第2話
ノート・パソコンの前に少年は座り、ブラウザを起動して、ある文字列を検索した。表示された検索結果を順々に見ていたが、目的の項目はなかった。次に、ある名前を入力して検索にかけた。残念なことに、似たような名前の一覧が表示されたが、該当する名前は見つからなかった。少年はミネラル・ウォーターで喉を潤して、口元に手を当てて考え込むような仕草をした。
夢の中で起こった旧中仙道での多重事故は、今自分が存在している現実では起きていない。それ自体はなんら不自然ではなかった。今の自分には夢の中で失っていた右腕や右脚があるからだ。それはそれでいいとして、問題は名前のほうだった。現実かもしれない夢の中で、少年はようやく必要な情報を手に入れることができた。事故を起こした二十代男性の名前だ。ただ、著名人ではなく無名の一般人なのだろう。検索に引っかからないという結果がその疑問の正しさを裏づけている。しかし、名前を知ることができたとはいえ、本人を特定するにはなにか方法はあるだろうかと考えた。真っ先に思い浮かんだのはハローページの固定電話の名簿だった。調べてみようとしたが、部屋のドアをノックされたので少年は、ノート・パソコンを折りたたんでから返事をした。
ドアを開けて姿を見せた妹が、心配そうに声をかけてきた。お兄ちゃん、最近ちゃんと眠れてる、と。少年は大きく頷いて、うん、眠れてるよと応えたが、妹の表情は晴れなかった。尚もなにか話そうとした妹を急かすように、先に一階に下りて行くように伝えると、少年はノート・パソコンを終了させ、制服に着替えて部屋をあとにして、ダイニングの自分の席に座って黙々とトーストを口に運んだ。父と母、妹の様子が少しおかしかったが、なにも話さずに食べ終えると、少年は歯を磨いて学校へ向かった。
教室で椅子に座って外を眺めていた少年に、前の席の友人が声をかけてきた。挨拶のあと、友人と他愛のない話をした。友人が昨日の話には触れようとしなかったのは、敢えて、なのかはわからなかった。
少年は昨夜見た夢のことを話そうかと思ったが、友人が触れなかったので、話さないようにした。話せば、今の自分がなにをしようとしているかを話してしまいそうだった。このことは、誰にも話すことなく自分の胸の内だけに留めておいたほうがいい、そう思った。