第2話
祖母がテーブルの上になにかを置いたようだった。少年はそれを横目で見て言葉を失った。見覚えのある三台のスマートフォンが置かれていた。それは父と母と、そして妹のものだった。三台とも画面が割れており、ところどころへこみがあった。少年が顔を上げて祖母の顔を覗き込むと、祖母がゆっくりと話した。これらはあなたが持っておいたほうがいい、そんな内容だった。
祖母の話は続いた。
警察から連絡があったのは二日前の夕刻のことだそうだ。旧中仙道、今では国道十九号線というのだが、『
少年は耳を疑った。自分が丸二日間昏睡状態だったことに驚いてしまった。たしかに、自分の身体の状態を鑑みれば、そういうこともあり得ないことではなかった。事故に遭って身体を圧迫され、激しい振動で頭も強打して意識が朦朧として気を失い、更に身体の一部まで切除されたのだから、と。
祖母がよかったねと言ったのは、こんな身体でも一命を取り留めたことが、心の底から嬉しかったのだろう。全員が亡くならなかったのは、本当によかったと思ったのだろう。
少年は祖母の顔を正面から見つめた。口を動かそうとしたが、言葉にならなかった。祖母は優しそうな笑みを浮かべていた。それで、充分だった。
祖母はほかに、テーブルの上にあるものを置いた。三種類の菓子パンと温かい紅茶のペットボトル、それにチョコレートとスナック菓子だった。若い子の好みはわからないからねと、笑いながら話していた。無理に笑っていることは少年にはわかっていた。お通夜みたいに暗い顔をしていても、余計に落ち込んでしまうし気が滅入ってしまう、そう気を遣ってくれたのだろう、と。その思いを汲み取って、少年も笑った。ぎこちなくだったが。
祖母はこれからのことを話しに来たと語った。その身体では一人で大阪に住み続けるのは困難だ、と。それに、心にも深い傷を負ってしまっているので、誰か側で支える人が必要だろう、と。幸い松本の家には祖母が一人で住んでいるし、部屋も充分に余っている。学校のことも、障害者を受け入れてくれる高校もある。蓄えも充足しているので、松本に来るつもりはないかと尋ねられた。
少年はちょっと待ってくださいと答えた。大阪には友人もいるし、そのほかのこともよくよく考えて、最も良い方法を探すつもりでいるし、この場で即答はできません、と。
祖母は顔を曇らせて、言いにくそうに話した。
生活するにはどうしてもお金が必要で、今の少年の身体の状態では仕事に就くことも難しい。家のローンも残っていると父から聞かされていたし、十六歳で一人暮らし、しかも身体的な障害も抱えてしまったので正直心配だ。少なくとも松本に来れば、金銭的な問題は充分とはいえないかもしれないが、二人で生活するのには困らない。田舎の料理が口に合うかもわからない、でも、買い物するにも困らない。それだけでも苦労の種は一つ、二つは減るのだと、そのように説得された。
少年はもう一度、待ってくださいと繰り返した。
とてもありがたいお話です。でも、ご迷惑をかけることがわかっていて、お世話になるのは心苦しい。だから、少し待ってください、と。
尚も説得を試みる祖母に対して少年は、頑なに、今すぐ決断はできませんと答え続けた。結局祖母も折れて、また明日顔を見せるので、その時にでも、ということに落ち着いた。