新婚さん
彼は新婚だったが、一ヶ月ほど前に事故でその奥さんを亡くした。葬式も済み、会社に普通に出勤しているが、帰社するとき、誰もいなくなったはずの自宅にこれから帰宅すると必ず電話をして退社していた。同僚たちは、そんな彼の行動を気持ち悪がった。社長にも話したのだが、奥さんが死んだ事実を受け止められないだけで、そのうち心の整理もつくだろうと、今はそっとしておいてやれと言われた。確かに時が解決してくれるかもしれないが、事務の女子社員からは上司の俺が何とかしてくれとせっつかれていたので、今夜上司と部下の飲みにケーションで、それとなく、彼に妻の死の事実を受け止めるように諭すことにした。
「浮気じゃないよ。本当に上司との飲み会だって」
いつも通り自宅に電話していた彼が、困っていた。
「課長、すみません。妻に課長からの誘いだって説明してやってくれませんか」
彼は通話状態のスマフォをこちらに押し付けた。
仕方ないな。
「あ、あの、奥さん、申し訳ありません、仕事のことで彼と大事な話がありまして」
「妻の美佳子です、本当に仕事の飲み会ですか」
相手から返事があり、俺は驚いたが、美佳子と言うのは、確かに葬式で聞いた彼の妻の名前だ。
「か、彼は、浮気なんかしませんよ、仕事も真面目ですし、とても助かっています」
俺は冷や汗をかきながら電話の相手と話を合わせて、慌ててスマフォを彼に返した。
「じゃ、そういうことだから、今夜は遅くなるね」
彼はスマフォを切った。
まさか、あの葬式が間違いで、奥さんは本当は生きている?
今の声が誰だったのか、俺は頭の中でグルグルさせながら、その夜、予定通り彼と飲み、電話の向こうの声の正体を探ろうとしたが、分からなかった。