おやすみ通り魔
「『おやすみ通り魔』ってなにそれ」
友人の由香が首を傾げている。私だって奇妙に感じたから話題にしたのだ。
「ネットで噂になってるの『おやすみ』と言いながら斬りつけて来る通り魔が全国に出没してるんだって」
「なに、それ。そんなのニュースで流れてないけど」
女子校生だってテレビの真面目なニュースぐらいは見る。由香は、まゆつば物だと言いたげにふんと鼻で笑う。
「だから、まだネットの噂の段階で、大きなニュースとして取り上げられてないんだって」
あたしの言葉に半信半疑の由香は自分のスマホを取り出し、自分で『おやすみ通り魔』を検索してみた。そしたら、ズラズラと検索結果に引っかかり、ネット上ではどれを見ていいのかわからない状態だった。困惑するそんな友人を見て、私が簡単に説明する。
「なんでも、昨日まで普通だった人が急に『おやすみ』って言って身近な人に襲い掛かるんだって。しかも、どうやら、その犯行現場の防犯カメラの映像か被害者が撮影したらしい犯人の顔を観ると、それを観た人もその『おやすみ通り魔』になって襲ってくるんだって」
「ふ~ん、まるでゾンビね、それも、噛まれたりじゃなく犯人の顔を見たらか・・・」
由香は自分のスマホをジッと眺めていた。
「ちょっとあんた、まさか見てるの」
後はゾンビ映画のテンプレだ。『おやすみ通り魔』の画像を見て『おやすみ通り魔』になって人を襲い、襲われてその相手の顔を見た被害者も『おやすみ通り魔』になる。どんどん増え続けるゾンビと同じで、私は友人の顔を見ないように逃げた。そして、パソコンも携帯もつながらないような誰もいない田舎へと。
で、過疎状態の高齢者しかいない村にたどり着き、そこで生き延びた私は、ゾンビのように増えた『おやすみ通り魔』たちが一週間もすると、空腹で動けなくなり、彼らは呪いが解けたように、もう人を襲うことはなかったので、私は無事に自分の家に帰り、餓死寸前だった両親を救った。由香も空腹で動けないところを見つけた。ただ、そんな私は運がいい方で、たくさんの人が飲まず食わずで『おやすみ』と言いながら人を襲い続けたので、この国の人口は随分と減り、アパートの一室で、世の中を呪う遺書を残して死んだ女性の遺体が発見されたのは、騒動が一段落して丸一年近く経った頃だった。