19 白馬の王子サマ
不思議な影の獣、ベスティアを倒したエリオットにうっかり惚れそうになったのも束の間、ミチルはすでに思考が明後日の方向を向いていた。
何故なら、この国で一番えらいはずの王様がミチルに今、跪いている。「チル神様」という謎の言葉とともに。
「貴方様は、伝説のチル一族ではありませんか?」
ミチルは小心者の小市民なので、王様に見上げられてはしどろもどろになってしまう。
「いやいや、僕は坂之下ミチルっていうしがない大学生未満ですぅ……」
「おお……さすが神の末裔。私のような庶民には理解できない尊いお言葉を使われる」
「ええ?ちょっと待って、イジってるよね、それ!?」
「ありがたや……」
とうとうオルレア王は拝み始めてしまった。これに困惑したエリオットが割って入る。
「父上、まずお顔をお上げください。ミチルが困ってる」
「そうです!ボクはカミサマの末裔なんかじゃないですって!」
あれ?でもジェイもアニーも、エリオットも、どうしてあっさり信じてくれたんだろう?
「しかし、あのアルカナ像をご覧ください。あれはチル神様の御使を模したもの。その手に持つ王笏はチル神様からの賜り物だと伝えられています。貴方はそれを自在に操って愚息にお力をお与えくださった。これが神の御技でなくてなんだと言うのです?」
「ええー……」
そう言い切られてしまうとミチルも否定する材料が見つからない。あの像の設定は完璧に思えた。
でもミチルにはそれが自分のことだとはどうしても思えなかった。
「わかりました。では我が国の魔術師の最高権威を呼びましょう。彼は神官の家系に生まれながらもずば抜けた魔力で宮廷魔術師の最高位に上り詰めた天才。彼から説明されれば貴方様もきっと御納得いただけるはず……」
「ああああ!!」
オルレア王の言葉を遮ってエリオットが大声で叫んだ。
「どうしたのだ、エリオット?」
「忘れてた、父上!おれの魔法が解けたのは、あのクソ魔ジジイが弱ってるからなんじゃないかと思うんだ!」
「何?」
「だからさ、ウツギに命令して様子を見に人をやったんだけど……」
そのウツギは、敵だったよね?
エリオットもオルレア王も、更にはミチルも同じことを考えていた。
「そ、それ、ヤバくない?」
ミチルの不安をオルレア王が引き継いだ。
「送ったのは、刺客かもしれんな……」
「ヤベエ!!ジジイが危ないっ!!」
エリオットは言うが早く、ミチルの手を引いて礼拝堂の扉に向かう。
「エ、エリオット!?」
「ミチル急ぐぞ!ジジイを助けないと!」
右手にセプター、左手でミチルの手を引いてエリオットは走り出そうとしていた。
「えええ!何処まで走るのよっ!!」
「城下町を外れた森の中だ!偏屈だからそこの小屋に一人で住んでる!」
「何キロあんのよぉ!!」
エリオットはともかく、ミチルにそんな持久力はない。
マラソン大会でビリツーを取る腕前を彼は知らないのだ。
「エリオット!私の馬を使え!」
「父上、ありがとう!」
エリオットはミチルの手を引っ張って厩に向かった。
「ギャー!早い!足がもつれるぅうう!」
残念だが、エリオットにミチルを気遣う余裕はなかった。
「行くぞ!ハイ!!」
「うそぉー!!」
エリオットはあっという間に厩から一番綺麗な白馬に跨って、ミチルを乗せて走らせた。
待って待って、白馬の王子様じゃん!エリオットの股の間にいるオレってばお姫様じゃん!
──股って言うな、オレ!!
ミチルが狂喜乱舞の心臓を逸らせていると、エリオットは笑いながら言った。
「アッハッハ!ミチルしっかり掴まってろよ!舌噛むなよ!」
「ぎょわああぁああ!」
白馬はあっという間に城下町を駆け抜けて、森に入った。
それなのに速さが落ちない名馬だった。
「にゃあぁあぁあぁ!」
ガックンガックンと上下に揺れて、ミチルは目が回っている。
しかし視界の先に微かに小屋のようなものが見えた。
「あれだ!急げ!!」
白馬はブルルと鳴いて、エリオットに呼応するように更にスピードを上げた。
この馬には実は魔法がかけられた蹄鉄が施されているのだが、ミチルは知るよしもない。
「ジジイー!生きてるかー!!」
小屋の手前でエリオットはミチルを馬上に残してヒラリと飛び降りた。
「……うん?」
そこにいた数人を見てエリオットは一瞬固まる。
「まったく、一人暮らしのご老人を襲うなんてふてえ野郎だ」
「うむ。怪我はないか」
頭にほっかむりを巻いた怪しい男をふん縛る若い男。
その傍らに立っているぬぼっとした長身の若い男。
「……誰?」
首を傾げるエリオットの後方、白馬の上でミチルは驚きに目を見張った。
「アニー!!ジェイ!!」
その声に同時に振り向いた超絶イケメンが二人。
「……ミチル!?」
ややこしくなりそうな、予感……。
「異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!」
〈小悪魔プリンス編〉──了
次回からは〈幕間 トライアングルSOS!〉をお送りします!
どうぞお楽しみにっ!!