バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

『またね』としか言えなくて

ある日、俺は彼女との別れ際、『またね』としかいえなくなった。
次の約束も、これから先のことも、彼女のことを考えると言葉がすべて『またね』になってしまうのだ。そして、彼女と二人きりのときは必ずそうなるようになり、医者に相談しても、たぶん一時的なものですぐ治るだろうと言っていたし、彼女も最初は『またね』しか言わない俺を『なんの冗談?』といぶかったが、数か月もこの状態が続けば、異常であり、彼女も真剣に一緒に悩んでくれるようになった。彼女と二人きりの時だけ、俺がいつも『またね』としか言えなくなるのを確認するため、彼女は自分の弟を急に呼び出して、俺との会話の場に同席させて、弟がいるいないで『またね』しか使えなくなる俺を観察し、これが冗談ではないと十分に理解したうえで、彼女の方から結婚を申し出た。
「私といるときだけ『またね』としか言えないなら、私がそういう特別な存在だということでしょ、だったら結婚してあげるわよ」
そうして俺たちは夫婦になった。
で、彼女が病気で若くして死ぬときも俺は病床の彼女に『またね』としか言えなかったが、彼女が死んで一年後、彼女の後を追うように俺もまた病死した。

しおり