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第2話

 ティーカップを手にして一階に下り、冷蔵庫からミネラル・ウォーターを取り出してコップに注ぎ、一息に飲み干した。今の自分も自分がしたいと思うことを自分で考え、実際に行動できている。これが夢なはずはない。少年は顔を左右に振った。これでは、また同じことの繰り返しだ。少年は足取り重く階段を上がって部屋に戻った。
 ベッドの縁にもたれかかり、みたび少年は思考の荒野をさまよった。
 事故に遭った自分は、自分自身を認識できていて、それを夢だと考えてはいなかった。そして、あちらの自分には記憶の欠落がない。たしかに、二日間昏睡状態だったのでその間の記憶はなかったものの、今の少年のように、自分の身に起きた事故に関して露ほどの疑いも持ってはいなかった。それに、あちらの自分にはこちらの自分の記憶がなく、時間の流れ、記憶の連続性が担保できている。なんら疑う余地がないほどに。
 もし仮に、事故に遭ったという自分に起こった出来事が現実なら、今の自分は夢の中にいることになってしまう。これだけ明瞭に自覚できているのに、それはありえないと考えているのに。それでも夢だとするのであれば、なぜ、この夢の一欠片(ひとかけら)も覚えていないのだろう。
 たしかに、夢の内容を明瞭に覚えているのは稀であって、なんとなく夢を見たような気がする、という程度がほとんどだろう。しかし、そのなんとなくさえ感じていないということが実際にあり得るのだろうか。正直、少年にはわからなかった。
 ずっと考え込んでばかりいたので、少年の脳内は過熱(オーバーヒート)気味だった。一旦留保することにして、少年は窓に目を向けた。
 夏至を過ぎると陽が長くなるというのは本当のようで、十九時近くになっても外はまだ明るかった。妹はクラブ活動を終えて自分の部屋で宿題でもやっているのだろう。母はパートから帰ってきて夕食の用意を終えている頃だ。
 いつも妹は、十九時になると少年に声をかけてから一階に下りていくので、そろそろドアがノックされる頃合いだった。少年はドアに目を向けた。ほんの少し間を置いて、いつものようにノックの音がした。少年は無言で立ち上がってドアまで歩いて行き、ドアノブを引いた。
 いつもの妹がそこにいた。

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