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第4話 白き会談

 一同は皓矢(こうや)の後に続いて倉庫を出た後、更に自宅から遠ざかるように奥へと歩いていった。すでに道もなく、見た目には雑草の生い茂るだけの場所で、皓矢は歩みを止めた。
 
拝眉(はいび)(くるる)銀座(ぎんのざ)
 
 何か短い言葉を発した後、皓矢がふっと息を吐く。消え入りそうな声だったため、どんな言葉かもその意味も誰も理解できなかった。だがすぐに目の前で異変が起こる。景色が蜃気楼のように揺らめいてぼやけ始めた。
 
 蕾生(らいお)は懸命に目を凝らす。なんとなく白く四角い建物があるように見えた。けれどそれはゆらゆらと朧げで、本当にそこにあるのかも判然としない。
 皓矢が右手で何かを切るような仕草をすると、ぼやけた建物の中に扉だけがくっきりと現れた。研究所で見たような、白塗りで鉄製の一般的な扉だった。
 
「!」
 
 その様子を(はるか)は硬い表情のまま、目だけを見開いていた。ごくり、と唾を呑んだことがその喉元に表れる。
 
「まさか、ここが──」
 
 鈴心(すずね)が驚きを隠さずに言うと、皓矢は振り返って冷たさを帯びた瞳で語る。
 
「ここは強固な結界が必要だから入るたびに解いているとコスパが悪くてね。入口を緩めるだけで勘弁して欲しい。それとこの場所のことは公言しないでくれ。お祖父様の研究の全てがあるからね。見た目通り敵が多いんだ」
 
 冗談混じりに笑う様もどこか冷徹さを孕んでいて、蕾生がそれまでに抱いていた人となりの良さそうな科学者の銀騎(しらき)皓矢(こうや)像はもう感じられなかった。
 皓矢の言葉を挑発ととった永は、一昔前の不良がするようなガン付けで乱暴に言う。
 
「するわけないだろ、なめんなよ」
 
 永の態度に不安を覚えた蕾生はまた永の前に立って、付け足すように言った。
 
「言ったところで誰も信じねえ」
 
「ありがとう。では、どうぞ」
 
 二人の様子に少し笑った後、皓矢がドアノブを引く。施錠も認証機能もなく、すんなりと入口が開いた。
 それよりも堅牢なセキュリティが外側にかかっているので、ドアに何もしていないのは自信の表れのように思えた。

 やな感じ、と思いながら永が先に中に入ると少し開けた玄関ロビーに見たことのある女性が立っていた。
 
「あ」
 
 小さな顔。大きな丸眼鏡。長い髪を後ろにまとめ、口元には真っ赤なルージュ。白衣が不釣り合いなほど、その赤は鮮烈だった。
 
「いらっしゃいませ、奥で博士がお待ちです」
 
 その女性は恭しくお辞儀をして一同を迎える。永の反応に気づいた蕾生が問いかけた。
 
「永、知ってるのか?」
 
「説明会で司会してた人だよ。──やっぱりね」
 
 そう言われると見覚えがある気もするが、蕾生にはよく分からなかった。だが永は何かを納得して彼女にも警戒しているようだ。
 
「奥、ですか?」
 
 聞き返した皓矢に、その女性は無表情のまま淡々と答える。
 
「はい。博士の御命令でそのように、と。簡単ではありますがテーブルと椅子は運んでおきました」
 
「わかりました、ありがとう。では皆、こちらへ」
 
 そうして彼女を置き去りに、皓矢が廊下の奥へ促す。いくつもの部屋を通り過ぎながら長い廊下を歩いていると、次第に寒くなってきた。
 
「兄さん、冷房が効きすぎてない?」
 
 星弥(せいや)が少し身震いしながら言うと、皓矢はほんの少し柔らかい声音で答える。
 
「奥の部屋は本当は資料の保管庫なんだ。だから空調管理がしてあってね。あ、寒ければ僕の上着を──」
 
「い、いいよ! 恥ずかしいから!」
 
 白衣を脱ぎかける皓矢を慌てて制して、星弥は手をぶんぶんと振った。その様子に皓矢は苦笑しつつ、突き当たりの扉の前で止まる。
 
「さあ、着いた。お祖父様、皓矢です。皆を連れてきました」
 
 ノックとともにそう言うと、中からしわがれた低い声が聞こえてくる。
 
「入りなさい」
 
「──失礼します」

 
  
 重たい鉄の扉を開けて皓矢は四人を部屋に招き入れた。白い床、白い壁の広々とした空間が蕾生達の目の前に飛び込んでくる。その中央には簡素な緑色の絨毯が敷かれ、低いテーブルとソファで構成された応接セットが置かれていた。
 確かあの女性は簡単な椅子とテーブルと言っていなかったか、と蕾生は違和感を持った。目の前にあるものは、どう考えても細身の女性が設置できる代物ではない。
 
「ようこそ」
 
 厳かな声に、そんな蕾生の思考はかき消された。応接セットの更に奥、やや離れた場所に古めかしい木製の机、そこで椅子にゆったりと腰掛けている老人が存在感を放っていた。
 
銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)……」
 
 蕾生が気圧されて思わず呟くと、詮充郎は皺だらけの顔にもう一つ皺を作って微笑んだ。
 
「何年ぶりかね?」
 
「さあ、忘れました」
 
 何も言えずにいる蕾生の代わりに永がしれっと答えた。
 
「──ふ。相変わらず非協力的な態度だ、ええと、今は周防(すおう)と名乗っているのか」
 
「すいませんねえ、コロコロと名前が変わって。そっちも相変わらずクソジジイですねえ、いや年老いてさらにクソが増しましたか?」
 
 永の虚勢にも見える憎まれ口には目もくれず、詮充郎は蕾生を舐め回すように眺めてまた微笑んだ。
 
「ふむ、相棒は今回も丈夫そうだな」
 
「ライを値踏みすんじゃねえ、殺すぞ」
 
 蕾生も初めて見るようなガラの悪い顔と口で永が凄む。だが詮充郎はそれも余裕で聞き流して声を立てて笑った。
 
「はっはっは! そう熱くなるな。昔言ったろう? 氷のように冷静であれ、と」
 
 ニヤリと口端を上げた様がその老獪さを物語っている。
 
「ああ、そうでしたかねえ。ま、とりあえずそちらの話を聞きましょう?」
 
 詮充郎の子どもに言い聞かせるような物言いを今度は軽くいなして永はドカッと音を立ててソファに座った。
 
「では、そうしよう。皆もかけなさい」
 
 永が大きな方のソファの中央に座ったので、蕾生と鈴心はその左右に腰を降ろした。星弥は一人がけの小さいソファに座る。皓矢はそれを見届けた後、詮充郎の机まで行き、その傍らに立った。

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