第8話 黒雲
舞台俳優のような仰々しさで
「うっ──」
「
その声をいち早く察知して
「あ、あ、あああああ──!」
意識もないまま、苦痛に顔を歪ませて叫ぶ星弥を見て、鈴心は金切り声を上げる。
「星弥ァ──!」
このまま何も出来ずに星弥を失うしかないのか。
その苦痛を与えているのは、祖父であるという残酷な事実。そこに星弥も詮充郎も気づかない。悲劇を通り越して地獄のようだった。
「ふふ……いいぞ、もうすぐだ」
期待を込めて星弥を見守る詮充郎の腕を、突然力強く掴む者がいた。
「どうした? ケモノの王よ」
「ふざけるな……あいつの
その顔は怒りに燃えており、髪の毛が逆立つほどのオーラを放っていた。黒く、とても禍々しい。
「いけない、ライくん! 落ち着け!」
しまった、と永は思った。
星弥を助けることに集中し過ぎて蕾生に気を配ることができていなかった。優しい蕾生がこんな状況下で何をするかは、容易く予想できたのに。
「ぐああっ!」
詮充郎が痛みのあまり刀を握る力を緩めると、蕾生はそれを奪い取って力任せに床に投げ捨てた。
「なっ──」
「あいつの
蕾生は怒りに任せて怒鳴り散らす。眼前の詮充郎に対してどんどんとそのボルテージを上げていった。
「ライ!!」
「お前は、許さないッ!!」
もう、永の声も届いていなかった。蕾生を取り巻く黒いオーラは次第に
「ライ! よせ!」
「ダメ、ライ!」
永と鈴心は同時に蕾生の元へ走る。
「うわあっ!」
「ああっ!」
だが、既に蕾生の全身は黒雲に覆われてしまい、その黒雲に二人とも弾かれた。
「お祖父様!」
蕾生のすぐ側にいた詮充郎をタックルするように皓矢が覆い被さり、そのまま数メートル離れる。
「あ、ああ……」
「これは──」
詮充郎は苦しげに喘ぎながらも目の前で晴れていく黒雲に歓喜の眼差しを投げた。
皓矢は初めて感じるソレの禍々しい気配に顔を強張らせる。
「ああ、これだ。私が待ち望んだ……遂にもう一度まみえることができる。ケモノの王!」
頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎。
そこにいる獣は紛れもなく、
「──」
鵺は怒りをたたえた瞳で詮充郎をじっと睨んでいる。
「ラ、ライ、くん……」
「そんな、今回も──」
永と鈴心が絶望して足から崩れ落ちる。
「あ、う……」
「──ッ!」
鵺の顕現と同時に星弥から苦しみが消え、もう一度ベッドに倒れ込んだのを見た皓矢は、式神の青い鳥を飛ばして星弥のベッドを包む結界を張った。
「星弥の鵺化が……!? オリジナルが顕現したせいか?」
動揺しながらも詮充郎は分析することを止めない。そんな詮充郎の態度にますます怒りを表し、鵺は低く唸る。
「ああ、これだ、この姿だ! 黒い毛、燃えるような紅い目、白く煌めく爪──私が、いや私達が焦がれていた鵺の姿がもう一度ここに!」
歓喜とともに興奮して叫ぶ詮充郎の前に、皓矢が立ちはだかった。
「お祖父様、お下がりください。後は僕が」
その冷静な物言いを聞いて、詮充郎は満足気にしていた。
「ふ。鵺が現れてようやく肝が据わったか」
「
皓矢が鵺を見据えて言葉を唱え始める。すると鵺の身体が石のように固まった。
「──ガッ」
動きを止めた鵺はその場で踏ん張るように立ち、小刻みに身体を震わせながら皓矢を睨む。
「お兄様、何を!?」
鵺となった蕾生が息苦しそうにするのを見て、鈴心が皓矢に向かって叫ぶ。
「あまり話しかけないでくれ、鵺に集中したい。僕はこの時のために一族が研磨してきた対鵺の術を仕込まれたんだ。こいつを生け取りにするためにね」
鵺から視線を外さずに言う皓矢の言葉を詮充郎が続ける。
「そう。我らには鵺の遺骸しか手に入らなかった。サンプルとしては不十分。生きたままの情報こそが! ──新たな世界への扉を開けるのだよ」
比喩表現にも聞こえた最後の言葉が永は妙に気になった。だがそんな揚げ足を取っている暇はなかった。
「ライを生きたまま、研究材料に!?」
「ふざけるな! そんなことはさせない!」
鈴心も永も憤然と抗議したが、皓矢は二人には目もくれず鵺を注視しつつ会話を続ける。
「では死ぬか? また来世に望みを繋げて?」
「そうだ! ライは僕らが連れて逝く!」
「……っ」
はっきりと言ってのける永に対して、鈴心が言葉に詰まる。その様子に皓矢は少し笑った。
「転生できる確証は?」
「それは──」
皓矢の言葉に永も一瞬戸惑いを見せる。そんな二人に向けて皓矢は力強く言い放った。
「君達のやっていることはただの先延ばしだ。もう終わりにしよう。いや、呪いはここで終わらせる!
叫ばれた言葉が鵺にかけた術を強めたのがわかった。鵺は雷に打たれたように大きく身体を震わせ苦悶の表情を見せる。
「ガアァッ!」
「ライ!!」
永は考えた。これまでの九百年間を振り返って考える。
何か、何かないか。鵺をライに戻す方法? いやせめて、鵺となったままでもいい、ライの自我を呼び覚ます方法を。
──九百年だぞ!? おれは何をしていた! どうして何も思いつかない!!
永がそんな後悔に取り憑かれかけた時、星弥を守っていた青い鳥が甲高く鳴いた。
「ルリカ!? どうした!」
「う……ん」
昏睡状態だった星弥が少し身じろいだ後、目を覚ました。