真ん中にうつ伏せで倒れていたからである。

「行き倒れ……ですかね?」
「大変だ! 助けないと!」
「え、助けるんですか?」

 慌てて駆け寄って行くムナールに、ラジュルは心底嫌そうな表情を浮かべる。

 だってこんな何にもない道のど真ん中に、大の字で堂々と倒れているんだぞ?
 パッと見、目立った外傷もないようだし……何か事件に巻き込まれているのだとしたら、道の端の方に、血まみれで蹲るようにして倒れているもんじゃないのか?

「こんなところで堂々と倒れているなんて、不自然です。罠だと思います」
「でも、もしかしたら本当に怪我をして倒れているのかもしれないし、今ならまだ助けられるかもしれない。こんなところで放っておくわけにはいかないよ!」

 突然起き上がって襲い掛かられ、身ぐるみ剥がされたらどうするんだと、ラジュルはハラハラしながらムナールを見守る。

 しかしそんなラジュルの心配などお構いなしに、ムナールは彼女の肩を揺すりながら声を掛けた。

「もしもし、どうしました? 大丈夫ですか!?」
「うう……」

 すると女性が低い呻き声を上げながら、ゴロリと転がるようにして体の向きを変える。

 仰向けになった彼女。その顔を見て、ムナールは思わず表情を歪めた。

「……」

 乱れた薄紫色の小袖から覗くのは、逞しい胸板。
 左目に黒い眼帯は付けているものの、その顔立ちは明らかに男。

 髪が長いから一瞬女性かと思ったが……。
 何だコイツ、男じゃないか。

「さ、行こうか、ラジュル君」
「え? ええええええええ?」

 とんでもない掌返しに、ラジュルは戸惑いの声を上げる。
 え、その人、助けるんじゃなかったの?

「え、その人、どうするんですか? ここに放置して行く気ですか?」
「そりゃそうだよ。だってほら、こんな何にもない道のど真ん中に、大の字で堂々と倒れているんだよ? 見たところ外傷もないようだし。何か事件に巻き込まれているのだとしたら、もっと道の端の方で、血まみれで蹲るようにして倒れているもんだろ?」
「え? あ、いや、それは、そうなんですけど……」
「こんなところで堂々と倒れているなんて不自然だね。絶対に不審者だよ。関わらないのが一番だね」
「ええええええええー?」

 いや、だってさっき、こんなところに放っておくわけにはいかないって……ええ?

「まったく、髪が長いから、女の子だと思ったじゃないか」
「え?」
「行こう、ラジュル君。こんなところで油売っている場合じゃないよ。早くリトちゃんのところに行かなくっちゃ」
「……」

 どうやらムナールは、相手が男か女かで態度が百八十度変わってしまう性格らしい。
 まあ、確かに不自然な倒れ方をしているし……ここは彼とは関わらず、さっさと立ち去るのが一番だろう。

 しかし、そう判断して立ち去ろうとしたラジュルとムナールであったが、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。

 突然ムクリと起き上がった侍風の男性が、勢いよくムナールに飛び掛かって来たからである。

「大福ーっ!」
「ギャアアアアアアアッ!?」
「饅頭、団子ーッ!」
「だっ、誰が和菓子かーッ!」

 突然飛び掛かり、頬に噛み付いて来た男にムナールは悲鳴を上げる。

 やっぱり関わったらロクな事にならない属性の男だったらしい。

 ムナールに張り付く男を二人で引き剥がすのに、結構な時間を要した。

しおり