眠隊2
白石は天艶さんの方をちらりと見てから佐々木君に言った。
「お? その子はひょっとして恭介のガールフレンドかい?」
「うん。友達。席が隣になったんだ。天文部部長の天艶ほたるさん」
「初めまして」
天艶さんは白石にペコリと頭を下げた。
白石は天艶さんをじっくりと観察してからニヤリと笑った。
「へぇ~。桜ちゃんというものがありながら、なかなか隅に置けないな我が弟は。……あー弟じゃねえわ間違えた。なんだっけ、私たちってどういう関係なんだったっけ? 幼馴染?」
「あれ、話さなかった? 天艶は僕たちが兄弟ってこと知ってるよ。忍者ってこともね。だから変に誤魔化す必要はないよ」
「ん? そういえばこの前なんか聞いた気がする。眠くてあんま聞いてなかったけど。そうそう。私はクノイチなのだ。すごいでしょ? シュッシュッシュ! ってね」
白石は手裏剣を投げるジェスチャーのつもりなのか、手のひらを擦り合わせた。
「おぉ……。すごいです!」
天艶さんは感嘆の声を漏らした。
俺は全然話についていけてなかったが、後で白石に訊けばいいやと思って何も言わないでいた。
「ってか部活の見学行くんでしょ? 早くした方がいいんじゃないの?」
佐々木君の言葉を聞いて、白石はハッとしたように時計を見た。
「確かに。すまぬ。私はゆかねばならない。また今度ゆっくりお話ししようね、ほたるちゃん」
「はい。是非」
「あ、ってか帰ってから電話しない? 今スマホ持ってる?」
自分のスマホを取り出そうとする白石に対して天艶さんは申し訳なさそうに言った。
「えっと……。すみません。私スマホ持ってないんです。今持ってないって意味じゃなくて、そもそも持っていないって意味で」
「そうなのかー。ちょっと残念だな。まぁそれなら仕方ない。では、また会おう! さらばだ! 行こう松本君」
「え、うん。分かった。行こう」
切り替えが早すぎてびっくりして一瞬出遅れたが、歩き出した白石の後に続いて俺も足を踏み出した。
それから白石は迷いのない足取りでズンズンと突き進んで行った。
俺は遅れないように、少しだけ早足気味に歩いた。
「説明不足が過ぎるから、今から簡単に説明しよう」
白石は歩きながら突然そう言って話し始めた。
「今から行くのは眠隊、お昼寝する部活を見学しに行きます」
「おう」
「そしてなぜ松本君をお誘いしたのかというと、花火ちゃんは部活で、燈花ちゃんは生徒会がどうたらで無理そうだったからです」
「なるほど」
「そんでもって、さっきの会話についてだけど」
「佐々木君や白石が忍者だとかいう話?」
白石は楽しそうに頷いた。
「そうそう。どういう流れだったかあんま覚えてないんだけど、さっきのほたるちゃんの中では私と恭介とけいが兄弟みたいな関係であることと、私たち三人が忍者であることが確定しているみたい。だから今後あの子と話すことがあったら話を合わせてもらいたいな」
「よく分からんけど、いいよ。協力する」
「ありがと~」
「……というか白石、ほんと明るくなったよな」
白石の笑顔を見て自然に漏れた感想だった。
「えぇ? そうかなぁ」
「小学生の時の自分を覚えてないのか? 俺、真面目に同一人物か疑ってるくらいなんだけど」
「まぁあん時はやさぐれてたからねー。……君はあんまり変わってないと見えるねぇ。確かに君の乏しい変化に比べたら私は随分変わったのかも」
「え? 俺変わってないかな。自分では結構変わったつもりなんだけど」
「背は伸びてるし、なんだか逞しくなったってのは認めるけど、中身はあんま変わってないよ。昔と変わらず面倒見がいいというか、人がいいというか。今日だって断れずにホイホイついて来ちゃってるじゃん」
頼んできたのが白石じゃなかったら断ってたさ。
心の中の理想の俺は格好良くそんなセリフを吐いているが、現実の俺はただ苦笑いするばかりだった。
そんなこんなで眠隊の部室前に到着した。
場所は特別教室が並ぶ、校舎の中でもひっそりとしたところだった。
隣は茶道部の部室らしい。
白石はさっそくドアをノックした。
「見学に来ました~」
「はーい。どーぞ」
「失礼しまーす」
白石と部屋の中の眠隊部員との間延びしたやりとりを聞いて、ここはのんびりした人間が集う場所なのだと改めて思った。
眠隊の部室には初めて入ったのだが、がっつり和室で床が畳で驚いた。
何人かの部員が布団を敷いて寝っ転がっている。
掛け軸には達筆な字で、数学は子守歌と書いてある。
俺と白石が入ってきたのを見て、そのうちの一人が布団をめくって体を起こした。
その人物を見て俺は驚いた。
クラスメイトじゃん。
「んー? あ~松本君と転校生さんだぁ。見学に来てくれたんだね。ありがとー」
「あれ? 確かあなたって」
「あ、もしかして顔覚えててくれてるのー? 一応自己紹介しておくと、同じクラスの
「こちらこそよろしく」
白石と睡酒は握手した。
「いやー、まさかクラスメイトに部長さんがいらっしゃるとは」
白石は感動したように言った。
そして何故か睡酒は俺にも手を差し出してきた。
「松本君も握手しよ~」
「え? あぁうん。ってか睡酒って眠隊だったんだな」
「そうだよー」
独特に間延びした話し方をするこの睡酒という生徒は、すごくマイペースな女の子だ。
俺は普段関わることがないから眠隊であるということも、その部長であることも全然知らなかった。
「みんなー。松本君と転校生さんが見学に来てくれたよ~」
睡酒が呼びかけると、一つの布団がもぞもぞと動き、眠そうな顔が出てきた。
他の布団は動きを見せない。
「……あぁ。松本か。あと転校生の……」
「白石天音だよー。あなたも確か二組の」
「松本の右隣の席の
白河は隣の布団を指差しながら言った。
「下の名前は……なんだったか。忘れたが、とにかく欠伸屋だ」
「……かなえでーす。よろしくお願いしますー」
白河の隣の布団から手だけが出てきて、親指を立てた。
「あぁそうだったな。こいつは欠伸屋かなえだ。そして私が白河夜船だ」
「夜船ちゃん。自己紹介二回目だよー」
睡酒がやんわりとツッコんだ。
「んー。他の人たちはガチ寝してるみたいだねぇ。でも二組の人は私と夜船ちゃんとかなえちゃんの三人だから、まぁ他の人については一旦置いておいてもいいかなぁ。ところで、お二人さんが知ってるのか分からないから一応言っておくんだけど、この部は正確には女子眠隊なんだよねぇ。だから女の子限定となっておりまして、残念ながら殿方は入部できないんですよぉ。ごめんねー松本君」
睡酒は穏やかに謝ってきた。
「ああ、いや俺は別に入部するつもりがあったってわけじゃなくて白石の付き添いで来ただけだから」
「あらーそうなの~。そういえばお二人さんは転校生さん、いや、えーっと……天音ちゃんがラッコーに来る前からの知り合いなんだっけ? なんか転入してきた日にそんなやりとりしてなかった?」
「同じ小学校だったんだよ。白石は途中で転校しちゃって、高校で再会したんだ」
「まあ、素敵ねぇ」
睡酒は眠そうに微笑んだ。
「私、寝るのが大好きだからこの部が自分にぴったりだなって思ってて入部したいんだけど、定員オーバーだったりするかな?」
白石が不安そうに訊ねた。
「いやいや~。全然余裕だよー。むしろ部員が増えるのはありがたいことだし、こっちからお願いしたいくらいかなぁ」
「ほんと!? やったー!」
白石は子供のように喜んだ。