第3話 青い風
「
そこに一陣の青い風が吹き抜けた。
「──ルリカ」
涼しげな声とともに、青く大きな鳥が黒い犬を、その牙が星弥を捕える前に押さえつけた。
力で圧倒する青い鳥は黒い犬の眉間に嘴を刺す。すると黒い犬の体は霧のように散り跡形もなく消えた。
「あ……」
「星弥!」
震えてへたり込んだ星弥に駆け寄ってその無事を確認した後、鈴心は明るくなった入口を注視する。
星弥を助けた青い鳥は一回りほど小さくなって飛び、入口に立っている人物の肩に乗った。
「に、兄さん……」
「お兄様……」
二人に呼ばれた人物──
「怪我はないかい? 星弥」
「あ、うん、大丈夫……」
あっという間に永と蕾生を通り越して、星弥に手を差し伸べて立たせる。
「今のは──?」
一連の不思議な光景に蕾生が呆けている横で、永は皓矢を睨みつけていた。
その様に困ったような笑みを浮かべて皓矢は一礼した。
「こんにちは、
「ああ……」
何事もなかったように落ち着き払った皓矢の態度に蕾生は面食らった。
「こうも簡単にレオポンが倒されるとは、ね。おかげで第二のセキュリティが発動してしまったようだ。すまなかったね」
「俺達を試したのか?」
蕾生の問いに、皓矢は全てを見透かすような笑みを浮かべている。
「凄いね、予想以上の力だ」
「こ、の──ッ!」
カッとなった蕾生はそのまま皓矢に掴みかかろうとしたが、永がその肩を掴んで制しながら悔しそうに言った。
「──そうか、僕らはまんまと一杯食わされたんだね、銀騎さん?」
その言葉を聞いて蕾生も鈴心も驚いて星弥に視線を投げる。
「え──?」
「星弥?」
注目された星弥は罰が悪そうにしつつも息を整えた後、落ち着いた声に戻って言った。
「ごめんなさい、さすがにバレバレだったかな」
「いや、そんなことはない。君は中立の立場だってわかっていたつもりだったんだけど、油断してたな」
永は頭を掻きながら歯噛みしていた。鈴心も驚きを隠せずにいる。
「星弥はお兄様が来ることを知ってたんですか?」
「うん、ごめんね、すずちゃん。私が兄さんに頼んだの。彼らと話し合って欲しいって」
謝りながらも冷静に説明する星弥に、鈴心はただ驚いていた。
「兄貴が今日留守ってのは嘘だったのか?」
蕾生が尋ねると、それまで落ち着いていた星弥はピクリと肩を震わせて俯きながら謝った。
「──うん、ごめんなさい」
「……」
油断していた、と永が言った言葉が蕾生の頭に響いている。これまで星弥があまりに協力的だったから、当初の彼女のスタンスを忘れていた。
いや、鈴心が戻ってきた時点で星弥も味方になったのだと、錯覚していた。それを今実感して、蕾生は少し哀しかった。
「星弥を責めないで欲しい。この子は懸命に君達とお祖父様の間に立とうとしている。僕個人としては妹を巻き込まれて少し困惑しているんだけど」
皓矢の擁護はそれまで黙って悔しがっていた永の逆鱗に触れた。
「は? 先にリンを掻っ攫ったのはそっちだろ? そのお返しに人質にとったって良かったんだぜ?」
「喧嘩腰なのは元気で結構だけど、冷静になってもらえないと僕はますます困るな」
二人の交戦的な空気を読み取ったのか、皓矢の肩に止まっている鳥がチチチと小さく鳴いた。それを素早く察して星弥が声を荒げる。
「兄さん! やめて! わたしのお友達に酷いことしないで!」
「ああ、すまない。この子は僕の心を汲みすぎるところがあってね」
言いながら皓矢は肩の鳥の喉元を撫でる。鳥は気持ちよさそうに頭を皓矢の頬に擦り寄せた。
「周防くん、お願い。冷静に、話し合って欲しい。お互いの妥協点がきっとあるはずだから」
永に向き直って言う星弥の顔は真剣だったが、永はそれを一蹴した。
「前も言ったけど、そんなものがあるなら銀騎とここまで拗れない。──だけど、僕らはその話し合いとやらに応じないと無事では済まなそうだ」
皓矢とその傍の鳥から、威圧のようなものを感じた永はため息を吐いて観念した。皓矢は慇懃無礼な笑みを浮かべて言う。
「本当に申し訳ない。実はお祖父様がとても乗り気で、早く君達と会いたいとおっしゃっている」
「ジジイもいるのか?」
「……ではついてきてくれるね? お祖父様が自室でお待ちだから」
永の詮充郎に対する反応の早さに苦笑しながら皓矢は入り口に向かって歩いた。
「永……」
蕾生が出方を窺っていると、永は二人に向き直って意を決する。
「ライ、リン、行こう。とりあえずあのクソジジイにリンの件について文句言ってやる」
「わかった」
蕾生の返事に続いて鈴心も無言で頷いて、一同は倉庫を後にした。
外に出た途端、湿っぽい風が吹き抜けていく。蕾生は永の剣幕が少し怖かった。