第3話
少年は喉を潤すために、テーブルに置いていた紅茶のペットボトルを傾けた。ひどく温く吐き出したい衝動に駆られたものの、すんでのところで思いとどまった。顔を左右に振ってテレビの電源を入れた。知らないドラマ、バラエティー番組、歌番組、クイズ番組、ろくなものをやっていなかった。
時計を確認して
少年は舌を鳴らした。瞬間、少年ははっとした。目を覚ましてからずっと眉をしかめている。自然にそうなってしまっていた。今の舌打ち、普段ならしない行動だ。やはり事故の記憶が少年に、精神的な影響を与えているのかもしれない。ずっと加害者のことばかり考えていた。考えてしまっていた。どうしようもなく、頭から離れなかった。
おれはなにを考えているのだろう。妹が救けを求めていた。その凄惨な映像が頭から離れない。目に焼きついて消えない。そもそも、消そうとしていない。
加害者を許せるわけがなかった。おれたちはなにも悪いことはしていなかった。父も、母と妹を気遣って細心の注意を払って運転していた。なぜ、このような目に合わなくてはならないのだろう。
次第に少年の思考は感情的に傾き出していた。
おれたちは悪くない。悪いのは加害者だ。大切な家族を奪った加害者だ。家族を殺した加害者だ。そうだ、おれたちは悪くない。おれは、悪くない。
少年の感情が、ある一点に向かって徐々に収斂していく。
フロントガラスに迫ってきた車、その車のハンドルを握っていた男をこの目で見ている。あの瞬間、驚くほど冷静に相手の顔を見ていた。若い男だった。髪を短くカットしていて耳にピアスをつけていた。助手席を見ていた。前を見ていなかった。
少年の目が険しさを増していく。
あいつは、父が運転していた車のことを見ていなかった。見落としていた。馬鹿みたいに大きな口を開けて笑っていた。助手席の女性と話をしていたのだろう。その女性が目を大きく見開いて、驚いたような表情で叫んだようだった。それでドライバーは正面に目を向けた。
少年の目にはその様子がありありと映ぜられていた。
あいつ、衝突の瞬間しかこっちを見ていなかった。急ブレーキを踏んだところで間に合うわけがない。
こんなことが、許されていいはずがない。ああ、そうだ、許せるわけがない。許せるはずがない。絶対に、許してはいけない。
大声で叫びたい衝動を堪えて少年は、恐ろしいほどの冷静さを取り戻して冷ややかに呟いた。
ユ・ル・セ・ナ・イ。
少年は、心の奥底から熱くたぎる
少年は、心の内で呪詛のように繰り返した。
許せない、許せない、許せない、許せない。絶対に許さ……。