決戦の後
春の闇 つわものわっぱが 夢のあと
なんちゃって。
わしは今父上と手を繋ぎながら、一軒家城に向かって歩いておる。
あの後、PTA総会の乱は父上による一方的な蹂躙が行われ、加害者側が全員土下座をしたところで閉会となった。
こちらの戦利品は、やつらのみじめな謝罪姿と被害者側の治療費の負担。
わしとしては土下座なんてなんの意味もないけど、治療費に慰謝料のようなものを足したものを後日わしらばら軍の父兄に渡されることとなった。
あと幼稚園側には厳重な注意とともに教育体制の強化。それと教育委員会からの調査が入る事になっておる。
あれだけ糾弾しておいて、結局父上は最後の最後に相手の謝罪を快く受け入れたのじゃ。
でも、そう考えるともともと父上は自身の裁量で敵を裁くつもりはなかったのじゃろうな。
由香殿の祖父の議員辞職云々や由香殿の父上の次期選挙立候補についてもこれ以上は追及せず、映像データも今後公開しないということになった。
その代わり今ここにおる父兄の家族に将来何かあったら、議員という立場から全力で協力するという、奴隷契約のような約束をさせてたけど。
でも、ひまわり軍のばばあについては実際にわしが病院沙汰になっておるし、すでにお巡りさんに話も通しちゃってるから、その処理はお巡りさんに任せ、その監督責任を負う園長先生殿の処遇も教育委員会に処理を任せるとのことじゃ。
まぁ、妥当な落とし所じゃろう。
父上の狙うところはもとからこの着地点だったのだろうな。
んでじゃ。PTAの総会の方はこれでいい。
問題は玄関と廊下で起きた合戦の方じゃ。
総会の参列者が“めでたしめでたし!”といったご機嫌な雰囲気で多目的ホールを後にし、玄関に向かってわらわらと歩いておると、廊下の戦場には敵味方合わせておよそ50の兵の骸が散らかる凄惨な光景が広がっておった。
あとわしを追って幼稚園に辿り着いておった勇殿と勇殿の父上が、その骸の前で呆気にとられておった。
まぁ勇殿親子はどうでもいいけど。
一目見て救急車十数台の呼び出しが必要だとわかる災害規模の被害状況じゃ。
だけど、救急車を呼んでしまうと本当に今回の事件が表ざたになりかねん。
幼稚園に救急車が入り乱れることになって、近所の野次馬がたくさん集まってしまうからじゃ。
そうなるとおそらく夕方の全国ネットの報道番組で、トップニュースで扱われることじゃろう。
わしとしてはホイール見放題だから、それもそれで嬉しいんだけどな。
なので、ここは父兄と幼稚園側が全会一致で、闇に隠すことにしたのじゃ。
たまたま保健室のおねえさんが総会におったから彼女の巧みな治療技術と、あと父兄の中にも医療関係者が数人おったから、彼女らが連携してわっぱたちを治療した。
とはいえあかねっち殿とよみよみ殿からボッコボコにされたばばあ先生殿と、頭部に打撃を受けた何人かのわっぱだけ父兄の車で病院に連れて行くことになった。
おそらく病院で理由を聞かれるから、その前に“よくある小競り合い”いうことで口裏合わせもしておいたけど、まぁそこらへんはしょうがあるまいて。
最後に、ばばあ先生が乗せられた車を見送りながら、父上が由香殿の祖父に「あれ、わかってるよな?」と意味深き下知を出し、由香殿の祖父も「はい。わかっております」と答えておった。
もはや下僕じゃ。
父上? いい駒を手に入れたな!
――じゃなくて、わしの勘だと口裏合わせが上手くいかなかった場合、ばばあ先生殿が全ての罪をかぶることになるような気がする。
まぁ、わしに対する昨日の暴行の他に今日も不当な園児の監禁。あと戦いのときもひまわり軍のわっぱを指揮しておった。
仕方あるまいて。
あと後で聞いた話だと、ジャッカル殿たちは由香殿の兄上にしっかりリベンジを果たしたらしい。
あかねっち殿もよみよみ殿も、獅子奮迅の強さをいかんなく発揮したとのことじゃ。
唯一やっぱり勇殿がふてくされておったけど、みんなはそれぞれの想いを果たした。
これは、わっぱである立場からわしも嬉しく思う。
でもでも父上の策略を知ると、結局わしが何もしなくても問題は解決していたのじゃろう。
そう考えると、幼きこの体には本当に嫌気がさすな。
なにもかもが蚊帳の外なのじゃ。
「お父さん?」
もうすぐショッピングモールに着く頃じゃ。そしてその中を突っ切ると、三原と会うた場所に近づく。
あかねっち殿親子やよみよみ殿親子とは幼稚園で別れ、ジャッカル殿たちとも今さっき別れたところじゃ。
今一緒に歩いておるのは、勇殿親子と華殿親子。
でもふた組の親子はわしらの少し前を歩いておる。
「んー?」
「僕さぁ……今日、要らなかったぁ?」
「そんなわけないだろ。勇多君の家から脱走したのはダメだけど、みんなを守るために戦ったんだろ? 頑張ったな!」
うーむ。まぁ、優しい父上ならそう言うだろうな。
これから一軒家城に凱旋し父上が母上に事の顛末を話したら、母上がどんだけわしを怒るかも想像つくけどさ。
でもわしには何も情報がもたらされず、蚊帳の外に置かれるのはもう嫌じゃ。
「あのさぁ?」
「んー?」
さすれば、わしも大人の階段をもう1つ上らねばなるまいて。
「僕にパソコンの使い方教えてぇ? まだ子供だからダメ?」
この世と表裏を異する世界。その世界に1歩踏み入れ、この世のありとあらゆる情報を手に入れる。
10歳になったらという約束だったけど、もう我慢できんのじゃ。
「べ、べつにいいけど。でも、パソコンはローマ字入力しなきゃいけねぇから、先にローマ字覚えないとな。難しいけど、できるか? いや、お前ならできるか……」
とその時、ショッピングモールの入り口からこちらに向かって歩いてくる1人の男に気づいた。
三原じゃ。
最悪じゃ。
まさか、わしらをまとめて始末するつもりか……?
じゃなくて……そういえば、父上が口喧嘩の最中に……
「三原さん! 上手くいきました!」
「そうでしたか? それならよかった! 私も、お子さんのことが心配で心配で!」
いやまてまてまていやいやいやいやまてまてまてまて!
父上っ!? 三原と知り合いか?
じゃなくてなんじゃ? 三原のその気持ち悪い感じっ!
猫かぶりすぎじゃっ!
あと、わしのことが心配!? どの口がそれを言うんじゃ!
ひ・ざ・げ・り!
俺にくらわせたお前のひざ蹴り!
ぜって忘れねぇから!
おい! こっち見るんじゃ!
ふーう。ふーう。
三原がこっち見た。んで、笑顔で武威を放ちやがったわ。
それは卑怯じゃ。わしの興奮一瞬で収まってしもうたからの。
こんちくしょう……。
「……」
その後ショッピングモールの中をわしと父上、そして三原が三人並んで足を進める。
聞けば三原はわしの住む区の教育委員会に籍を置き、つーか正式な資格を持つ弁護士とのことじゃ。
んで父上の知り合いじゃった。
つまり、口喧嘩の最中やたらと法律めいた言を操っていた父上の論法は、こやつから事前に仕込まれたものだったのじゃ。
「いえね。私、法律なんてとんとわからないものですから……議員の方と言い争いしてる時も、不安で不安で……」
「でも上手く言ったのでしょう? やっぱり石家さんは素晴らしい。私も以前から思っておったのですけど、やっぱり石家さんは頭の回転が速くて速くて!」
「いえいえそんな!」
「またまたそんな!」
挙句はお互い世辞合戦を始める始末。
本当に気持ち悪いからやめてほしい。
「それで、こちらが私の息子です。光成? ほら、挨拶しなさい」
んで、わしにその下知をするか?
わしさっきから嫌悪感出しておるじゃろう! 父上!? 空気読んで!
「いえ、結構ですよ。光成君とは以前お会いしたことありますから。ね? 光成君? おじさんのこと、覚えているかなぁ?」
ひざ蹴りの時の四肢の動きまでしっかり覚えておるわ。
「うん。知ってるよ」
「え? どこで? 三原さんてここらへんにお住まいでしたっけ?」
「いえいえ。家は少し離れたところですけど、以前ちょっとね。公園でお話したことありまして。あっ、そうだ! 光成君? 覚えてるかな? あの時話したこと?」
「あの……時?」
「そう! 光成君、野球好きだって言ったよね? だったら、将来おっきくなったらおじさんの野球チームに入ってくれるかな?」
「絶対いやじ……」
「そうなんですか? それは良かった。実はですね。うちの子、結構熱心にプロ野球見るんですよ! 私も、“もしかしたらこいつ、野球興味あるのかなぁ?”って、思ってたところだったんですよ!」
父上。邪魔するな。
「それならちょうどいい! うちのチーム、弱くて弱くて。光成君のような運動神経の良さそうな子が入ってくれればいいなと思ってまして。うちのチームは4年生からの入部なんですけど、光成君だったら1年生になったら特別に入部を許可させていただきます!
ぜひぜひ!」
おい! 2年早くなっておるぞ!
「そうですか。よかったな光成! では三原さん? その時にぜひともうちの子を!」
「えぇ、ご連絡をお待ちしております。それでは私は帰り道こっちなので、これにて」
「はい。後日改めてお礼に行きますね。それでは。ほら、光成も挨拶しろ!」
「さ……さようなら……」
結局わしの意見など誰も聞いてくれず、父上と三原のドラフト会議はあっさりと幕を下ろしてしまった。
寺川殿……いや、ねね様。助けてくれ。
じゃなくて、そういえば寺川殿。
今も幼稚園で事後処理に追われておるんだろうけど、近いうちにまた寺川殿の長屋に遊びに行こう。
んで、謝らねば。
そうせねばわしの気が収まらんのじゃ。
にしてもまさか寺川殿が裏で策を働かせておったとはな。
場所はちょうどショッピングモールを突き抜け終わり、わしらの城が並ぶ住宅街があるところ。
もうすぐ華殿ともお別れじゃ。なので、わかれ道で華殿がこちらに向けて手を振っておる。
わしも手を振って応え、華殿親子が脇道に消えた。
そして華殿親子と一緒にわしらの前を歩いていた勇殿のご両親がこちらに向かって振り返った。
「光くーん! 早く帰ろー!」
「光成? みんな待ってるから、早く歩け」
そんで、父上は足を速める。
でも、わしは父上の背中を追って走り出さず、静かに足を止めた。
「二心を見抜けないどころか、三心もあったとは……。400年後、いとスリリングなり……」
夜空に浮かぶまんまるお月さまを眺めながら、わしは小さくつぶやいた。