「またね」としか聞こえない
ある日、突然、他人の喋っている言葉がすべて「またね」としか聞こえなくなった。慌てて俺は病院に行ったが、病院の先生の問診に受け答えするのでさえ難しく、ただ幸い、自分の発する言葉は理解できたので、何とか状況を説明し、色々な検査を受けてみた。検査では異常は見つからなかったが、言語を認識する脳の働きに異常が生じ、「またね」としか認識しなくなったのだろうと。原因はストレス性の何かで、しばらくすれば、治るんじゃないかと先生は診断した。けれど、そういう状況が数年も続き、彼女も仕事もうまくいかなくなり、彼女と別れた頃、病院の先生に手話を覚えたらと言われ、習い始め、障害者支援団体の紹介で、新しい職を得て、これまでと全く違う生活を始めた。楽な日々ではなかった。相手の言葉がすべて「またね」としか聞こえないのだから、コミニケーションの失敗の連続で、これまで親友だった相手と疎遠になったりした。映画やテレビを見ても面白くない。英語さえ、すべて「またね」に聞こえるのだ。
そうこうしているうちに難聴の女の子と手話を通じて付き合いだした。結婚式のスピーチには手話の通訳さんをつけてもらい、俺たちは結婚にたどり着いた。
彼女が妊娠して、第一子も生まれた。元気な男の子で「オギャーオギャー」と元気に泣いていた。
あれ、「またね」とは聞こえない。自分の赤ん坊の声はちゃんと聞こえていた。