第2話 女装の始まり
「わかった、ちょっと待ってて」
和葉はドアをバシャンと勢いよく閉めて部屋を出て行った。
数分後、今度はノックもせずにドアが開き、スカートを手にして戻ってきた。
「あった、あった。健斗、細いから多分入ると思うから着てみて」
「えっ、今から」
和葉からスカートを受け取った。
同じ学校の卒業生である和葉が去年まで着ていた制服で、ネイビーとピンク、白のチェック柄のかわいらしくもクラシカルな雰囲気なスカートは、女子生徒の間で人気のデザインだった。
健斗自身もかわいいとは思っていたが、自分が着ることになるとは思ってもみなかった。
「ほら、早く」
待ちきれない和葉がワクワクした顔で急かせてくる。
着ていたハーフパンツを脱いで、スカートに足を通した。
初めてスカートを履いた印象は、意外と重い。それでいて、頼りない。
太ももが直に触れあう感触も気持ち悪いし、何も履いていないと感じてしまい妙に落ち着かない感覚に襲われる。
女子は毎日これを着て学校にきていると思うと、それだけで尊敬してしまう。
「やっぱり、サイズはよさそうね」
「スカートは良いにしても、シャツとか上着はどうするの？」
「シャツじゃなくてブラウスね。さすがにブラウスはサイズ合わないと思うから、明日買ってきてあげる。それにブレザーはボタンのあわせ逆にすれば使えるから、冬服着るようになったら直してあげる」
メジャーを手にした和葉は、健斗の胸のサイズや肩幅などを次々に計っていってはメモ帳に書き込んでいった。
翌日晩御飯を食べ終え自室に戻ろうとすると、後を追うように和葉も付いてきた。
「へへへ、ほら、買ってきたよ。妹のために、買いに来たって言ったら、優しいお姉さんですねって言われちゃった」
薄いピンク色のブラウスを手にしている和葉は、目をキラキラ輝かせている。
「そっちの袋は何？」
「ああ、これ、これも優しいお姉さんからのプレゼント」
袋を受け取った健斗が袋の中をのぞいてみると、ブラとショーツのセットが色違いで３セット入っていた。
「下着も付けるの？」
「当たり前じゃない！女の子になりたいのに、男物の下着付けてどうするの？ほら、早く脱いで」
待ちきれない和葉が健斗のTシャツに手をかけると脱がし始めた。
上半身裸になった健斗はピンクのブラジャーを手にした。
女子のブラジャーが透けてみえるだけでも興奮していたのに、いざ実物を目の前にすると逆に冷静になってしまう。
ワクワク感が隠せていない和葉をいつまでも待たせて、ブラジャーを眺め続けるわけにはいかないので、肩ひもに腕を通した。続いて、背中でホックを留めようとするが上手くいかない。
見かねた和葉アドバイスをくれた。
「ひもを肩に通さずにホックを前で止めてから、回しなよ」
なるほど、そうすればいいのか。言われた通りやってみると、すんなりブラジャーを付けることができた。
本来あるべきものがないブラジャーはスカスカなのに、圧迫感だけがある。
その隙間にパットをねじ込むと、和葉は「下も早く」と急かしてきた。
人生二度目のスカートを履き、トランクスを脱いで「パンツじゃなくてショーツ」と呼ぶと教えてもらった下着を履く。
パンツと呼ぶとズボンのパンツと区別がつかないから、ショーツと呼ぶらしい。
履いた瞬間、肌に触れる柔らかい生地が違和感を与えた。男性ものとは違う滑らかで軽い感じの生地が下半身を包み込む。
ブラジャーと反対で今度はないはずのものを収納しているショーツの前部分は膨らみ窮屈で、逆にお尻の部分は余計な布がだぶついてしまっていて、ちぐはくで変な感じがする。
軽く薄い生地のショーツは、スカートの心許ない感覚を加速させる。
「ほら、いつまでも上半身裸でいるの？ひょっとして露出狂？」
和葉の揶揄う言葉で我に返り、キャミソールという薄手の下着を着た後ブラウスを着た。
「ボタンの位置、逆なんだね」
「そんなことも知らなかったの？ほら、リボンも付けて」
呆れ顔の和葉からネイビーと白のストライプのリボンを受け取り、首元に付けた。和葉は袋をゴソゴソとあさると、なにやら黒い物体を取り出した。
「はい、優しいお姉ちゃんからの最後のプレゼント」
「これって、カツラ？」
「カツラじゃなくて、ウィッグ。髪伸びるまでは、これを使いな。私って妹思いで、優しいでしょ。おかげで、今月のバイト代全部使っちゃった」
いつの間にか弟から妹になっていることにはあえてツッコまず、受け取ったウィッグを早速つけてみる。
姿見なんて洒落たものはないから、暗くなって鏡のように反射している窓ガラスを見た。
そこには美しい美少女が映っていた。
という訳には当然いかず、明らかに女装した高校生の姿があった。
和葉も笑いをこらえることができず、ゲラゲラとおなかをかかえて笑っている。
「やっぱり、無理なんだよ。女の子になるなんて」
「大丈夫、大丈夫。まずは、その猫背の姿勢をまっすぐにして、ガニ股に開いている脚も閉じて」
和葉の言う通り背中をまっすぐにして、顎を引いた。脚も内また気味に立ち、もう一度窓ガラスを見てみると顔から下は女子高生に見えなくはない。
「あとはムダ毛を剃って眉を整えたら、どうにかなるって」
「大丈夫、何てったて私の妹だもん」
和葉の言葉に背中を押され、鏡の中の自分ともう一度目を合わせた。まだぎこちないけれど、どこか新しい自分を楽しんでいる自分がいた。きっと、これからもっと変わっていける。
