第10話 黄金色
「ライくん、なのか?」
おずおずと
「お、黄金の鵺だと? そんな、そんなものは文献にも載っていなかった。そんなものがあるとは……」
「ガアアッ!!」
すると鵺は詮充郎を見た途端に怒り猛って飛びかかり、その老体を組み敷いた。
「うわあああっ!」
「お祖父様!」
「お祖父様!」
「ライくん! もういい! ……こっちへおいで?」
永がそう叫ぶと、鵺はピタリと動きを止め、詮充郎の上からどき、ゆっくりとした足取りで永の側に座った。
「ライくん、本当にライくんなのか?」
永が呼びかけると、鵺は黄金色の瞳をくるりと動かして主人だと認めるように永を見つめていた。
「ライ、あなた──」
「皓矢、何をしている。とても珍しい鵺が顕現したのだ、あれを何としても我々の手に! 落ち着いている今が好機、術をかけろ!」
懲りない詮充郎の言葉に、永も鈴心も鵺を庇うように立ちはだかる。
しかし皓矢は静かに首を振った。
「いいえ、お祖父様。もうやめましょう」
「馬鹿を言うな! 絶好の機会ではないか!」
「先程までの黒い鵺ならそれもできたでしょう。ですが、あれはダメです。勝てる気がしません」
予想に反した皓矢の言葉に詮充郎は我が耳を疑った。
「な──んだと?」
「お祖父様、少しお怪我をされています。手当を……」
星弥がその腕を気遣うと、詮充郎はその手を振り払って当たり散らした。
「黙れ! 元はと言えばお前が鵺化出来なかったのが悪い! この出来損ないめが!」
「……ッ」
星弥が傷ついたような表情を見せると、鈴心は瞳に暗い光りを宿し、低い声を出す。
「詮充郎、星弥を愚弄するなら、今ここで貴方を殺します」
「グルルル……」
それに呼応して鵺もまた低く唸る。
「生意気な口を聞きおって……」
詮充郎がわなわなと震えながらも次の言葉が出てこない隙に、皓矢は打ち捨てられた萱獅子刀を拾って鵺に近づいた。
「何を──」
永が鵺を庇おうとしたが一歩遅く、皓矢は萱獅子刀の切先を鵺の額に当て何かを述べた。
「
するとその刃がまた鈍く光って、鵺の身体を黒雲が包んだ。
「てめえ! 何しやがった! 油断を誘ったんだな!?」
永が怒ってくってかかると、皓矢は抵抗せずに静かに言った。
「よく見ていなさい」
「え?」
「ああっ!」
鈴心の歓喜の声が響く。黒雲が徐々に晴れていく。そこには人間の姿に戻った
「ライ……くん」
「ライ……!」
蕾生は立ち膝のままで、その目をゆっくりと開ける。自らの手元を見ながら懐かしい声を出した。
「俺は、戻ったの……か?」
「ライくん!!」
頭がまだはっきりとしていない蕾生に、永が勢いよく飛びかかった。
「わあ!」
その下敷きになった蕾生は永ごともんどり打って倒れる。
「ライ!」
さらにその上から鈴心がダイブした。
「ぐえっ!」
「ライくん、ライくん! 良かった! 良かった! 元に戻れるなんて! こんなことがあるなんて!」
「ライ……良かったです、ほんとに良かった」
永も鈴心も涙でべしょべしょになった頬を蕾生にぐりぐり擦り付けて喜ぶ。
「わ、わかった、から、降りてくれ……苦しい──」
そんな三人の様子を眺めながら皓矢はほっと息を吐いた。
「ああ、上手くいったようだ」
「良かった……」
星弥ももらい泣きをしながらそれを見守った。
「な、何ということを──何ということをしてくれたのだ! 皓矢ァ!!」
その状況を唯一良く思わない詮充郎は怒髪天をつく勢いで叫んだ。
だが、皓矢はそんな祖父に憐れみの視線を落として静かに言う。
「お祖父様、潮時です。鵺の件は僕が当主として引き継ぎ……ッ」
言い終わらないうちに膝を折った皓矢を星弥が慌てて支えた。
「兄さん!?」
「大丈夫、大丈夫だ。少し、力を使い過ぎただけだ」
息も荒く、とても疲れた顔だったが、皓矢はまた立ち上がる。
「お兄様、ライを元に戻してくれて、ありがとうございます」
鈴心も側まで駆け寄って嬉しそうに皓矢に礼を述べた。
「良かったな」
「──はい!」
その頭を撫でながら笑いかけてやると、鈴心は一筋涙を零して頷いた。
次に皓矢は永に向かって軽く頭を下げる。
「
「皓矢! そんなことは許さん! 鵺は、鵺は私の物だ!」
その後ろで喚く詮充郎の言葉は既に負け犬の遠吠えと化している。そんな哀れな老人に、永は真剣な面持ちで話しかけた。
「詮充郎、こうなったら腹割って話そうぜ。何故そんなに鵺にこだわる? 前回、おれ達が死んだ後、お前に何があったんだ?」
すると詮充郎は怒りで顔を真っ赤にして吠えた。
「何が、あった──だと? そうか、お前達は何も知らないのだな。私の、私の
「紘太郎──お前の息子か」
「そうだ、鵺を手に入れることは、紘太郎の死に報いることなのだ!」
蕾生もまたようやく立ち上がって詮充郎に言う。
「なら、聞かせてくれ。あんたが何を思って、何を背負ってここまできたのか」
詮充郎は口惜しそうに歯を食いしばりながらも語り始める。
「いいだろう。聞かせてやる、あの日のことを……」