case2.パチンコ中毒
「なぁ先生、聞いてくれよ!一昨日で四万、昨日は二万買ったのによぉ、今日で六万負けちまってよぉ、もぉ全部パア!なぁ、笑えるだろ?」
「なるほど、北原さんほど慣れてても勝てないくらい、パチンコは難しいんですねぇ。」
「そうなんだよ!全く腹立つよなぁ?!それでよぉ、今日はなぁ、朝から…」
あ~~~~~~~めんどくせぇ~~~~~~~
知らねぇよ~~~~~~~パチンコなんてどうでもいいわ~~~~~~~
なーにを熱く語ってんだかぁ、こいつは~~~~~~~結局運でしかないのに~~~~~~~
四十八歳男性。建設会社勤務。高卒で建築業界に入ってから下請会社を今まで点々とする。配偶者、子供無し。「建設なんてやるもんじゃねぇ」と自虐する一方で、「俺がこうやってこんなことやってんだよ」とか「若い奴らにはこうしてやらなきゃいけねぇかもな」など、言葉の端々からプライドが滲む。
悩みは、パチンコ中毒。成人してから今まで、ほぼ毎日色んなパチンコ店に通い詰める。負けるとイライラが抑えきれず、台を叩いて暴れたり、隣の客と揉めたりなど、出禁になった店もいくつかあるという。借金は無く貯金もそこそこあるが、パチンコに金を回すために食費などの生活費を削っている。
ただ悩みというが、本人はさほど気にしていない。以前大負けした時に泥酔状態で談話室まで入ってきて暴れ出したので、警察を呼ぼうかと思ったが一応憂鬱気分を吸い出してやった。すると機嫌が良くなり、それからちょくちょくここに来ては愚痴を話すようになった。
「…てなわけでな。色々試してやってて、トータルじゃあだぃーぶプラスなのよ。パチンコって、もう投資みたいなもんだから!長くやればやるほどマイナスが減って、プラスになってくから!先生も、どう?今度一緒にやってみない?」
「いえ、私はちょっと、そういうのが苦手でして。」
「え何?やったことも無いワケ?一度も?」
「はい。」
「えぇー?!もったいないよぉ、人生損してるよぉ、それぇ!」
「はは。」
うるっせぇ~~~~~~~俺の人生の何が分かんだよ~~~~~~~
「パチンコはいいよぉ?ドバッと当たったときなんかは、脳汁が、こう、パァーンって!ストレス解消にもなるし。そうだなぁ、やっぱりなぁ、俺が昔新宿でやった時に…」
出たぁ~~~~~~~昔こんだけ当たったよ自慢~~~~~~~
お前がどんだけ儲けたとか一ミリも興味ねぇ~~~~~~~
それでやりたくなるような奴はただの馬鹿~~~~~~~
「北原さん、それで、今日はどうします?抜きますか?」
「ん?ああ、そうだな、そうすっか。頼むわ!」
はぁ
気づかれないくらいの溜息をついてから水晶を取り出す。
「じゃあ北原さん、目を閉じて。」
「はいよ。」
スッ
スウウウウ
白い靄が左手の上に集まってくる。
「先生、もういい?なんかもう胸がスッとしてきたけどなぁ。」
「まだです。静かに、悩みのことを考えてください。」
スウウ
「もういいと思うけどなぁ。」
靄があまり出ない。それもそのはず、悩みが浅いのだ。自分がパチンコに嵌っていることを自覚しながら、それを問題視していない。治そうという気も無い。パチンコで勝ったら来ない。負けたら来る。来たら負けたイライラをただ晴らすだけ。
野球ボールくらいの大きさになったところで、ほとんど出なくなった。
「はい、もういいでしょう。」
「あ、終わり?うーーーん、負けたらやっぱり、ここで気分ごと抜いてもらうのが一番だよなぁ!キャバに行くよりよっぽどコスパいいわ、ありがとな、先生!」
何の感謝なんだか。
「どういたしまして。何かありましたらまたどうぞ。」
会計八千円。
『北原辰治』
『四十代後半男性』
『パチンコ中毒(治療する気無し)』
ラックに置き、デスクに戻る。
ぎぃっ
背もたれにもたれかかる。
そもそもこの黒魔術では人は救えない。
先も言った通り、記憶や体験はそのまま残っている。嫌なことがあったのは覚えているものの、『何だそんなことか』『気にしない気にしない』と一時的に楽観視できるというだけ。
しかし、だ。この力は関係する人間全てを幸せにしている。客は鬱じゃなくなってハッピー。俺も金を貰ってハッピー。誰も損していない。そうだ俺は皆んなに幸せを運ぶサンタクロースのような存在なのだ。何も後ろめたくはない。どんどん吸い出してどんどん幸せを振り撒かなきゃ。
うぅーん
背伸び一発、気力補填。
「客よ来い♪はーやく来い♪」
足をブラつかせながら来客を待った。