おやすみの声
「『おやすみ』なさい、神からの最後のメッセージです」
その美少女は、バイト帰りの俺の目の前に急に現れて、そう言った。
「本来神の声は人には聞こえません。そこで携帯を持っているひとにはその携帯の留守電に録音し身近な人の声に変換されてひとの耳に届くようにしましたが、あなたは携帯を持っていませんから、私が言いに」
「神のメッセージ? 宗教の勧誘なら、結構」
目の前の少女は、すごく綺麗なのでつい俺は足を止めてしまったが、そんな彼女の台詞を聞いて俺は、無視してアパートに向かおうとした。
「あなたは料金未払いで、携帯を解約しています。ですから、そういうひとのために天使である私が、こうして直接、神のメッセージを」
「天使? ああ、バイトで何とか食っている俺には、月の携帯代もバカにできないんで、ずいぶん前に解約した。友達もいないし、両親も死んでるから携帯がなくてもやっていけるんでね」
「それは存じ上げております。だから、こうして特別に私が『おやすみ』を言いに」
「ま、もう夜も遅いし、『おやすみ』は間違っていないと思うけど」
倉庫の荷下ろしのバイト帰りで、もう日は沈んで辺りは暗くなってきていた。
「いえ、夜の『おやすみ』の挨拶ではなく、明日、人類が滅ぶので神からお別れの挨拶を」
「は? 人類が滅ぶ?」
「ええと、恐竜が滅んだのと同じように隕石が落下して、人類は滅亡します。それで、神が最後の挨拶を人々に」
「いや、人類が滅ぶほどの隕石が落ちてくるのなら、もう誰かが発見してるんじゃないの? 誰も騒いでないぜ」
隕石が地球に近づくパニック映画で、大抵、人々が少しでも隕石衝突から助かる可能性を模索して都市から逃げ出そうとして大渋滞が起きたり、悲観した群衆が暴徒になるというのが隕石衝突映画のお約束のはずだが、バイト帰りの道は、いつもと変わらない。
「実は、ここ数日太陽のフレアの活動が活発で、その太陽風の影響で天体観測に影響があって、誰にも発見されないまま地球に近づいている小惑星があるのです」
「もしかして、神が今の人類に愛想をつかして、人類に気づかれないようにしたとか?」
「あら、察しがいいですね。その通りです。神の奇跡もなくこのまま人類は滅びます。『おやすみ』のお言葉が最後の慈悲だと思ってください」
「ふ~ん、なら、明日はバイトなんか気にせず、ずっと寝ててもいいんだな」
「ま、そうなりますね。人類の終わりなのにあなたは少しも悲観しないのですか。それとも信じてない?」
「いや、信じてるよ。嘘くさくて突拍子もなさ過ぎて、逆に騙されている気がしない。悲観したって人類滅亡は決定事項なんだろ、だったら、好きなだけ寝て、寝ている間に死にたいね」
「なるほど、とりあえず神のメッセージは伝えました。あとはあなたのお好きに」