13 アンバランスな王子様
「あああ……我が君!とうとう魔法がお解けになったのですか?」
執事のウツギは、25歳の姿でいるエリオットを前に大粒の涙を流していた。
「どうだろうな、解けたかどうかはわからねえ。クソ魔術師の魔力供給が弱くなってるのかもな」
「ああ……あのお方もお年ですからなあ」
「魔術師?」
エリオットとウツギの会話に、ミチルは疑問でもって入った。王様からかけられた魔法だと言われていたからだ。
「おれにかけられた時間を止める魔法はな、父上からの命令で宮廷魔術師の中でも最高顧問がかけたものだ」
「ああ、なるほど」
確かにそう言われた方がしっくりくる。ジェイからもアルブスという国は魔法の技術が進んでいると聞いていた。
「もしかして、その魔術師が高齢だから魔力が弱くなって、エリオットに戻れたの?」
ミチルの問いに、エリオットは満足そうに頷いた。
「さすがおれの妻は理解が早い!あのクソ魔ジジイが死にかけてるのかもな!」
「妻じゃないし、クソ魔ジジイって……」
ミチルの突っ込みを聞き流して、エリオットは少し困った顔をした。
「だとすると、ちょっと困るな。おれはあいつに弟子入りして魔術を極めようと思ってたのに」
「ああ!エリィが言ってたね!」
驚きとゴタゴタで掘り下げ忘れていたことをミチルは唐突に思い出した。確かにエリィはこの城を出て魔術師になりたいと言ってた。
「この部屋にはな、クソ魔ジジイの書いた魔術書が沢山あるんだ。おれはそれをこの十年で全部読んで内容も全てソラで言える。だから後は本人から手解きを受けて……」
「受けて?」
エリオットはワルイ顔でニヤァと笑って言った。
「今度はおれがクソ魔ジジイの時間を止めてやるんだ」
「やっぱり陰険!」
ミチルの突っ込みもまた聞こえないふりで、エリオットはウツギの方を向いた。
「おい、誰か人をやってジジイの安否を確認しとけ。必要なら医者もな」
「は、かしこまりました。では早速……!」
ウツギはとっくに泣き止んでおり、冷静に一礼した後部屋を出て行った。
「さて、と。これで邪魔するヤツもいなくなったな」
「どうするの?」
ミチルが聞くと、エリオットはまたニヤァと笑って言った。
「このまま父上のところに殴りこみだ!」
……でしょうねえ。だいぶあーたが分かってきましたよ、ボク。
そしてそれはミチルにとっても歓迎すべき作戦だ。
でも、父親と対話するなんて重要なイベントについて行ってもいいのだろうか?
「行くぞ、ミチル」
「──うん!」
ミチルの心配は杞憂だったようだ。当たり前のように手を差し伸べてくれたエリオットに、ミチルは大きく頷いた。
「ついでにお前と婚礼を上げる許しをもらわないとな!」
「上げねえし!」
「あっはっは!」
ミチルの突っ込みを再三笑い飛ばして、エリオットはミチルとともに部屋から飛び出した。
エリオットは早足で、ミチルはほぼダッシュで城の廊下を行く。途中で使用人達がもれなく振り返った。中には悲鳴を上げる者や失神する者もいた。だがエリオットはそんなものを一切気にせず走り続ける。
リンゴーン……
それほど遠くない所から鐘の音が聞こえた。するとエリオットは急に立ち止まる。
「しめた、この時間なら父上は礼拝堂だ。邪魔が入らなくていい」
ニヤァと笑うエリオットは、まるで王様を狙う暗殺者のようだった。
大丈夫かな、ナイフなんて隠し持ってないよね?
ミチルがそんな心配をしているとも知らずにエリオットはすぐさま廊下を右に折れてミチルを促した。
「こっちだ、ミチル。まだ走れるか?」
「う、うん……ここまで来たからには死んでもついてくから……!」
息を切らせながら言うミチルの言葉に、エリオットはにまぁと笑っていた。
「いいぞ、さすがはおれの妻だ!」
「だから……妻じゃねえし!」
走っている廊下が絨毯敷きから石床に変わったので、ミチルが見てもこれがメインのものではないとわかる。
城の位置関係はよくわからないけれど、礼拝堂と言うからには政務などとは離れた場所にあるのだろう。
エリオットとミチルが突き当たった扉を開けると、青空が見えた。
そこは簡素な庭園のような雰囲気で数メートル先にこじんまりとした教会のような建物があった。
「うひょー!久しぶりの外じゃん!十年ぶりじゃん!!」
エリオットがおおよそ25歳らしくないハシャギぶりを見せる。
体は十年歳をとってもずっと軟禁されていたエリオットの精神年齢はそれよりも低いかもしれない、とミチルは考える。
「ギャル男みたいな言動だから、二十歳くらいなのかも……」
「うん?何か言ったか、ミチル?」
「いいええ!」
ミチルは慌てて首を振った。15歳のエリィ、25歳のエリオット、それから
それらが全て内包されたアンバランスなイケメンから、だんだんと目が離せなくなってくる。
「よし、ミチル。準備はいいか?」
エリオットの笑みは自信と余裕たっぷりで、王子様の貫禄があった。
「うん、もちろん」
ミチルもそれにつられてイイ顔で頷いた。
「さあ、
その扉の先に、絶望が待ち受けていることをまだ二人は知らない。