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死人に口なし

交通死亡事故の場合、被害者が死亡し、目撃者がいないと加害者が、自分の都合のいい証言をするものである。つまり、少しでも自分の罪が軽くなるように被害者が無理な運転をしていたなど、死亡した被害者が反論できないのをいいことに好き勝手言えるのである。俺の妻の裁判でも、妻の軽にぶつかったトラック運転手は、妻の運転が悪かったと自分は何も悪くないと証言したが、俺の頼んだ弁護士は有能で、その運転手が、普段、女性の運転する軽自動車に嫌がらせ的に煽り運転をする常習者だったということを突き止め、事故当時も、妻の車に幅寄せして、事故を起こしたということが認められ、裁判に勝った。
多額の賠償金を認めさせたが、妻や一緒に乗っていた子供は帰らない。
俺は、その日、弁護士の紹介で、喫茶店である女性と会っていた。
思っていた以上に若く、女子大生と言っても通用しそうな風貌だった。妻が亡くなったから、すぐ次の女というわけではない。今回の裁判で、彼女の霊媒師としての力が大きく役に立ったと弁護士の先生に聞かされて、お礼を言いたくて、直接会う機会を設けてもらったのだ。
「本当にありがとう。妻や子が少しは浮かばれるというものだ」
「死人に口なしというのが、嫌いなだけですから。ちゃんと弁護士の先生から報酬もいただいていますし・・・」
「いや、どうしても、直接お礼を言いたかった。本当に助かったよ」
相手の運転手を雇っていた運送会社の社長が、こういう裁判に慣れているような感じで、遺族の俺にあまり騒ぎ立てるなと恫喝すれすれの接触をしてきていた。
正直、裁判の途中で、目撃者もいないし、妻と子供も死んでいたし、俺自身、相手の運転手の言う通り妻の運転が悪かったんじゃないかと疑い掛けたときもある。
「あの、あまり気になさらずに前を向いて生きていかれた方がいいですよ。あなたの後ろで、奥さんとお子さんが心配そうに見てますから」
「え?」
俺は思わず後ろを振り返ったが、そんなもの見えるわけない。
そうして、俺は彼女にお礼を言って別れた。

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