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第二十話☆心の傷

夕方、一人で買い物をしていると携帯が鳴った。

『もしもし、理香?』

何も話さない。

携帯を耳から離しディスプレイを見れば"通話中" になっている。

半日で何かあったんだろうか?

『学校が終わったらそのまま、家に来てね

今、外だから後でかけ直すね』

電話越しだから勘でしかないけど理香が頷いた気がした。

とにかく、早く帰ろう……

『もしもし、今何処に居るの?』

買ってきた物を冷蔵庫に仕舞い、着替えてから理香に電話した。

『もしもし』

「もしもし」

今度は返事してくれた。

『今何処?』

時刻は午後五時半。

「華蓮ん家に向かってる途中だよ」

『分かった、気をつけてね』

理香がどの辺に居るかはわからないけど
マー君よりは確実に早く着くだろう。

今日も泊まってってもらおう。

電話を切り、お茶の用意をすることにした。

理香が来るまでの間私はそわそわしていた。

二五分後、理香が来た。

二時間後、マー君も帰って来て夕飯を食べた。

明日は休みだから今後のことを話し合おうと思った。

『そうだ、さっき電話した時何かあったの?』

「あの時、華蓮から電話が来る少し前に
パパから電話が来てママと別居する
ことにしたって言われたんだ……」

そういうことか。

『知らなかったとはいえごめんね』

理香は首を横に振った。

「私こそ、電話してくれたのにごめんね」

優しいなぁ。

そんな電話の後じゃ仕方ない。

『じゃぁ、ちょうどいいな』

今まで黙ってたマー君がそんなことを言った。

「え?」

理香も頭の上に"?"を浮かべている。

『どういう意味?』

私も意味が分からない。

『つまり、理香ちゃんには
(うち)で暮らしてもらうのさ』

あぁ、そういう意味か。

「それは迷惑じゃ……」

謙虚だなぁ。

『私はいいと思うよ』

マー君の意見に賛成。

「本当にいいの?」

尚も聞く理香に私たちは頷いた。

理香だって、このままじゃお父さんと
気まずいままあの家で
暮らすことになりかねない。

『ね、そうしよう?』

言い出したのはマー君だけど私だって、そうしたいと思ってた。

『駄目だったら最初から言わないよ』

私とマー君は理香の頭を撫で二人で抱きしめた。

『そうだぞ』

荷物を取りに行くため三人で一度、
理香の家に行くことになった。

『理香ん家来るの久しぶりだね』

お泊りをしたあの頃には理香だって、
両親が別居するなんて思いもしなかっただろう。

「理香お嬢様!!」

廊下の向こうから走って来たのはあの時のメイドさんだ。

「お久しぶりでございます」

庶民の私にも相変わらず敬語だ。

『お久しぶりです』

私も挨拶を返した。

「そちらの方は?」

メイドさんはマー君を見て言った。

『私の夫です』

「パパに会った?」

私の隣に立ち少し俯いたまま訊いた。

「旦那様には私もお会いしていません」

申し訳なさそうに彼女は言った。

「そっか……

もしパパに会ったら私は当分華蓮ん家に居るって言っといて」

「お伝えしておきます」

一礼して彼女は行ってしまった。

三人で理香の部屋に向かい服や必要な物を
二つの大きめなキャリーケースに詰め込んだ。

『じゃぁ、帰るか』

長居する必要はないから用が済めば帰るだけだ。

荷物をトランクに積んで家に向かった。

今日から三人での暮らしが始まる。

「今日から宜しくお願いします」

理香に畏まられるとなんだか、変な感じだ。

『こっちこそ宜しくね

何かあったら直ぐに言うこと』

佐川家の掟三箇条は以下の通り。

①言いたいことは言う。

②泣きたい時は泣く。

③我慢はしない。

「分かった」


客室を理香の部屋にした。

『今日は外食にするか』

理香が家に来た記念だね。

荷物の整理が一通り済んで
リビングに戻るとマー君が言い出した。

「悪いですよ」

これは理香限定で掟を二つ程増やさなきゃだね。

『理香、遠慮しないこと、それから
敬語もなしね、分かった?』

「でも……」と
まだ何か言いたそうな理香にもう一度、念を押した。

「うん」

これでよし!!

『じゃぁ、今日は外食でいいな?』

マー君がさっきと同じことを聞いた。

「うん」

今度は迷いなく理香が返事をした。

『七時に出るからそれまで自由だ』

マー君も分かってるのだろう。

今の理香は心が傷付いている。

*初めて見た両親の喧嘩

*別居するとの事後報告

私だったらきっと耐えられない。

理香の心の傷を時間を掛けて癒していこうと決めた。

一緒に暮らしていく内に本当の家族の様に
なれたらいいと思った。

まさか、数年後の結婚式で
"お父さん""お母さん"と
呼ばれことはこの時は想像もしてなかった。

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