20 イケメンのかほり
更に、こちらを攻撃する時は実体化するというやっかいな特性を持つ。
そのため、ベスティガーの鋭い爪は一瞬だけ実体化し、ジンの腕を傷つけた。
皇帝陛下から賜った、青い石の腕輪とともに。
「クソが……!」
ジンは足元に転がった腕輪の破片を見ながら、悪態をついた。
腕輪は三つに分かれ、かつての輝きを失っている。
「先生! 大丈夫ですか?」
腕輪をしていた右手首を庇うようにしている様を見て、ミチルが心配すると、ジンは苦悶の表情で答えた。
「たいした傷ではない。陛下の腕輪が、守ってくださった……」
「ああ……」
ミチルは自責の念にかられていた。また、イケメンの大切なものを壊してしまった。
オレが不甲斐ないばっかりに。
「おおおおっ!」
ジンは怒りに任せてベスティガーに向かっていった。それは、半ばヤケクソのようにも見えた。
「ハァ!」
ジンの蹴りがベスティガーの体を裂く。しかし、最初のようなキレがなく、影のような体はまもなくくっついた。
「オアァ!」
ジンの拳がベスティガーの胴に当たる。しかし、一瞬だけ穴を開けただけで、それもまもなく元に戻る。
「先生……」
ミチルは懸命に戦うジンの背後で、三つに砕けた腕輪の欠片を拾い集める。
今まで願ったことはなかった。だからあれは偶然だったのかもしれない。
「クソ魔獣がぁ!」
「ギャオオオ!」
大切な腕輪を破損し、冷静さを欠いているため、蹴りにも拳にもその鋭さが戻らないジン。
けれど彼は諦めていない。戦意は、失っていない。
「先生……!」
彼を助けたい。オレに何か力があるなら、今こそそれが欲しい。
「先生!」
もう、偶然には頼らない。
オレは、オレの意思で、先生に武器を生成するッ!
「うわああああ!」
ミチルの叫びが会場に響いた。ベスティガーが一瞬だけ怯む。
ジンも動きを止めて、ミチルを見た。
「シウレン……?」
「やい、こら、このベンガルバカヤロー!」
ミチルは、腕輪の欠片を握った拳をベスティガーに突き出して叫ぶ。
「お前なんかなあ、毒舌セクハラエロ師範とモブ学生がメッタ打ちにしてやるからなァアア!」
その言葉に呼応するように、ミチルの拳の中が青く光っていく。
「!」
握った指から漏れる青い光は、ミチルの拳を開かせた。
その掌には、神々しいほど青く光るバングルが、輪を描いて復活を果たしている。
「やったあ! できたあ!」
ミチルは大いに喜んで、そのバングルをジンに投げた。
「先生ぇ!」
「むっ! これは……」
「やっちゃってください、先生!」
そのバングルを受け取った途端、ジンは精神が落ち着くのを感じていた。
何かに導かれるように、右手首にはめる。まるで体の一部のように、それはすぐに馴染んだ。
「何ということだ……」
ジンは目の前の黒い虎を見据える。今まであった恐怖心は、もうない。
まるで竹藪の中、清浄な空気とともに精神が研ぎ澄まされていく。
なるほど。あれはすでに張子の虎。屏風の中で吠えているに過ぎない。
「去れ、邪悪を騙る影よ……」
ジンは精神を集中して、一歩踏み出した。右手首のバングルがいっそう輝く。
「
掛け声とともに、ジンの鋭い拳がベスティガーを貫いた。
「──!」
貫かれた体は、もう二度と影を作ること叶わず、ボロボロと崩れて散っていく。
やがて黒い霧は残らず晴れて、会場は清浄な雰囲気を取り戻した。
「やったあ! 先生!」
「シウレン!」
両手を上げて喜んだミチルの元へ、ジンは駆け出した。
強く、その体を抱きしめる。
「ああ、シウレン、貴様のおかげだ……」
ぎゅむぎゅむで、スリスリ!
「にゃあぁ……!」
そんなにされたらお尻がムズムズしちゃう!
「シウレン……」
途端に、ジンの熱っぽい視線がミチルにあてられた。
ミチルの心臓を射抜き、熱い吐息が注がれようとしている。
え。待って。これって。
キス、される……?
「ミチル……」
ちょっ! 土壇場で本名呼びはずるい!
やあ……そんなの、抵抗できないよ……
甘く、しっとりした感触が、ミチルの唇に──
「先生! ご無事ですかぁ!!」
なんと優秀な弟子達! 会場に邪気が無くなった事を察知して、雪崩れ込んできた!
「あ」
「……は?」
師匠と新入りのらぶらぶにゃんにゃん姿(弟子視点)を見た弟子達は、嫉妬に狂う!
「こぉの、泥棒ネコがあぁ!!」
「キャアァア!」
ミチルは弟子達の怒りから、逃げ出した!
「──む?」
どさくさに紛れて、人影がササッと動くのをジンは見逃さなかった。
「まさか、
「先生え! 助けてえ!」
「シウレン、来い!」
逃げるミチルの手を取って、ジンは会場を走り去った。
やだあ! 何コレ、愛の逃避行なのぉ!?
「せ、先生! どこに行くんです!?」
「鐘馗会らしき人影を見た。やはり、あれは奴らの仕掛けたものだったのだ。後を追うぞ」
「しょ、鐘馗会が、ベスティアを持ってたって言うのぉ?」
ジンの俊足にミチルがついていけるはずもなく、途中で足がもつれてしまう。
「ええい、仕方ない!」
ジンはミチルを俵のように肩に担いだ。するとちょうどお尻のほっぺをむんずと掴まれることに。
「いやああ!」
さっきからお尻はムズムズしっぱなしなんだから、触らないでえ!
「今度こそヤツらのアジトをつきとめてやる!」
そんな命のやり取り現場に連れていかないでえ!
しかし、ミチルの悲鳴は虚しく宙を舞い、ジンはどんどんと薄暗い路地に入っていった。
「……なるほど、こんな所にアジトがあったのか」
ジンはボロボロのコンクリートビルにあたりをつけて、入口を覗いた。
肩にはまだミチルが乗っている。お尻を掴んだ手もそのまま。
「先生……怖いよう……」
「静かにしろ。あっちの部屋に人の気配がする。ひとつ、ふたつ……三人か」
ベスティア倒したばっかなのに、休む間もなく敵地に突入だなんて。
命がいくつあっても足りないよぉ。ミチルはすでに泣きそうだった。
「突入するぞ、シウレン」
「ひえええ……」
ジンは、ビルの中、奥の部屋のドアを勢いよく開けた。
「オラァ! 観念しろ、鐘馗会!!」
「え……?」
その部屋は何もなくて。
ただほんの微かに食べ物の匂いがするくらいで。
部屋の真ん中に、かろうじてボロボロのソファがあるだけで。
そこに座っているのは、おかっぱ頭の若い男。
「なんだ、お前?」
ソファの背もたれの後ろに寄りかかって立っているのは、金髪をひとつに括った若い男。
「んー?」
部屋の隅、窓の景色を眺めていたのは黒髪で長身の、身なりのよい若い男。
「……む?」
三者三様の反応を見せる男達の、着ている衣装はフラーウムの物ではなかった。
もっと、西とか、南の印象だった。
「なんだ、お前達は?」
ジンはミチルを担いだまま、男達を見比べる。
「オッサンこそ、何なんだよ」
ソファに座る男の口調は、少し子どもっぽい。
「あれ?」
ミチルは懐かしい匂いを感じとっていた。
そこかしこに流れる、イケメンのかほり……
会いたくて、会いたくて、震えるほどに求めた三つの気配。
三人の、ミチルだけのイケメン達の気配だった。
「異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!」
Meets04 毒舌師範 了
次回からは幕間03「ミチル is Love…」編になりますが、準備のためインターバルをいただきます。
再開および最新情報はXにてご確認ください!
なお、再開後は更新が月水金の週3回になります