私は死んでない
「私は死んでない。ね、私生きてるでしょ?」
その女はぱっくり割れた頭部の傷口からダラダラ血を流しながら、駅前の交差点で信号待ちの人たちに手当たり次第に聞いていた。だが、誰にも、彼女の姿は見えず、その声も届かない。ほんの一週間ほど前、この交差点で、交通事故があった。そのとき、運転していた男と助手席の女が死亡した。その傷だらけの女は、助手席に乗っていた女だった。女の前で格好をつけたかったらしい男が、無理なドライビングをして、他の車を巻き込んで派手に事故った。警察の現場検証が終わり、一週間も過ぎると、アスファルトの路面の傷とか、血の跡なんか分からなくなる。
とにかく、女は自分が事故で死んだと認めたくないらしく、その交差点で彷徨っていた。が、
「見つけた! さっさと、あんたも、こっちに来なさい」
「そうそう、ここは、もうお嬢ちゃんのいるところじゃないよ」
同じように血だらけの中年男女が、その女を連れて行く。事故に巻き込まれて死んだ夫婦が、死を認めずこの世を彷徨っていた彼女を連れに来たのだ。別に、この世を彷徨っている彼女を憐れんで迎えにきたのではない。被害者として、その女に、運転していた男と合わせて地獄で罰を受けさせるためだ。助手席に乗っていただけでも、スピード出し過ぎと彼に注意できたはず、そう思えば、地獄で罰も当然だ。