実験
傘をさした彼女はケラケラと笑いながら、穴の底で手足を縛られている俺を見下ろしていた。
「大分深く掘ったから、水が貯まるの時間がかかりそうね」
さすが大手土建屋の娘だ、シャベルカーでも使って掘ったらしく、本当に深い穴だった。縛られていなくても、雨水がどんどん流れ込んでいるせいで、まわりはグチャグチャで、登ろうとしても滑って落ちそうな穴だった。
「悪ふざけは、やめろ」
「悪ふざけって、私が殺人鬼じゃないかと疑って近づいてきたんでしょ? 反撃される覚悟もあったでしょ? 心配しなくても,大丈夫。ここは、パパの土地だし、誰も邪魔しになんて来ないわよ。しかも、今日は記録的な豪雨になるって、あなたが溺死するまで、ちゃんと見ててあげる」
「て、てめぇ、やっぱり、こうやって、面白半分に何人も殺して来たのか」
「そうそう、殺人ほど、この世で、最も罪深く高貴な遊びはないと思わない?」
「なにが、高貴だ」
「あたし、金持ちの子に産まれちゃったから、金でできる大抵の娯楽はやっちゃったの。でも、殺人の実験だけは別格だった。人によって断末魔の表情が違うし、いまも、あなたが、ドンドン水に沈んでいくのを観察してると、ぞくぞくしちゃう」
穴に貯まる水で、全身がずぶぬれになっていた。寒い。たぶんここは、本当に助けを求めて大声を出しても誰にも届かない山奥の土地だろう。
「く、狂って、やがる・・・」
「金のない凡人から見たら、そうでしょうね。これでも、毎回違う殺し方して工夫してるのよ? 水攻めは、今回が初めて。だって、溺死は時間がかかるでしょ、雨水が穴に流れ込んで、その水で徐々に溺死させる。なかなか、面白い趣向だと思わない? しかも、死んだら、土をかぶせて穴を塞げば証拠隠滅もしやすいし」
「ふ、ふざけやがって、こんなことしてただで済むと思ってるのか」
「大丈夫でしょ、あなた以外、私が怪しいと疑った人はいないから」
傘を手にした彼女は水遊びを楽しむ子供のように笑っていた。