第13話
レイヴンはその後、チンパンジーの群れに声をかける機会を見つけられないまま、彼らが群れの仲間の一頭の元へ向かい、その対象に対し金切声を挙げながらよってたかって叩いたり引っ掻いたり噛みついたりし始めるのを傍で眺めることしかできなかった。
「レイヴン」キオスが叫ぶ。「大変だよ。やめさせなきゃ」
「あいつらの言う『さばく』って、こういうことなのか」コスも戦慄を覚えたように茫然と呟く。
レイヴンは二人の声のおかげではっと我に返ることができたが、しかし彼には声を挙げることができなかった。
生態系のルールだ。
地球、我々から見れば他星の動物たちにおける、ずっと昔から続いてきたであろうしきたり、掟、種の保存を継続するための、法則。
彼らがつくり上げてきた、やり方がこれなのだ。
暴力の対象になっているチンパンジーが何をしでかしたのか、どういった理由で子の者たちはその者をいたぶるのか、レイヴンには──彼ら以外のすべての生き物には、理解し得ないのだろう。
「レイヴン」キオスが泣きながら叫ぶ。
「いじめだな」コスが汚らわしそうに呟く。
確かに、卑劣だ。倫理に悖る行為だ。我々の倫理に。だが彼らに取ってはそれが正規であり、正義なのだ。我々には──ぼくにはどうする術もありはしないんだ──
「へいへい、この馬鹿猿どもが」
その時、上空からそう叫ぶ声が聞こえ、その直後、仲間をリンチにかけていたチンパンジーたちが何らかの力を受け周囲に吹っ飛んだ。
暴力を受けていたチンパンジーはその場に蹲り、頭を抱えて震えていた。体はひどく傷つけられ出血し、重症のように見えた──あるいは重体なのかも知れない。
レイヴンはただ茫然と上空を見上げていた。
──半月……?
彼の脳裡に最初に浮かんだ言葉は、それだった。見上げる空には、たった一つの太陽は存在しているが、この惑星に付随するたった一つの月は見えていなかった。だからもう半月になっているのかどうかわからなかった。
──もう、あいつらが来る時期だというのか? いや、いささか早いのでは? カンジダの奴の勘違いか? それともレッパン部隊とやらの情報に齟齬があった?
めくるめく想いにただ茫然と身を任せるレイヴンだったが、上空から降りてきた『そいつ』は、頼みもしないのに彼に気づいたようだった。
「あれ、君はだれだっけ?」頼みもしないのに気さくに声をかけてくる。
「──」レイヴンは最初の一瞬こそ無視して立ち去ろうかと思ったのだが、考え直してもう一度上空を見上げた。「どうも。レイヴンだよ」こうなったらこいつらを、こちらの利得のために利用してやろうじゃないか。使える者はギルドでも使えってことだ。
「ああ、ホコリの一匹か」ギルドの者は声を高めて陽気に話しかけた。「君たち逃亡動物強制連行屋だよね。裏任務ご苦労様」
「これはまた、全然ねぎらってくれているように聞こえないな。不思議だ」レイヴンは微笑みながらカウンターを食らわした。「君は、かのギルド所属員だよね?」
「そうだ。私のコードはルルー」ギルドの者は誇らしげに名乗った。それから地球産植物の実の形を模したらしい機体のてっぺんで、地球産植物の葉の形を模したらしいブレードをくるくる回したり、止めたり、逆向きに回したり、また止めたり、速度を変えたりブレードそのものの位置角度を変えたりして、実に巧みにレイヴンの真ん前まで降りてきた。
チンパンジーの群れはとうに四散し、傷つきよろめいていた個体までもがさらなる恐怖に恐れおののき少しでも遠くへ逃げようと必死でもがいていた。
レイヴンはさすがにその個体を保護すべきだろうかという想いをほんの僅かながら抱いたが、それはもしかしたらギルドとの対話を少しでも避けたいと望む本心の現れにすぎないのかも知れなかった。
「ねえ、レイヴン」ギルド員──コードはルルーといったか──はじっとレイヴンを見つめた。地球産植物の実型の機体に二つ並んでついている、赤く光る目で。
──この機体が本体なんだっけ、それともこの中に本体が隠れてるんだっけ……
レイヴンは目を会わせないようにしながら「何だい、ルルー?」と応えた。
「君はさ、何か知らないかな?」ルルーはなおもレイヴンを無遠慮に見つめ続けている。
──ああやっぱりこの機体は作り物だ。これが本体なら、こんなに不躾にこんな近くで人の顔をまじまじと凝視したりしない。こいつは機械で、生物じゃない。
レイヴンが冷や汗を大量に掻きつつ思っていると、ルルーは声をひそめて言った。
「この星の動物たちが、我々に対して攻撃をしかけようと目論んでいるというようなことについて」