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決戦の漆



 小型カメラとボイスレコーダー、そして怪しい文。
 それらを手にしっかりと握りしめながらわしらは教員室を飛び出し、城内を駆け回った。
 でもわしはPTAの開催場所に目星をつけておったので、目的の場所はすぐに判明した。
 ひまわり軍のさらに奥に佇む“多目的ホール”で、PTAの会合が開かれておったのじゃ。

「たーのもーう! たーのもーう!」

 部屋の扉を開け、わしは大きな声で叫ぶ。
 身長が足りないので部屋全体を見渡す事が出来ないけど、見る限りじゃ一面父兄で埋まっておる。
 部屋の上座にPTAの幹部ども。今わしが入ってきた扉のある下座側に一般の父兄たちが並び、幹部どもと対面する形で座っておる。
 そんで脇には先生殿たち。表向きは中立の立場にならなきゃいけないからこういう位置取りをしたんだろうけど、20人近くの先生殿が脇に列を作り、座っておった。

 数十……いや、ひまわり軍の父兄のみで数十だから、そこに先生殿方とわしらばら軍の父兄。あと、少数だけどもも軍の父兄を合せると150は固いな。
 それだけの視線が一斉にわしに集まってきたのじゃ。

 でもわしはそんな視線に対抗して睨みを返しておる場合ではない。
 少し離れたところでなぜかマイクを持って立っておる父上の引きつった顔も見えたけど、それも今は無視じゃ。

「テラせんせーい! テラせんせーい! どこー!?」

 まずはこの手紙を残した寺川殿の意図じゃ。
 もしやこの中のデータはすでに闇に葬られておるのか?
 それも含めて寺川殿に問わねばならんのじゃ。

 なので大きな声で寺川殿を呼んでいると、すぐ脇から細い腕が伸びてきた。

「おい! ばか!」

 あぁ、すぐ脇におったのじゃな。
 まぁいい。
 わしは右腕を寺川殿に掴まれ、物凄い強さで引っ張られる。
 そんで胴体を持ち上げられ、椅子に座っていた寺川殿の膝の上に乗っけられた。

「はは……あはは……すみません。続けてください」

 わしの頭蓋のすぐ上で、寺川殿が会場全体に謝罪の言を伝えた。
 いや、これは会合の邪魔をしたわしが悪いんだけどな。
 まぁ寺川殿が代わりに謝ってくれたのでいいじゃろう。
 でも、そうじゃくて今のわしは寺川殿に問いたださねばならんことがあるのじゃ。

「テラ先生? 僕、これ持ってきたよう!」

 寺川殿に取り上げられたはずのからくり道具を、満面の笑みや無邪気な声色とともに寺川殿に見せてあげた。
 ちなみにわしの後を追ってこの部屋に入ってきた華殿がすぐ隣で座っておるので、わしの言はわっぱの口調を偽っておる。
 あとPTAの会合は今も話し合いをしておる最中だから、わしは音量を抑え気味にしておくことにした。

「貴様……なぜそれを?」

 いや、“貴様”って……。
 でも、ふっふっふ! 寺川殿が顔を引きつらせておる。
 今寺川殿のふとももに座っておるわしとしては、アイアンクローの間合いに入っておるという意味で物凄い怖いけど、この状況でわしに暴力を振るうたりはせんじゃろう!

「しー! テラ先生? 大きな声出さないで」
「っ!! ……うん。わかってるわよ。でも、なんであなたがここにいんのよ!?」

 わしの言に従い、寺川殿も声量を下げた。
 でもすげぇ怖い。怖いぞ、寺川殿!
 挙句は寺川殿が武威を放ちおったわ。
 でも低い声の脅しも、今は効果が薄いのじゃ!

「んー? なんか言ったぁ? 華ちゃん? テラ先生がなんて言ったか聞こえたぁ?」

 すぐ隣に華殿がおるからなぁ!

「ん? なんでもないわよ。何にも怖くないわよ。ねー? 華代ちゃん?」

 くっくっく。急に華殿に話を振ったら、寺川殿が慌てて偽りの仮面をかぶりよったわ。

「んー? テラ先生は怖くないよう!」

 極めつけは華殿の笑顔。こんな無邪気な顔を見せるわっぱがすぐそばにおるのにわしに殺意を向けるなど、寺川殿といえどもできようはずがない。
 と思っておったらこの外道、言を返す華殿の笑顔を優しく見つめ返しながら、華殿にも――そんで周りの父兄にもばれないように、こっそりわしのしりを強くつまみやがった!

「……いた……ぐ……痛い……先生……? ご……ごめんなさい。だから……痛いって……ちょ……ごめんなさいってば」
「じゃあ、答えなさい。何でここにいるの……?」
「いや、来たから……」
「“来たから”って……あなた、勇多君の家に居たんじゃないの? さっきあなたのお父さんがそう言ってたけど?」
「いや、飛び出したから……」
「“飛び出した”って……おい。じゃあ、どうやってここまで……?」

 なんでわしが尋問受けておるのじゃろうな……?
 そろそろ反撃するか。

「三原にここまで送ってもらったんだ! だからここにいるんだよう!」

 三原の名前を出した瞬間、寺川殿のびくつく動きがふとももを通してわしに伝わってきたわ!
 かっかっか!
 どれどれ……それならば、次はこっちの番じゃな。

「僕の大事なデータは……? 消しちゃったの?」

 しかし……

「消すわけないじゃない。もうあなたのお父さんに渡してあるわ。今、その映像をここにいる全員で見てるとこ。ご苦労さん。
 でも、あなた……映像の中で叫んでたけど、さすがに“バツイチ”云々言うのは酷過ぎだから……。あの先生、私もムカついてたから気が晴れたけどね……でも、さすがに言い過ぎ。
 それで今あなたのお父さんがマイク持って由香ちゃんのお祖父さんと戦ってるのよ。そろそろ動画が終わるころね。ほら、あっち見てごらん?」

 あれ?

 そうなの?

 寺川殿。てっきり敵だと思っておったけど、わしの撮影したデータをすでに父上に渡してくれておるの?
 しかもそれを今公開中なのか?
 あれれ?
 なんか、わしは、取り返しのつかない過ちを犯してしまったような気がするんだけど……。
 寺川殿? もしかして……。

「じゃあ、この手紙の意味は?」

 そう言って、わしは左手に持った手紙を見せる。

「あぁ、それ? いずれあなたが盗みに来る気がしたから、ノリで入れておいただけ。ビックリしたでしょ?」
「じゃあ、“ドンマイ”って?」
「もうデータはお父さんに渡してあるのに、それをわざわざ盗みに来るなんて“ドンマイ”って意味。“無駄な努力、ご苦労なこった”って意味よ。
 くっくっく! 時期が来たらあなたに普通に返すことになってたんだけど、その時は手紙は捨てて機械だけあなたに渡そうと思っていたのよ。でもあなた、やっぱり盗みに来たわね! まさかこのタイミングだとは思ってなかったけどね! なんて単純な! わっかりやす!」
「じゃ……じゃあ……僕に“大人しくしてろ”って言ってたのは……?」
「半分は、あなたをたきつけると他の子まで巻き込んじゃいそうだったから。でももう半分は……あなたの性格上、そう言った方が逆に動き出すかなって。あなたってそういう性格でしょ? 私に警戒してあなたが単独でこっそり動き出せば、それはいずれ私たちの助けになるかもって思ってね」

 寺川殿の言う“私たち”っていうのはばら軍2組の父兄たちじゃろう。
 寺川殿はわしの素性を知っておるけど他の父兄は知らんじゃろうから、大人だらけの企み事にわしを参加されるのは、傍から見たら違和感マックスじゃ。
 だから寺川殿はわしにプレッシャーをかけつつ、それに抵抗したわしが隠密に動き出すように促して……あっ、でもこれは父上の計画方針でもあっ……

 そうじゃない!

 なんてこったぁ!!

 寺川殿はずっとわしの味方だったのじゃ!
 でも寺川殿はわしの父上がわしの素性にうすうす感づいておることは知らなかった。
 だから父上も含めた大人たちの行動からあえてわしを遠ざけることで、味方の父兄から怪しまれないように配慮してくれたんじゃ!
 つーかわしの性格も熟知した上で、わしを遠巻きに操っておった!
 いや、いいけども!
 ねね様である寺川殿だったらわしの身に危険が及ぶ謀などしようはずもないから、わしも心おきなく操られるけども!
 そうじゃなくて!
 わしはなんという罪を負ってしまったのじゃ!
 まさか寺川殿を疑い、敵視してしまうなんて!
 不覚じゃ! 石田三成と石家光成、二つの人生を合せた上での、一生の不覚じゃーー!!

「どうしたの? プルプル震えて……」
「いや、なんでもないよ」

 謝りたい!
 今すぐ土下座して、切腹しながら謝りたい!
 わしはそれだけのことをしたのじゃ!
 何かしたわけじゃないけど、心の中で寺川殿を裏切ったのじゃ!

 あぁ……もうダメじゃ。
 寺川殿を問いただした後、その流れで由香殿の母上一派を懲らしめてやろうかと思ったけど、この罪の重さには耐えられん。

「ふふっ。このPTAも私が開かせたのよ! あなたの不審物所持を議題にして。いいタイミングだったわ。
 見てみなさい。ひまわり組の狼藉はもみ消してたくせに、不審物所持を問題にしたら嬉々として開催を許可したPTAの役員ども。あなたのお父さんと、裏で動くジャッカル君のお母さんたちもまとめて、ここぞとばかりに一網打尽にするつもりだったっぽいっけど、責める側と鼻息荒くしてここにきたのに、あなたのお父さんから猛攻撃されてる。ここまで完璧な舞台を仕上げるなんて、さすが私ね。豊臣政権の土台を支えた“北政所”を舐めんなよ!」

 あぁ、この会合はわしのせいで……いや、わしの行動を餌にして開いたのか……?
 それならば急な開催も納得じゃ。
 わしのような5歳のわっぱが小型カメラやボイスレコーダーをポケットに忍ばせておるなど、それだけ聞いたらかなりの大問題だろうしな。

 んで……いや、もう気力が抜けて思考が進まん。
 それで……本来責められる側のわし。というか、わしの父上。
 その父上が今――なにぃっ!? 反撃しておるじゃと!

「そ……その今入ってきた子があんたの息子じゃないのか? その子が盗撮機械を持っていたんだろう!」

 見れば父上は会の中心でマイクを持って立っておる。映像データの公開もちょうど終わったところで、父上は手元のノートパソコンをいじっておった。
 そして対するのは見たことのない初老の翁。今、わしのことを指さしながら父上に向かって叫んでたけど、あれが由香殿の祖父なのじゃろうな。

 それと今言ったように、父上の前の机にはノートパソコンが山のごとくどっしりと構えておる。
 そこから伸びたる可憐なケーブルが近くにある箱型のからくり機械に繋がれているのも確認できた。

 あれは……あの黒く輝くケーブルは……?

 そうじゃ。間違いない。
 家電ケーブル業界の新旋風“HDMIケーブル”じゃ。
 あのケーブルの中には、映像のデータがフルスペックハイビジョンの滑らかな画質で流れておるのじゃ。
 さすればその先にある箱型のからくり機械はプロジェクターじゃな。
 父上のパソコンがプロジェクターに外部接続され、障子紙のような壁際の白き布に映像が映し出される様になっておるのじゃ。

 そのような環境で、あの映像が無事公開されたのじゃ。
 ならばわしはしばし成り行きを見守ることにしよう。
 結局玄関で起きた……いや、今も廊下で続いておるじゃろう合戦は、あまり意味のなかったような気もするけど、あの戦いをそんな風に片付けたくはない。
 いい戦じゃった。
 そういうことにして一時的に記憶の奥底にでもしまっておいて、あとはわしの心力が回復するまで父上の戦いを見守ろう。

「……」

 寺川殿の膝の上で新たな戦いの準備を決意しつつ、わしは父上を見守る。
 由香殿の祖父の言により、再び父兄の視線がわしに集まっておったけど、そんなもん無視じゃ無視。
 今はちょっと精神的にしんどいけど、数分もすればある程度回復しよう。
 たとえこの後父上が押されたとしても、わしが即座に援軍に駆け付け、その流れを盛り返すのじゃ。
 わしだって前世では五奉行の筆頭に数えられた人物。この程度の口喧嘩、国取りの駆け引きに比べたらアリさんみたいなもんじゃ。

 と思っておったけど……そんな決意、必要じゃなかったな。

「えぇ。あいつは俺の子です。でも、それは今は関係ないでしょう? 問題は今皆さんに見ていただいた通り、年長組の子たちが年中組みに対して継続的な暴力をふるっているということです」
「ふざけんな! 盗撮は犯罪だぞ! 区議会議員である私の前で、そんな違法行為をよくも正当化できるなぁ! 私は法律を作る側だ! 私のことを騙せると思うなよ!」
「何を言っておられるんですか? ホントにバカなんか? もしここに関係のない映像があったとしたなら、それは確かに個人のプライバシーを侵害してます。でも私は息子に約束させました。殴られたり蹴られたりしそうになった時にだけ撮影しろ、と。そして息子はしっかりそれを守った。それを今見たでしょう? 第一、あなたは息子の持っていた機材を盗撮機械と言いましたが、用途が何であれ小型カメラやボイスレコーダーの単純所持は認められています。公共の場で違法性のある撮影をしている疑いがかけられたら、警察に中身を確認させる義務も生じるでしょうけど、これらを持っているだけならば違法ではない。でないと民間店舗の防犯カメラや車のドライブレコーダ、それと報道関係者のボイスレコーダー所持まで違法となってしまいますからね。でも、そんなわけないでしょう? もちろん、このデータには告発目的の映像と音声しか入っておりませんでしたし、息子はその言いつけを守ったことも私が保証する。データに改ざんもない。なので違法性はないはずです」
「う、嘘だッ! この映像が改ざんされていないという証拠はないだろうがぁ!」
「“証拠だ、証拠だ”って。裁判じゃあるまいし、うるっせぇな。このハゲ……。だったらうちの息子からこれを受け取ったばら2組の担任の寺川先生に聞いてみましょう。寺川先生?」

 父上に話を振られ、わしの頭蓋のすぐ後ろから寺川殿の返事が聞こえた。

「はい」
「あなたはこのデータを……というか、さっき入ってきたうちの光成が機械を持ってましたよね? 先生はその機械に入っているデータを意図的に改ざんし、都合の悪い映像を削除しましたか?」
「いいえ。してません。関係者に渡すために、いくつかのフラッシュメモリーにコピーしただけです」
「そんな証言は信じられるか!」
「まぁ、今は寺川先生の発言が信じられるか否かはいいんですけどね」
「はぁ? どういうことだ?」
「いいですか? よく聞け、ゴミ。問題のシーンが撮影された時、うちの息子はひまわり1組の担任の方から暴力を受け、すぐに気を失いました。その後、あの機械を受け取り、唯一データを改ざんできる立場にあったのは寺川先生です。その彼女がやってないと言っている。それを信用できないのならば、今度は改ざんされたという証拠を示す立証責任がそちら側に移る。なので機材をそちら側にお渡ししますので、そちら側でそれを証明してください。解析なりなんなり、納得いくまで思う存分に調査してください。もし改ざんしてあったら、たとえデジタルデータでも形跡は残りますから、専門家に依頼すればはっきりするでしょう。あっ、でも専門家の選定と依頼はこちらと連名でお願いしますね。あなたの息のかかった会社に嘘の調査結果出されても困りますので」
「んな? そんな……」

「光成?」

 心力を回復させるため、ぼーっとやり取りを見ておったら、父上がわしに話を振ってきた。

「ん?」
「それ持ってこっちこい。データはこっちの手元にあるから、その機械をあちらのお祖父さんにお渡しするんだ」
「わ、わかったよう」

 わしは小声で返事を返し、座り心地のよい寺川殿のふとももから降りる。

 じゃなくてさ。

 父上、怖ぇ……マジ怖ぇんだけど……。
 いや、雰囲気も攻め方も怖いんだけどさ。
 なんでちょいちょい暴言混ぜんのじゃ?
 しかも呟く程度の音量じゃなくて、ここにいる全員に聞こえるぐらいの大きさで暴言吐いておるのじゃ。
 一応わしは見かけが5歳のわっぱだし、そんなわっぱの前でそういう言葉使いはやめてほしいな。

 さっきまで父上が劣勢になったら代わりに出て、似たような口喧嘩してやろうと思ってたけど……。
 あと日頃のわしの思考も十分酷いから、わしも人のこと言えないけど……。
 なんというか、こう……他の父兄がいるのに、わしの前でそういう言動は慎むべきじゃなかろうか?

 三度父兄の視線がわしに集中し、それら視線を無視しながらわしは父上のもとに近づく。
 でもそんな視線より、武威とは違うおぞましい気配を放つ父上がいと怖い。
 黒いもやもやが出ておるようじゃ。

「はい……これ……」
「おう、サンキュウ! 隣に座るか?」
「いや、いい……あっち戻るね……頑張って」

 最後にそう言ってわしは寺川殿の元に戻ることにした。

「おーう!」

 背中から父上の機嫌の好さそうな返事が返ってきたけど、振り返る気にはなれん。
 帰る途、椅子に座って並ぶ父兄の集団の中にジャッカル殿の母上を見つけたので深く頭を下げる。
 その丁寧な会釈にジャッカル殿の母上が口を押さえて笑いをこらえておると、わしの背後で戦いが再開された。

「はい。これ、差し上げます。言っておきますけど、今からデータを改ざんしたって、ファイルデータの日時に更新記録残りますからね」
「い、いらん」
「そうですか? それならこのデータの正当性を認めたということでよろしいですね?」
「認めるわけないだろう!」
「ふっ。ガキの駄々より幼稚だな。さて、じゃあ話を続けましょう。というか、盗撮の正当性とデータの正確性についてはもういいんです。裁判じゃあるまいし、ここに参列されている父兄の皆さんがどう判断するかが重要ですので。それで、問題はデータの中にあった暴力事件。あと、一連の事件を握りつぶそうとしたあなたの行動です。私個人の意見としては、子供の喧嘩なんて大した問題ではない。お互い気のすむまでやり合って、双方気がすんだらそれだけ。いつまでも殴り合ってるようなら、引き離せばいいだけ。
 学年も違うんですし、無理して仲直りさせる必要もない。片方は来年の春に卒園ですし、それまで極力接しないように先生方が配慮してくれれば、それでいいと思っています。いじめがどうとか喧嘩がどうとか――大人がそういうことを子供に言い聞かせるけど、そもそも我々大人だってこうやって敵対していますし、大人の社会だっていじめはある。子供に偉そうに言う前に、大人が自らを反省……いや、この件は、今言わなくていいか」

 ふっ!
 そうやって話の途中にそれが蛇足であることに気づいて話を止めるあたり。やっぱわしらは似たもの親子なのじゃろうな。
 その頃にはわしは再び寺川殿のふとももに座しておったけど、怖い父上が垣間見せるわしとの繋がりに気づいてしまったら、笑わずにはいられん。
 父上はあいかわらず、余計なひと言をちょいちょい混入させておるけどな。

「でもそれをもみ消そうとしたあなたの行動はおかしい。おかし過ぎて、さっさと棺桶に入ってしまえばいいのに。あと、そのもみ消しに協力した幼稚園側の姿勢もです。われわれ年中組の父兄は、その件を問題視しております。この後、区の教育委員会にも話を伝える予定ですが、その前にあなた方の弁明を聞きたい。さぁ? その腐った心はどう言い訳するんでしょう?」
「おい! 私は区議会議員だぞ。それぐらいのことを融通してもらうのは当然だ! それになんだ!? 貴様、さっきからいちいち無礼な一言を! 失礼だと思わんのか!?」

「思ってねぇから言ってんだろ」

 あっ、父上がキレた。

「じゃあ決まりだな。なら、あんたのリコール運動を始める。今撮影している動画も含めて、全部公開してやるからな。区の住民には今回の件をストーリー仕立てにした映像をDVDに焼いて配る。あと、ネットのありとあらゆる動画サイトに同じもの流してやる。覚悟しろよ。その前に議長から辞職勧告されるだろうけどな」
「おい! 今も盗撮してんのか?」
「あぁ、当事者の俺が会議の光景を“撮影”してるだけだから、違法性のある第3者による盗撮じゃないけどな。それにさっき宣言しただろ? このパソコンに総会の様子を記録するって。お前もうなづいたよな? だからパソコンのカメラで撮影してる。けど……文句あってももう遅いから」
「ふざけんな! そんなものはプライバシーの侵害だ。今、私はプライベートで来てるんだ!」
「焦りすぎだ、バカ。さっきあんたは区議会議員と名乗っただろう。その肩書きを使用するというならば、今は公務中ということだ。公務中の議員にプライバシーなどあるか。トイレと休憩時間以外はプライバシーなど認めねぇよ。いや、俺が認めるかどうかじゃなくて、ここにいる皆さんが認めるか否か。それと今撮影してる映像を見た区の有権者たちが、この状況をあんたのプライベートと見なすかどうかが重要なのであって、あんたの主張は関係ない。万が一、あんたらが警察に行ったとして、警察はどう思うんだろうな? PTA総会の会場で、区議会議員の肩書きとプライベートであることを同時に主張するあんたの言動をな」
「な……でも」
「そもそもあんたはここに通う園児の両親でもなければ、職員でもない。PTAにも入ってないだろうし、PTAに入ってるあんたの娘が実際に今あんたの隣に居るんだから、娘の代わりという言い訳も通用しない。なのにプライベート――つまり私用でここに紛れ込んでいるというんなら、この総会に出席する権利がないどころか、それこそ不法侵入に該当する。外部の人間が幼稚園に入る時の規則知ってるか? 入園許可証の手続きはとったのか?」
「ふざけんな」
「さっきから同じ台詞しか言ってねぇよ。九官鳥か、お前は。あと、ばら2組の父兄に別口から圧力をかけたよな? 数人から被害の声が上がってる。その見返りとして会社に対して仕事の斡旋。逆に従わなかった場合の公共事業の指名停止。示唆しただろう?」
「嘘だッ!」
「嘘じゃない。建築関係の会社にも確認をとってある。そもそもあんたはここらへんの建築関係の企業の間じゃいい迷惑なんだ。割に合わない安い仕事しか地元に落とさないのにでかい顔してる、ってな。その顔を立てるために、地元の企業が他から来た大きな仕事を蹴ったりしてるんだ。いい迷惑なんだよ」
「嘘だっ!」

 父上、やりすぎじゃ。
 由香殿の祖父が泣きそうになっておるぞ。
 さすがにそこまで……いや、黙っておこう。

「あと、公立の幼稚園に私的な関与をしたことも、議員としての越権行為だよな? 問題があってそれに議員として関わろうというなら、本来、区役所の担当部署と教育委員会にも話を通して正式な手続きをすべきだったんだ。あんた、区役所と教育委員会の顔も潰したからな? あと、すでに昨日の時点で光成の被害届を出している。うちの息子を殴った先生は刑事事件の容疑者だ。今日この場に来てほしかったから、彼女の逮捕は遅らせてもらうようにこっちから警察にお願いしたんだけど、やつは……来てねぇな。ま、いっか。どうせ明日には捕まるし。あと、あんたらも事前に防止策をとらなかった事に対する犯行の幇助罪と、暴行事件を知りながらそれを握りつぶそうとした犯行隠匿の罪に触れる恐れがある。捕まるほどじゃねぇだろうけど、組織的に隠ぺいしたんだからかなり悪質だ。少なくとも警察の記録には残るかもな」

 父上。
 今廊下ではこれまでと比較にならないぐらいの、すさまじい暴行事件が起きてるけどな……。
 いや、黙っておこう。

「そもそも建築業界にしか影響力のないあんたが幼稚園のことに口出されても、幼稚園関係者にはいい迷惑なんだよ。今回の件に関する不当な関与と、待機児童をすっ飛ばして孫の入園を幼稚園側に強制したのも問題だ。この情報をばらまいたらどうなるだろうな。あんたの娘と娘婿も関わる問題だから、一族全員が批判の対象になるかもな?」
「……すみません」
「いや、もう許さねぇよ。お前も、次期選挙に立候補するという噂のお前の娘婿も終わりだ。せいぜい就職先を探しとけ。あと、今回の件で犯罪の隠ぺいに加担した他の役員たちも、教育委員会からの聞き取り調査が待っているから。教育委員会にいる“三原さん”っていう俺の友人が締め上げる手筈になってるから、覚悟しとけよ」

 ん?
 今、最近よく聞く名前を父上が口にしたような気がするけど……気のせいじゃな。

 んで由香殿の祖父がしくしくと泣き始めるのをよそに、父上の次のターゲットは由香殿の母上の“ママ友”たちに移った。

「そ、そんな! 何で私たちまで?」
「そうよ! 私たちは浅山さんに頼まれて口裏合わせただけよ!」
「知るかバカ。友人は今回の件を事例として都内の各自治体の教育委員会に流すって言ってたから、お前らの名前が教育委員会のブラックリストに載ることになる。もしかすると都立高校を受験する場合も影響あるかもな。いい高校はそういう調査もしてるっていうし、興信所で調べればあんたらの名前は簡単に調べ上げることが出来る。将来、あんたらの子供がまともな高校に行けると思うなよ? あと、犯行隠匿の件でお前らの名前も警察のデータに載るはず。まぁ、いきなり実刑になるとは思わんけど、俺も法律は詳しくないからな。警察の方はどうなるかわからないけど、せいぜい気をつけろ。さすがに俺の友人も国立大学まで手を回せないだろうけど、もし警察にそういう記録を残すことになったなら、全国の警察が共有するデータベースにも載るだろうから、国立大学の受験にも影響あるはずだ。私立の大学だって、ちゃんとしたところは受験生の調査をしっかりするだろうしな。くくっ! 今、“口裏合わせた”って言ったし、動かぬ証拠も出来た。その発言もヤバいって事に気づかねぇバカどもめ!」

 まだ止まらんのか、父上は……。
 重ね重ね言おう。
 父上、やりすぎじゃ。
 華殿が怯えて泣きそうじゃ。
 あと、おそらくだけど警察云々の話ははったりじゃ。
 細かいところでちょいちょい語尾をぼやかしておる。
 “だろう”とか、“はず”とか。
 だから、はったり好きのわしにはわかるのじゃ。

 でも……なぜ父上はここまでえげつない論法で相手を責めるのじゃろうか?
 実際に事件の渦中にいたわしらが怒るなら納得じゃが、父上……もしや、楽しんでおらぬか?

 いや、楽しんでなぞおらんかったな。


「俺の息子は危うく首の骨折るところだったんだ。その罪をお前ら全員の子供の人生で償え」


 父上のこの異様な怒りは、昨日怪我を負わされたわしに対する心配――いや、愛情の表れだったのじゃ。
 それに気づき、わしは寺川殿のふとももの上で少し泣いてしまった。

しおり