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14 親子喧嘩は成敗いたす!

 礼拝堂の扉を開けると、清浄な空気がエリオットとミチルを迎えた。突き当たりの祭壇の前で、なんだかとてもゴージャスなマントを羽織った背中を見せて祈る人物がいる。

 王冠など身につけなくても、後ろ姿だけでも、それが王様だとミチルは直感した。それほどその人物は迫力があった。

「……誰だ?」

 祈りを止めた王様は振り返らずに言う。その声もまた迫力のあるバリトンボイスだった。
 エリオットは一歩進んで静かな声で言った。

「我が父王、オルレア。お初にお目にかかる」

 その言葉が皮肉であることはミチルにもわかる。エリオットは、今父親を試しているのだ。
 すると前を向いていたオルレア王がゆっくりと振り返った。

「エリオット……か?」

「へえ、よく分かりましたね。この姿をお見せするのは初めてなのに」

 エリオットの言葉は随分と棘があった。十年も和解できなかったのだから仕方ないのかもしれない。

「マーガレットによく似ている……」

 父王の、息子を見る目は優しかった。けれど長い年月触れ合ってこなかった心の隔たりはどうしようもなく、エリオットに憎まれ口を浴びせられる。

「そうですか。貴方が守ってくれなかった下賤な女のことを、まだ覚えているんですね」

「……母に向かってなんという口のきき方だ。訂正しなさい」

「敬いたくてももういないんだ。そんなことは無駄でしょう」

 エリオットの言葉に、父王は諦めたような顔で溜息を吐いた。

「そうか……お前はまだ母のことで私を許してはいないのだな」

「当然だろ!?あんたが守ってくれなかったから母上は死んだ!いや、それより前に、どうしてそんな身分の低い女に手をつけたんです!?あんたがそんな事をしなければ母上は平凡な結婚をしてそれなりに幸せに生きていられたんだ!」

「……それではお前は生まれなかったではないか」

「おれのことなんてどうでもいい!母上が平凡に生きていられたなら、おれは生まれなくても別に良かった。あんたが母上の全てを奪ったんだ!」

 なんて悲しい怒りなんだろうとミチルは思う。
 エリオットは自分の身の上ではなく、平凡に生きられたはずだった母親の人生を嘆いている。

「お前は、何という事を……」

 エリオットの怒りの矛先を知って、父王は酷く傷ついていた。
 親にしてみれば子どもから生まれて来なければ良かったなんて、何よりも言われたくないだろう。
 そしてその理屈がいかに子どもっぽいか、ミチルは知っている。
 自分も中学生の頃、そんなことを親に言ってしこたま怒られたからだ。

「他に相手にする女なんかいくらでもいるくせに!水汲み女なんか弄んで!あんたがとった迂闊な行動が!一人の女とその子どもの人生を狂わせたんだ!」

「エリオット……」

 父王は言葉を失っていた。
 ミチルも、これ以上は聞くに耐えなかった。

「あんたが──」

「エリィ、ストップ!!」

 ミチルは大声でエリオットを制した。その声は礼拝堂に響いてエコーまでかかる。

「ミチル?」

「エリィの怒りは間違ってる!」

「何だと?」

 困惑に顔を歪めるエリオットを、ミチルはキッと見つめて言った。

「お父さんとお母さんの出会いや事情も知らないくせに、結果だけを悲しんでそんな風に親を傷つけたらダメだよ!」

「でも!」

「でもじゃない!エリィのお母さんは側室になったのを後悔してた?お母さんにそう聞いたの?」

「おい、エリィって呼ぶな!おれはエリオット──」

 怒るエリオットの言葉をまた遮ってミチルは喚き続けた。

「親には親の人生がある!子どもが知ってることなんてほんの一部だよ、親の人生を勝手に語るなんて子どもでもやっちゃいけないよ!そんなこともわかんないなら、お前はまだエリィで充分だ!」

「う……」

 エリオットが言葉に詰まった隙に、ミチルは今度はオルレア王の方を睨みつけた。

「だけどなあ!エリィがこういう考えになったのは親の責任だかんな!エリィの子どもっぽい癇癪を魔法で抑えつけて十年もほっとくなんて、父親失格だぞ!」

「それは、確かに……其方の言う通りだ」

 おお、さすがに王様は話がわかる!ミチルはもうちょっと言ってやろうと思った。エリオットの代わりに。

「エリィがせっかく謝りたいって言ったのに、どうして会ってやらなかったの!?そんなに王様は忙しいの?息子と和解するより大事なことがあるの!?」

 決まった!ガツンと言ってやった!
 まったくこの父子はどっちもどっちだよ!

 そんな風にミチルが酔いしれていると、オルレア王は急にスンとなって首を傾げる。

「待て。それはどういう事だ?エリオットが謝罪したいなどと、いつ言っていたのだ?」

「え?」

「……え?」

 ミチルもエリオットもキツネにつままれたような気持ちになっていた。しかし、ここは第三者であるミチルが冷静にさばかなくては。あんだけ啖呵をきって二人を叱りつけたのだから。

「き、昨日ですよ!エリィが謝りたいから会って欲しいって伝えたでしょ!?」

「いや……知らん」

「えええっ!?それで王様はエリィにもっと反省しろって怒ったんでしょ!?」

 ミチルがそう言うと、オルレア王は少し憤慨したような顔で答えた。

「私が怒っている?怒ってずっと部屋から出て来なかったのはエリオットの方では?」

「えええっ?」

 ミチルは困惑のままにエリオットを見た。するとエリオットは首を傾げてこれまでを振り返る。

「そりゃ……基本は怒ってたけどさ、たまに謝りたい気持ちになるし、そういう時に限って父上はいつも怒ってるって聞いたけど」

 え。
 ちょっと待って。

 そもそもその話って──
 誰から聞いたんだっけ?

 オルレア王も、エリオットも、ミチルも。
 三人が三人とも、共通の人物を思い浮かべた。



 ぼんぼろぼーん



 奇妙な、鐘の音が礼拝堂に響いた。

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