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第6話 百年ぶりの『天才』

 実は嵯峨は『陸軍大学校』への入学に必須の条件である『陸軍士官学校』に在籍したことすらなかった。

 嵯峨は甲武国貴族の為の士官学校の予備課程である『甲武国高等予科学校』の出身である。選ばれた武家貴族の中でも上級貴族だけが入学を許される『甲武国高等予科学校』には、身分制度を重んじる甲武国ならではの『特例』が認められていた。

『甲武国高等予科学校』の成績のすべてで満点を取って卒業すれば、士官学校を経ずして『陸軍大学校』または『海軍兵学校』への編入が認められるという『特例』だった。

 さすがにすべての成績が満点で『甲武国高等予科学校』を卒業する人物などめったにいるものでは無く、およそ百年ぶりの『特例』で嵯峨は『陸軍大学校』に入学した。

 嵯峨がいわゆる『天才』であることだけは誰もが認めるところだった。

 そんな『天才』嵯峨の常識はずれな演説はまだ始まったばかりだった。

「上げねえんだ。この国は戦争を始めそうなのに……戦争の始め方は陸軍大学校で教わったろ?アンタ等、好きだろ?戦争。武家のエリートは大概戦好きと相場が決まってる。海軍や陸軍士官学校に行った俺のダチにも甲武国万歳、戦争上等の奴がいるくらいだからな」

 そう言うと嵯峨は胸のポケットから、軍用タバコを取り出して使い捨てライターで火をつける。

「じゃあ、心の中で思った人……戦争をしたいと思った奴……手を上げなよ……別に殴ったりしないから」

 タバコをふかしながら嵯峨は軽蔑の視線を会場の陸軍幹部に投げる。嵯峨の模擬格闘戦の実力を知っている会場の卒業生達は、ただ黙って嵯峨を見上げていた。

「そんな奴は、今すぐ死んでくれ、迷惑だ。戦争で死ぬのはアンタ等だけじゃねえんだよ。平民も死ぬ。甲武が戦場になれば女子供も平気で死ぬ」

 静かにそう言うと嵯峨は腰の日本刀を引き抜いた。

「こいつは『粟田口国綱(あわたぐちくにつな)』。アンタ等、地球人が作ったんだ。俺がそいつの首をこの刀で斬り落とすから。ちゃんと死んでね。死にたい軍人がみんな死んだら戦争終わるよ。そうすればアンタ等のエゴの巻き添えを食って死ぬ姉ちゃん達にはモテモテだ……最もうち等甲武国は負けるけどね」

 沈黙していた議場が、次第にざわめきに包まれた。

「いいじゃん、負けりゃあ。『負けて覚える相撲かな』ってあんた等、伝統が好きな地球人の『懐かしいことわざ』もあるぜ。それに死人が格段に少なくて済む。確かに甲武は多すぎる人口を抱えて四苦八苦してるが、何も戦争を使って口減らしをする必要なんてねえんだよ」

 嵯峨の言葉に卒業会場は静まり返った。

「俺って陸軍大学校の首席じゃん。軍服を着せるマネキンにも劣るアンタ等みたいな、頭に『糞』が詰まってる奴とは『頭』の出来が違うんだよ、俺の頭には『脳味噌』が入ってんだよ」

 そう言って、戸惑う陸軍大学校の校長の陸軍大臣から辞令を取り上げると、嵯峨は手元のマイクを握ってそれを読み上げた。

「へー、『甲武国』陸軍作戦総本部の諜報局長補佐……どうせあれだろ?戦争を始めたい政治家連中に、暗号文の読み方教える『連絡係』だろ?そんな『お手紙当番』は興味ねえや、やなこった」

 嵯峨はそう言うとマイクを捨てて、手にした日本刀を構えて議場をにらみつける。

「だから!アンタ等が死ねば。『近代兵器』を使った戦争は起きねーんだ!俺、嵯峨惟基、甲武国陸軍少佐は『全権督戦隊長(ぜんけんとくせんたいちょう)』以外は全部拒否する!俺の督戦活動は半端じゃねえぞ!アンタ等は俺の督戦隊の機関砲を避けながら敵陣向けて全力突撃しか許さねえからな……振り向いたりひるんだりしたら、容赦なく俺が打ち殺すから。戦争の勝敗だ?そんなの知るか!」

 嵯峨惟基少佐は『甲武国』陸軍大学校の卒業式の式場を去った。

 陸軍大学校首席卒業者、嵯峨惟基少佐。

 彼には追って『陸軍中尉』への降格処分と、『東和共和国、甲武国大使館勤務二等武官』への配属先変更の通知が出された。

 三か月後、『甲武国』は『ゲルパルト帝国』と『遼帝国』との『祖国同盟』を理由に、『遼州星系同盟』と地球軍の連合軍との泥沼の戦争に突入した。

 その『物量』が勝負のすべてを分けた戦いは、後に『第二次遼州大戦』と呼ばれた。


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