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6-9 いたわり

星弥(せいや)!気がついたんですね?気分は?」
 
 鈴心(すずね)がベッドに駆け寄ったが、皓矢(こうや)が張った結界のために近づけなかった。だが、声は届いている。
 
「うん……なんか、まだちょっとボーッとする──。えっ!?何あれ?」
 
 起き上がった星弥は目の前で兄が黒い獣と対峙しているのを見て驚いて声を上げた。
 
「ライが(ぬえ)化したんです。貴女への仕打ちにとても怒った後──」
 
「ええ?なんで?──あれ?なんか周りが変」
 
 事態が飲み込めていない星弥にとっては、整理がつかないような光景だった。更に自分の周りに厚いガラスのような壁を感じて首を傾げる。
 
「お兄様が貴女の周りに結界を張りました。危険ですから動かないように」
 
 鈴心が説明すると、星弥は納得がいかずにもう一度確認した。
 
「どうしてわたしだけ!?ねえ、あれは本当に(ただ)くんなの?」
 
「そう、です……」
 
 鈴心は俯きながら答える。絶望に塗れた顔で。
 
 そんな痛々しい鈴心の姿を見た星弥は、結界の壁をまるでガラス窓を叩くようにドンドンと打って皓矢に訴えた。
 
「兄さん!出して!わたしをここから出してよ!」
 
「星弥!じっとしていなさい!」
 
 皓矢は鵺に術をかけながら余裕のない声で星弥に向けて怒鳴る。少しでも気をとられたらこちらが殺されると直感していた。
 
「兄さん!唯くんが、唯くんが泣いてる!苦しいって泣いてるんだよ!」
 
「……ガッ、アァ……」
 
 鵺の苦しむ姿と星弥を見比べて、鈴心は目を丸くした。
 
「星弥、わかるんですか?」
 
 星弥は更に苛立って結界を拳で叩き続ける。
 
「すずちゃんにはわかんないの!?周防(すおう)くんはわかるんでしょ?ねえ、泣いてるよ、側にいてあげなくちゃ……」
 
 そんな星弥の姿に(はるか)は鳥肌がたった。
 
「何なんだよ、お前──」
 
 どうしても破れない結界に頭を押しつけて、星弥がその名を呼ぶ。

  
蕾生(らいお)くん……」

 
「ガアアァ──」
 その声の方向に耳を傾けて、鵺は大きく息を吐いた。
 
「ライ──?」
 
 永が注視していると、鵺の目が真っ赤に光り、皓矢にかけられた術を破った。
 
「アアアアッ!!」
 
「──しまった!」
 
 星弥に気を取られ過ぎた。皓矢は次の術を発動しようとするが、鵺の怒りの咆哮はそれをたやすく跳ね返す。
 
「オアアアアッ!!」
 鵺は咆哮し続け、身体中の毛を逆立てている。
 
 皓矢の危険を察知した青い鳥は星弥の結界を解き、すぐさま皓矢の下へ飛んだ。その青い大きな羽が主人を壊されていく壁の破片から守る。
 
 鵺は叫び声だけで後方の壁を破っていた。上辺が剥かれるとガラス張りの水槽が顔を出す。
 
「アアアアアア──!」
 
 それは詮充郎(せんじゅうろう)が万全を期した防弾ガラスだったのだが、いとも容易く割れた。その中から鵺の遺骸が二体、鵺を取り巻くように宙を彷徨い始める。
 
「なんと──!」
 目の前の光景に詮充郎は目を見張った。
 
 二体の遺骸は、鵺を囲みグルグルと回った後突然弾けて跡形もなく消えた。床に石のようなものと何かの破片が乾いた音を立てて落ちる。
 
「ガハアッ──!」
 
 残された鵺は咳き込むように息を吐いた。
 その口元から同じような鋭い形の石が飛び出して床に落ちた。その何かはわからない三つの物体がチカッと光った次の瞬間、鵺の身体が金色に光り始めた。
 
「あれは──」
 
 その物体三つに、永は見覚えがあった。しばしそれに目を奪われていたが、鈴心が叫ぶ声で我に返り鵺の方を見やる。
 
「ハル様!ライが!」
 
「え──」
 
 それまで禍々しいほどに漆黒だった毛並は全て金色に、瞳も黄金に煌めき、まるで気高い狒々のように穏やかな表情で立つ鵺の姿があった。

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