第11話 完全なる『罠』
そんな誠である。初めからパイロットになりたかったわけでもない。
嫌々始めたパイロットの教習。入隊三日後には、誠は自分の不適格を自覚して、教官に技術士官教育課程への転科届を提出した。
しかし、なんの音沙汰もない。
途中で書類を紛失されたのかと、次から次へと、自分で思いつくかぎりのそういうものを受け付けてくれそうな部署に所定の書類を送付した。回答は決まって『しばらく待ってください』というものだったが、最終的に何一つ回答は無く、パイロット養成課程での訓練の日々が続いた。
そして、そういう書類を提出した日には必ずある男から電話が入った。その内容はどれも判で押したような日常のあいさつ程度の簡単なものだった。
嵯峨惟基特務大佐。誠をこの『胃弱差別環境』に引き込んだ張本人である。古くからの母の知り合いだと言うその男は、誠の理解を超えた男だった。
四十代と言い張るが、その見た目はあまりに若かった。しかし、誠の初めて嵯峨を見かけた記憶から逆算するとやはり嵯峨の年齢は四十歳から五十歳であることは推測が付く。
誠がその存在に気づいた五歳くらいのころである。その時はすでに二十代前半のように見えたことが思い出される。そして、現在もほとんど外見に変化が無い。昔からその言動は『おっさん風』だったが、見た目がまるで変わらないのである。実際、誠の実家で母が営む剣道場、『
長身痩躯で二枚目とも言えない顔の中央の両目に光が無いのが見る人に不安を抱かせるこの謎の男の正体を誠はよく知らなかった。
大概は紺色のブルゾンに同じく紺色のスラックスと言うどこか警察官の制服を思わせる格好をして現れ、その表情はどこか抜けていて制服を着慣れている軍人をよく見るようになった今では嵯峨が軍関係の仕事を当時からしていたのだろうと思い返すことができた。
そんな謎の男、嵯峨惟基は誠の母で道場主の『
一人空を見上げながらぼんやりとした表情のまま煙を吐く嵯峨。そういう光景を誠は何度も見た。
謎の男、嵯峨惟基。この男こそ、誠を東和宇宙軍のパイロット候補の道に進ませた張本人だった。