またねは約束の呪文
彼女はデートの別れ際など、耳元で「またね」と囁くのが好きだった。
最初は、耳元でささやかれて驚く俺の反応を楽しんでいただけだったが、結婚してからも、朝出掛ける時に「またね」というので、朝出掛けるときは「行ってらっしゃいだろ」と彼女に言い返したりした。すると、彼女は、『「またね」は再会の約束の言葉だから、「またね」と声をかけると、必ず、家に無事に帰ってきてくれると思ってるからだ』と彼女は言い、俺はふと、彼女の妹が学校帰りに交通事故で死亡し、家に帰ってこなかったことを思い出した。結婚式でも、その妹の席を用意して、その妹の遺影を置いたくらいだ。妹が家に無事に帰って来なかったのが、よほどショックだったのだろう。だから俺に毎日無事に家に帰ってきてほしいという彼女なりの願いの言葉なのかもしれない。
だから、彼女の「またね」の口癖の訂正を、俺はやめた。そして、俺より先に亡くなった妻の声は、亡くなったはずなのに、俺が、自宅からどこかに出かけようとするたびに今も聞こえた。その日は、「またね」という妻の声が聞こえず、仕事先で倒れてしまって、そのまま家に帰れず妻が迎えに来た。