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最期の蕎麦

最期に食べたいものに蕎麦を選んだのは、たまたま通院していた病院の近くに手打ち蕎麦屋があって、まだ病気が進行していないころ、診察帰りに立ち寄って食べて以来、その店の味の虜になり、病気が進行して、病院に行く回数が増え、それにともない、その店に立ち寄ることが多くなり、だが、末期になりあまり身体が言うことをきかなくなり、入院してしまうともう店に出向いて食すことができなくなった。
で、ある時、彼は病院に頼みに妻と一緒にその蕎麦を食べられるようにと医者から一日限りの外出許可を得て、妻に、その店で待っているように伝えた。だが、彼はなかなか現れなかった。
「どうか、お先に食べてくださいと伝言が」
そう言いながら女性店員が深刻そうな顔でその妻の前にざるそばを運んできた。だが、夫との最後の外食になるかもと思っていた妻は、夫不在のままで先に食すのをしばらくためらっていた。
すると、店の店主らしい白髪の男性が厨房の奥から出て来た。
「あの、奥さん。だんなさんは、もう来ません。先ほど、その蕎麦をご自身で打った直後に倒れられて、そのまま。亡くなったことはその蕎麦を食べ終えるまで伝えるなということでしたが、どうもお伝えしないと食べていただけないご様子なのでご主人との約束を破って伝えます。実は、奥様と一緒にご自身で打ったそばを食べたくて今朝まで頑張られていたんです」
「え、じゃ、主人は、もう・・・」
「はい、ですから、その最後の蕎麦をどうか味わって上げてください」
「は・・い・・・」
彼女は泣きながら、食べ始めた。
「どうです、お味は」
「最高です、今まで食べたモノの中で、最高に極上の美味です」
店の主人は苦笑した。太さもまちまちで、プロから見てよくできた蕎麦とは言い難い。だが、夫が最期に作った蕎麦をまずいと言えるはずもなかった。

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