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8 反省しなさい!

「どうなの?謝りたいんでしょ!?」

 なかなか認めないエリィに、ミチルは痺れを切らしてテーブルをドンと叩いた。それにエリィは憤慨して言う。

「お、お前、偉そうにすんな!僕は王子だぞ!」

「オレ、この国の人じゃないもん!エリィはこれくらい言ってやんないとわかんないでしょ!?」

「むむむ……」

「とにかく、お父さんに謝ってこの部屋から出してもらう!それが一番早くて最善!」

 ミチルはお兄さんぶってエリィに言った。生意気な子を叱りつけるってちょっと気持ちいい。

「……わかった」

「よおし!良い子!次にウツギさんが部屋に来るのはいつ?」

「昼食を運んでくる時だ」

「なるほどね、じゃあその時に王様に伝言を頼みなよ。ちゃんとした態度でね!」

「……」

 エリィはまだ納得がいかない顔をしているので、ミチルはまた軽くテーブルを叩く。

「返事は?」

「……わかった」

「オッケー!」

 ミチルは満足してエリィに笑いかけた。

「頑張ろうね、エリィ!」

「!」

 するとエリィは何故か頬を赤らめて一瞬固まった。
 
「ま、まあミチルがそこまで言うなら……」

 それから昼食の時間になるまで、エリィとミチルはトランプゲームで遊んだ。
 ミチルはポーカーなんてしたことがないので、役を覚えるのが大変で、その様子をエリィは嬉しそうに笑った。




「うふふぅ!これで僕の30勝目だな!」

「難しいよぉ、7並べにしない?」

「ダメえ、ミチルはすでに僕に借金してるからな!」

 賭けポーカーは犯罪です!
 ミチルは焦ってエリィに訴えた。

「勝手に人を負債者にすんな!」

「うふふぅ、ミチルはもう僕にキッスを30回することになってるんだ」

「安定のエロガキ!」

 そんな風にギャーギャー騒いでいると、部屋のドアがノックされた。

「坊っちゃま、昼食をお持ちしました」

 執事のウツギの声だった。

「そうか。入れ」

 エリィは少し偉そうな態度に戻って答えた。するとウツギがワゴンに食事を乗せて部屋に入ってくる。

「……随分と楽しそうなご様子でしたな」

「うん!ミチルとポーカーしてた。僕が30回勝ったから今夜は30ぱ──」

「下ネタはよせええ!」

 ミチルは大声でそれを制して、エリィにあの話題を促す。

「エリィ!エリィ!そんなことより、アレ、アレ!」

「ああ、うん。あのな、ウツギ……」

「何でございましょう?」

 ウツギはテーブルに食事を並べながら返事をした。ミチルの目の前には再び美味しそうなご馳走が並んでいく。

「ち、父上に伝言を頼みたいんだ!僕はとっても反省した!だから言いたいことがあるって!謝罪を受けて欲しいって!」

 すると、ウツギはガチャン、と皿を取りこぼして目を見張りながらエリィを見つめた。

「そ、それはまことでございますか?」

「うん、僕は真面目に父上に謝りたいんだ!」

 エリィがそう言うと、ウツギはパンを放ったらかして急いでこちらにやって来た。

「坊っちゃまあああ!左様でございますか!ついにそのような立派な御覚悟をされたんですねええ!」

「う、うん……まあな」

 今にも泣き出しそうなウツギの反応は、さすがのエリィもちょっと引いていた。

「じいは嬉しゅうございます!坊っちゃまのお世話を続けて幾星霜、このような誇らしいことは坊っちゃまが生まれた時以来でございます!」

 ウツギはとうとう泣き出した。おいおいと泣く姿に、ミチルもだいぶ引いた。
 一体エリィは今までどんだけ悪逆の限りを尽くしてきたんだか。

「う、うん。だから、父上に伝えてくれる……?」

「もちろんでございますとも!じいは命をかけて王様に進言いたします!こうしてはいられない、ミチル様、食事のご用意を頼みます!」

「え、ええ!?」

 ウツギはミチルが承知する前に、脱兎の勢いで部屋を飛び出していった。

「今日は()き日ですぞおおお……!」

 そんな雄叫びを部屋に残して。

「は、はは……」

 ミチルは驚いたけれど、とても嬉しかった。エリィの我儘にただ付き合う執事じゃなかった。ちゃんとエリィを心配して見守っていたんだ。

「ええっと、お昼の支度はどうやれば……?」

 ウツギがほっぽり出した料理を見ながらミチルが途方に暮れていると、エリィはまだワゴンに乗っているチキンをむんずと掴んで食べた。

「いい。適当に食べよう。僕は一度こうやってワイルドに食べてみたかった!」

「うーん、これから謝る人の態度じゃないなあ……」

 ミチルも作法がわからないので、皿に好きなものをよそって食べることにする。
 エリィはなんだかとても楽しそうだった。




 二人で昼食をたらふく食べて、ミチルは食器を全てワゴンに戻し、ウツギが戻って来るのを待った。
 エリィもそわそわして落ち着かない様子であった。

「遅いなあ、ウツギ……」

「まあ、王様ってものすごく忙しいイメージだからねえ」

 エリィは少し不機嫌になって、指でトントンとテーブルを叩きながらウツギを待った。
 すると暫くして控えめなノックの音が聞こえた。

「ウツギか!?入れ!」

 エリィが立ち上がって言うと、いっそうシワシワになったウツギがどんよりとした顔で入ってきた。

「坊っちゃま……」

「どうした?」

 ウツギはその場で土下座して泣いた。

「申し訳ございません!じいは、じいは死んでお詫びをいたしまする!!」

「ええっ!?」

 ウツギの剣幕にミチルは驚いて動けなかったが、エリィは冷静な態度でツカツカと近づいてウツギの側で跪く。

「何が、あった?」

「……陛下に御進言申し上げたのですが、坊っちゃまと話すことは何もないと。まだ謹慎しているようにと……」

「──!」

 ミチルは衝撃に打ちのめされた。そんな仕打ちがあるだろうか。エリィはこんなに反省(?)しているのに。
 とんでもねえ親だと、ミチルはうっかり悪態をつきかけてそれを飲み込んだ。
 何故ならそれを聞いたエリィが驚くほど冷静で、泣き喚くウツギに慈愛の言葉をかけたからだ。

「そうか、わかった。泣くなウツギ、僕が悪いんだ。急にそんなこと言っても父上もお困りだったのだろう」

「ですが坊っちゃま!わたくしはちゃんと御説明申し上げたのです、ですが王様はお聞き入れにならず……あんまりな仕打ちでございます!」

 ウツギの言葉は忠臣そのものではあった。だが、ミチルは少し違和感をまた感じていた。
 しかしエリィは優しくウツギを宥める。

「いいんだ。こういうのは根気よくやらなければ。父上もいつかきっとわかってくださる」

「坊っちゃま……なんとおいたわしい」

 ウツギの掠れた泣き声が、しばらく部屋を満たしていた。

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