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7 放蕩王子

「僕が、第五王子で母上の身分が低いって話はしたな?」

「うん」

 ミチルは真面目に頷いた。やっとエリィが事情を話し始めたからだ。

「母上はな、貴族ですらない。この城の水汲み女だったんだ」

「なあに、それ?」

「文字の通りだ。井戸から生活用水を汲んで回る使用人だ。使用人の中でもランクは最低の方」

「へー」

 受験用の歴史しか学んでいないミチルは、それがどんなに過酷な職業かはわからなかった。
 だがエリィもそこを深掘りはせずに話を進める。

「まあ、その女が、なんでかの拍子で王の寵愛を受けることになった。側室には迎えられたけど、そこでも当然最低ランク」

「ふむふむ」

「その女が産んだのが第五王子の僕。大人しく姫でも産んどけば日陰でも生きていられたのに、王子なんか産むもんだから──」

「……だから?」

 エリィは少し躊躇った後、ミチルを睨んで言った。

「他の側室達にイビリ殺された」

「!!」

 ミチルは衝撃で言葉が出なかった。いつだったかお母さんが海外ドラマでそんな感じのものを見ていたことを思い出す。
 それが、ここでは現実にあるんだ。ミチルは鳥肌が止まらなかった。

「僕は母上の顔を知らない。生まれてすぐに死んでしまったから。僕の側にいたのはウツギだけだった」

「……」

 ミチルはなんと言っていいものか分からなかった。ミチルの人生とあまりにもかけ離れていたから。アニーの時も思ったけれど、暢気に平和を享受してきた自分が情けなかった。

「母上が死んだことで、僕は父上から隔離された。側室達が多くいるところでは僕まで暗殺されかねないから」

「え……じゃあ、それからずっと監禁されてるの?」

「いや、その時は違う。目立たないようにまるで存在していないように、王宮の外れに寄越されたけど自由はあった」

「存在していないように……?」

 ミチルが気になった箇所を反芻すると、エリィは大きく頷いて憤慨を表した。

「そう!僕は父上に見捨てられたんだ!王位からも遠ざけられて、いや、王位なんて興味ないけど!人知れず陰で育てられて、どうせ敵対国に人質として婿に行かされるのが関の山さ!」

「な、なるほど……」

 エリィの剣幕にミチルはそう相槌を打つしかできなかった。そしてエリィは更にヒートアップして言った。

「冗談じゃないよ!それならこっちもやり返してうんと困らせてやる!って僕は思った!」

「過激だなあ……何したんよ?」

 ミチルが聞くと、エリィは興が乗ってペラペラと悪事を並べ立てた。

「まず、使用人を片っ端からクビにした!それからコックには何度も食事を作り直させてノイローゼにした!それから家庭教師を精神的に追い込んで入院させてやった!」

「思ったより陰険!!」

 ミチルは被害に会った人達に同情した。

「極めつけは……」

 エリィはニヤァと笑って言う。

「入ったばかりの侍女を三人まとめて寝所に連れ込んだ」

「酒池肉林!」

 ミチルは思わず青ざめる。なんてエロガキだ。同情の余地はないのでは?

「勘違いするな、僕は酒なんか一滴も飲まないぞ、頭が悪くなるからな。侍女達とは一晩中カードゲームで遊んだだけだ」

「なんだ。でもそれのどこが極めつけなの?」

 ミチルの問いに、エリィは更にニヤニヤァと笑って言った。

「侍女達にはな、金貨を沢山握らせて解放した。王子様に酷いことされたって泣き喚けって命じてな」

「陰険MAX!!」

「そこまですれば、そんな素行の悪い王子は婿にも出せないだろ?でもさ、やり過ぎちゃったみたい」

 ミチルにも顛末が見えてきた。どう考えても、父親の逆鱗に触れるのでは?

「父上はもう、血管切れるほど大激怒してさ」

「罰として、監禁されてるんだ?」

「まあね、そういう事。ていうか監禁は副次的なもんだ、元々の罰は──」

「?」

 エリィは何かを言いかけてやめた。

「まあいい。そのうち言う。で、どうする?ミチルはどうやって城から出るんだ?」

「ええー?オレに聞かれても。でも出ないと始まんないし……」

「出られないんだから出なくていいじゃないか!僕とここで暮らせばいい」

 またそういう事を言う。それがエリィの本心ではないことはミチルにもなんとなくわかっていた。

「ミチルは、きっとカミサマが僕のために寄越してくれたんだ!だからずっとここにいればいいよ!」

「……そういうヤケクソな発言は良くないと思うなあ」

「……」

 エリィは黙って不機嫌になってしまった。けれどミチルは年下のことなのでちょっとお説教くさく言う。

「エリィはさっき『やり過ぎちゃった』って言ったよね。それって少しは反省してるってことでしょ?」

「それは……」

「早くお父さんに謝った方がいいよ。それでちゃんと『人質になんか行きたくない』って言いなよ。これからは真面目に頑張りますって」

「だって……」

 エリィは口を尖らせて拗ねた顔で言った。

「父上はあれから僕に会ってくれないんだ」

「ええ……」

「僕だって最初は謝ろうとした!だからウツギに頼んだんだ!でもさ、父上は僕には会いたくないって言ってるんだって」

「うーん、怒りは深いのかあ……?」

 ミチルは何か違和感があった。直ぐには許さないのも躾ではある。でも子が、しかも年少の子どもが謝ると言っているのにそれを受けない親がいるだろうか?一国の王様、つまりは国一番の人格者であるべき人が。
 いや、その前に別の違和感も感じる。でもそれが何なのか、ミチルには今のところわからなかった。

「だからさ、父上の怒りがおさまるまでここからは出られないんだ」

 エリィは諦めているようだが、ミチルはそんなのんびりもしていられない。

「あのさ、今もエリィはお父さんに謝りたいって思ってるんだよね?」

「う……ううぅ……」

 ミチルの問いに、エリィは苦虫を噛み潰したような顔で唸った。

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