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6 胸が焦げる

 アルブス王国への道は比較的安全なものだった。
 ミチルが以前訪れたカエルレウムの街・ヴィオラ周辺とよく似ていてのどかな草原地帯が続く。
 馬車の往来も頻繁なようで、それらが通った後が濃く残っており街へ続く標となっていた。

 ジェイとアニーは一言も喋らずに歩き続けている。
 初対面なのだから無理もないが、ミチルはビミョーな緊張を感じて少し疲れてしまっていた。

「ねえ、ジェイ。あとどれくらいかな?」

 ミチルが聞くと、ジェイは立ち止まって地図を開いた。

「そうだな。この調子で歩けば日が沈む前に王都のコンバラリアに着くはずだ」

「げっ!じゃあまだ何時間も歩くんだ!?」

「そうだが」

 ジェイはケロッとしている。息が乱れた様子もない。
 体力バケモノめ!こちとらコントローラーより重たい物は持ったことがないんじゃい!

 ミチルがげんなりしていると、アニーから援護射撃が飛んできた。

「ミチル、疲れたんじゃない?少し休もうか」

 アニー!なんて気遣いの紳士!
 ミチルはそれに甘えてその場で座り込んだ。

「うん……疲れた。それにお腹も減ったよ……」

 だがミチルもアニーも手ぶらだ。補給は絶望的だと思われた。

「そうだな。ではここで昼食にしよう」

 ジェイは背中に背負っているリュックのような大荷物を下ろす。

「ジェイ!?なんか食べ物持ってんの?」

 ミチルがサカサカとそのリュックに近づくと、ジェイは当然の様に頷いた。

「もちろんだ。昨日寄った街で食料を補充した。予定より早く着きそうだから三人で食べても充分な量がある」

「まじぃいい!?やったああ!!」

 ミチルは目を輝かせて両手を上げて喜んだ。

「ミチルが喜んでくれて嬉しい」

 つられてジェイも笑顔を見せる。食べ物を持っているアドバンテージで、その顔はカミサマに見えた。

「さあ、食べてくれ」

「うわあ!パンだああ!ハムが挟まってるー!」

 ミチルは大喜びでハムサンド的なパンにかぶりつく。

「アニー殿も食べてくれ」

「お、おお……悪いな」

 アニーは少しぎこちない仕草でジェイからパンを受け取った。

「もぐもぐ……ごめんね、ジェイ。はむはむ……オレ達、あむあむ……手ぶらで、うまうま」

「──はは。ミチル、食べながら喋ると変な所に入るぞ」

「うんうん、もぐもぐ……まぐまぐ」

「ミチル、包み紙まで巻き込んで食べているぞ」

 言いながらジェイはミチルの口元を指で掬い上げて、ゴミを取り除く。
 そう。これは必殺・おべんとつけてかわいいな、の術!

「モガーッ!!」

 興奮したミチルは当然パンを喉に詰まらせる。

「ミチル!」

 アニーは咄嗟にミチルの背中を摩った。

「ミチル、水だ。飲め!」

 ジェイは皮袋でできた水筒を差し出した。

「ごくごくごくっ!」

 ミチルは勢いよく水筒を飲み干した。疲れで乾いた喉に、乾燥したパンなど食べたら当然の帰結である。

「っはー!ありがと、ジェイ、アニー」

 ミチルは二人を交互に見た。

 うん?

 右にジェイ。左にアニー。

 やだああああっ!イケメンに挟まれたああああっ!
 何これ、なんのご褒美ぃ!?ご褒美すぎなぁい!?

 ……などと心中は取り乱しているが、ミチルは表に出すのを懸命に堪え黙々とパンをまた食べる。
 口を塞いでいないと喜びの叫びが出てしまうのだ。

 ミチルは頑張って黙って食べ続けた。その代わり赤面して脳天からは湯気が出ていた。

 沈黙が流れる。

 初対面のジェイとアニーに共通の話題などあるはずがない。
 橋渡しをするべきミチルが黙っていては気まずいのに、ミチルもまだ喋れる状態にはなかった。

「……二人は、ルブルムで、その……何をしていたんだ?」

 ジェイがぎこちなく口を開く。ミチルはかなり驚いた。

 ウソだろ、こいつが気を使った!沈黙に耐えきれず雑談をしようとしている!
 あれか、王宮に勤めるようになって、身分が高い人達に囲まれて学んだのか!?

 対人関係は、なんかもうめんどくさい。
 そんなことを棒読みで言っていたあのジェイが……
 
 ミチルはその成長ぶりに涙が出そうだった。だが泣いている場合ではない。
 ジェイの心意気に軽快トークで応えなければ!

「ええっとね、アニーに初めて会ったのはさ……」

 言いかけてミチルは言葉に詰まった。
 おじさんにナンパされてぱっくんちょされそうになった、なんてどう言えと!?

「ミチルが酔っ払いに絡まれて困ってたのを、俺が助けたんだよ」

 アニーがサラッと綺麗に説明してくれた。さすが大人は頭がいい!

「そうか、やはり貴殿は頼りになる御仁だ」

 ジェイはアニーを羨望の眼差しで見つめた。
 それに少しカチンときたアニーは饒舌になって続ける。

「怖い目にあってミチルが泣き出しちゃってね、俺の家にそのまま保護したの。何せ俺に縋っておいおい泣きじゃくるから可愛くってね」

 おい、アニー。

「夜も遅いから泊まっていきなよって言ったらミチルは可愛く喜んだよね」

 ちょっと、アニー。

「一人じゃ寂しくて眠れないって言うからさ、一緒に寝てあげたの。俺にぴったりくっついて眠る顔がまた可愛くてねえ!」

 おおおおい!寂しくて眠れなかったのはお前の方だろがあああっ!

「……」

 そこまで聞いたジェイはすっかり放心していた。

「いや、ジェイ!アニーの話はちょっと、大袈裟というか後半は大嘘というかだね?」

 ミチルがあわあわしながら弁解しようとしたが、ジェイは俯いて表情を暗くしていた。

「……ジェイ?」

「あ、ああ。すまない。なんだか、こう……胸のあたりが重たいというか、なんか焦げるというか……」

「大丈夫?」

「むう……パンに挟まっていた肉が傷んでいたのか?」

 ジェイは胸を押さえながら首を傾げていた。
 体力バカのジェイが薄いハムが傷んだからと言って腹を壊すはずがない。

 アニーはそんなジェイの姿を見て、ニヤニヤ笑っていた。

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