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第19話

 ルルーの目の前に現れたのは、鳥だった。モモイロペリカンだ。Vの字の隊形を作り飛んでいく。飛びながら、ルルーをじろじろと観察してきたのだ。
 ルルーはぷいっと視線をそらした。お前たちに用などない。用があるのはゲラダヒヒだ──しかしよく考えれば対象動物であるゲラダヒヒが棲息している地域へはまだ辿り着いておらず、ペリカンたちに負けぬようルルー自身まだまだ飛んでいく必要があった。
「お前」だし抜けにモモイロペリカンの一羽が呼びかけてきた。「タイム・クルセイダーズか?」
「──」ルルーは思い切り不快そうな顔をしてその鳥を見返した。「違う」
「──」鳥の方はとくに表情も変えず、今しばらくルルーをじっと見続けた。何だ、何か文句があるのか、とルルーが叫ぶ寸前「そうか」と言い捨てて仲間とともにその鳥は飛び去って行った。
 タイム・クルセイダーズ。それはギルドの水面下での噂話でのみ交わされる名称だ。地球の動物たちはその名でギルドを呼んでいるらしい、と。公の情報網にはそんなこと一くさりも載っていない。なので知らんぷりをしておく方がいい。
 ともかくも、ルルーは気を取り直してゲラダヒヒの捜索及び捕獲を続行した。
 ゲラダヒヒという種族自体は、近い将来に絶滅すると危惧されているものではない。だが生息域がごく狭い所に限られており、いきおい絶対個体数にも限りがあるという事で捕獲の対象になっている。
 しかし噂によると、ゲラダヒヒの持つたてがみや、その胸部の皮膚の色による意思疎通などについて、ギルドの"上層部の誰か"が(恐らく個人的に)興味を持っているということらしい。
 一説によるとその"上層部の誰か"は、ゲラダヒヒに対し「素晴らしい。彼らを他人とは思えない。きっと彼らと私との間には遺伝子コードに類似があるのに違いない」とまで言い放ったとかそうでないとかいう。しかし今のところ誰一人として「じゃあ検証してみましょうか」と進言する勇気ある阿呆は出現していないようで何よりだ。

「コードキュルーはすでにアビシニアジャッカルを捕獲した」

 完全に忘れていた本部からの通信が実はまだ終了していなかったことが、ルルーを衝撃のふちに追いやった──ほとんど『どつき挙げた』──「彼は優秀だ。見倣うように」
「──了解」ルルーは再び、適切な間合いを取って返信した。
 まあ、いつものことだ。我々は常に追い立てられ叱咤激励という名の煽りを散々ぱら受けながら、それでも止むことなく上を目指し努め勤しむ。ギルド全体の繁栄を祈念して。
 それでも、ほんの時折、自分が何かそれとは別のものを求めているような気がする──そんな錯覚が一瞬起こる。
 何が要る? 何が必要だ? 否そんなものは実際にはあるはずもない。必要な物資はすべて整っているし、エネルギーも充分備えがある。必要な時には必要なだけ休息が取れるし、業務は至極効率的に計画され問題なく施行されている。
 特に何かが欠けているわけではない。決してそのようなことはない。
 けれど時々──ほんのたまに、ごく一瞬──
 ルルーは自分を構成する分子の一部が、何かを叫んでいるような錯覚に捕らわれるのだ。
 そいつらが何と言っているのか、わからない。にも関わらず、そいつらが叫んでいることだけは払拭し難い事象としてそこに存在している……ような、気がする。

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