ゴンゴニア植民地長官就任
「ご主人様、そろそろ到着でございます」
「うん、わかった」
転生してから20年の付き合いになる獣人老執事のタニエットに起こされ本を片付けた。
窓の向こうには蒼い水平線と煉瓦作りの街並みが微かに見える。
貴族の少年ビクトル・フォン・ノイマルクに転生してから20年前世と合わせれば45年生きている事になるが、どちらの世界でも落ちこぼれである。
身だしなみを整えるために1等客室備え付けの黄金で縁取られた姿見に目をやる、長身の金髪、碧眼に大理石を思わせる肌、誰が見ても美少年だと言う事は確実だ。
「タニエット、あとどれほどかかる?」
「はい、30分ほどかと」
ブリドン帝国随一の大貴族出身だが出発前には虎族のタニエット以外誰一人着いてこようという者もおらず、父も着いて行かせる気はなかった。
何故かと言えば帝都の学院を3年連続で留年した挙句作法等貴族としての最低限も満足にこなす事は一切出来なかったから…と長男から聞いた又聞きである。
汽船がコンクリートの岸に着き、汽笛を吹き上げた。
「下船でございます、岸辺に迎えの兵を待たせておりますのでデッキへ上がりましょう」
全ての荷物が入った鞄を片手にラダーを上る。
ふと岸を見ると本国では使われなくなって久しいボルトアクション式単発小銃を手にする兵二人を従えた若い将校が直立不動で立っていた。
「ノイマルク長官ですね?」
タラップを降りると早速声をかけられた。
「いかにもそうだが、年が近くて驚いたか?」
「いえ!紹介遅れましたがゴンゴニア植民地政府軍のヨハン・ミューラー少尉であります」
陸軍式の敬礼をしてくれた彼らと共に首都アイザンブルクの行政府へ馬で移動した。
長官室にて荷物を整理したのち
「それで就任式はいつ行う?」
「それは中止させていただきたいです」
ミューラー少尉は悲痛な表情で言った。
「何故です?」
タニエットから若干の怒りが漏れている。
「前任者が襲撃されてしまいましたので」
出国の数ヶ月前、本来なら交代式を島で行う予定が現地の騒ぎで本国の港で行ったのを思い出した。
「もめ事の内容は反逆か?」
「そうなんです、兵士の数が足りなくて」
申し訳なさげで泣きそうな表情である。
「とんでもない場所に来たもんだな、この土地の事を詳しく教えてくれ」
「では私が教鞭を取りましょう」
タニエットが本棚から分厚い本を取り出して言う。
「知っているのか?この土地を」
「元々この島の王族でしたから」
侘しい空気感でポツリと話し出した。
「実は私この島でかなり強権的に振る舞っていた王の息子でして、当時戦争相手だった帝国政府に保護され平民として生きる事を認められました」
「それでそのあとは?」
「ビクトル家の戦列歩兵連隊に入隊して武功を上げまして戦傷を負うと家中の手伝いをする事になりました」
「なるほどな、帰れると踏んでついてきた訳だな」
「まぁそう言う訳です」
「では本題に入りましょう」
鋭い爪で本を開く。
小一時間のち内容をまとめると
植民地政府軍備(50年前の旧式装備)
作物(サトウキビ・コーヒー豆・カカオ・ゴム)
人口(200万人)
面積(約105,000 km²)
「王政時代の農園が一部残存していたのがまだ良かったですね、なければ本当に危うかった」
「鉱山は無いのか?」
「輸入頼りでしたからな、調査もしていません」
「本国に調査依頼をしてくれ、金は出す」
「返答は1ヶ月後になります」
「あぁそれでいい」
「治安については如何しましょう?」
それまで黙っていたミューラー少尉が声を出す。
「総兵力は?」
「150人ですが行政府などの警備に人員を当てているので実際に使えるのは100名です」
「すっくな!」
「全然足りませんし実効支配出来てるのは各地にある3つの都市くらいです」
「そらそうだわ」
「しかし何故指揮権が君みたいな少尉に渡されて居るんだ?中隊規模なら大尉クラスだろ?」
流石は従軍経験者タニエットである。
「本来上官の中尉が居ましたが数ヶ月前に行方を隠してどうやら前長官の船に同乗し逃亡したようです」
「どんな人物だ?」
「島へは戦場での掠奪行為で追放同然で派遣されてかなりよろしくない事ばかりしていました」
「具体的には?」
「我々より更に旧型の武器や物資を現地部族へ売りつけていたようです」
「なんてこった!本国に電報打て!直ぐに知らせろ!」
「ハッ」
少尉は部屋から駆け足で出て行った。
「いかんな、隠蔽体質なのかもしれん」
「軍に居た頃は時折ありましたね」
そう話しながら資料を読み込んでいく。
窓から入るオレンジ色の光で目を覚ました。
どうやら机に突っ伏していたらしい。
「お目覚めになられましたか」
タニエットの声で脳をフル回転させる。
「タニエット、一度戻って本国から兵員の補充人員を集めて欲しい、訓練はここでやるからパブなんかで無職者を捕らえてくれ」
「何をするのですか?」
「植民地支配を明確にしていつの日か、国に戻ってやるんだよ、兵を10人連れて幸い金はあるから親父からの手切れ金100万金貨の内10万を渡す」
「出来るだけ良い人物を選んできます」
「今回の仕事が終わればお役御免でいいが、どうする?」
少し悩み込んで。
「いえ、一族で恨みを買っていますから」
心なしか寂しそうだった。
壁にかけられた地図を見ながら朝食のスクランブルエッグを食べる。
ジャガイモか卵を思わせるゴンゴ島には獣人部族が幾つかある、虎・犬・猫その他幾つか。
「なんとかならないかな」
何処ぞの馬鹿が密輸したマスケット銃で武装した彼らを鎮圧し我々の支配下に組み込むのは至難の業である。
「獣人は身体能力が高いですからね、技術力の差を埋めてくると思われます」
執事が淹れてくれた紅茶を飲みながらもの思いに耽る、1週間後には彼は本国に戻るのだから質問するなら今のうちだ。
(前世の授業内容あんまり思い出せんなぁ、植民地開発のノウハウも無いし砂糖等南方の産物は他国から仕入れてるし)
この島は三代前の皇帝が補給地として占領した僻地であるから、全く開発されていない。
「開発に成功しなければ貴族処罰法が適用され私と同じ身分に落とされる恐れがあります、どんな事をしてでも開発に成功して下さい、私は恨みませんしあなたが平民になるのは1番いやです」
その目は座っていた。
「もちろんだ、何が何でも成功させる」
昼からは各地の農場を見て回ることになった。
「中々慣れないな」
本国に居た頃はガソリンで動くT型フォードに似た車で移動していたがここでは燃料が手に入らないのでもっぱら馬車である。
ガラガラと揺れて座席で尻が痛む。
「あれがサトウキビ畑です」
目の前一面に茂るサトウキビが窓一面に映る。
「砂糖どれほど取れる?」
「島全て合わせても僅かです、なんとか黒字を保っていますが」
側に見える爬虫類系の人々が働く砂糖工場はやたらと古い。
「蔦が茂っているが稼働しているのかね?」
「いえ、生産量で言えばあそこを使う必要性はない位なので中の機械は確か首都の倉庫に仕舞ってあるはずですよ」
根本的に色々杜撰である、生産量を多くしようとする気がそもそもないらしい。
他にもコーヒー・カカオ・ゴムと回ったが最低限の量しか生産されておらず輸出して外貨を稼ごうとかそのようなことは一切考えて居ないようだ。
「この島の産業は以上です」
「工場は?」
「ありませんよ、精糖工場とカカオやゴムの小規模な加工施設はありますが」
馬車からは一面にツタの広がる畑が見える。
「あれは?他より数倍大きいが」
「主食のジャガイモです」
飯には困って居ないようだ。
「初めにジャングルを切り開くか、人件費が嵩むなぁ」
赤煉瓦の行政府に戻って悩み込んだ。
「タニエット?この島には爬虫類系の獣人は多いのか?」
「あまり居ませんね、王政時代から見た目も影響して迫害されて居ましたから」
(なるほどな、良い事を思いついたぞ)
「よし、早速法令を発布しよう」