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ポルターガイスト

彼は悩んでいた。仕事中にもその悩みが伝わってくるくらい陰鬱な表情を浮かべていたので、私の方から、彼を飲みに誘った。私と彼は、同期の同僚である。すごく親しいというわけではないが部署が近いので、社内でもそこそこ雑談はする。仕事帰りにふたりきりでの飲みは初めてだが、誘ったからと言って、誘うのがおかしい距離感ではない。
で、彼は、居酒屋で私に悩みを打ち明け始めた。
「休みの日とか、遊びに出て遅く帰ると、部屋の家具の位置が微妙に朝でかけたときと違っていて、ほら、あの、ポルターガイストって、幽霊が家具を勝手に動かすみたいに、なんとなく、朝と違ってることがあるんだ」
「ポルターガイスト? 確か、アパートに一人暮らしだったわよね? そこ、いわくつきの部屋だって言うの?」
「大家さんにも確認したけど、建て替えて、まだ数年で、そう言う事件も起きてないって、怒られちゃって」
「ふ~ん、そう。それで、仕事中、あんな暗い顔してたんだ」
「そんなに顔に出てた?」
「出てた、出てた、今にもビルの屋上から飛び降りそうな顔してた」
「そう、ごめん、余計な心配かけたね」
「ね、その部屋、今から行ってもいい?」
「え、今から? 帰り遅くなるよ」
「なによ、いざとなったら、泊めなさいよ」
「ま、いいけど」
よし、これで堂々と彼の部屋に上がれるぞと私は心の中でガッツポーズした。
実は、彼の部屋に上がるのは、これが初めてではない。会社の休み時間、彼の鞄からこっそり、部屋の鍵を抜き取り、会社の近所のお店で、合鍵をこっそり作り、鍵を彼の鞄に戻し、私は合鍵を使って何度か彼の部屋に忍び込んでいた。つまり、ポルターガイストの主は私であり、それを口実に、今度は正面から、堂々と彼の部屋に乗り込めるというわけだ。後は、酔ったとかあれこれ理由をつけて、彼の部屋に泊まり、肉体関係を結べば、私の勝ちだろう。私が彼の恋人になり、ポルターガイストなんて気のせいと言い含めればいいだろうと、頭の中で腹黒く考えていることを彼は気づいていなかった。

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