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第5話 老獪

「その前にお祖父様にお願いがあります」
 
 突然星弥(せいや)が手を挙げて、毅然とした態度で話し始めた。
 
「ふむ?」
 
「お話が終わったら、今日は彼らを無事に家に帰してください。わたしはお友達に嘘をついてお祖父様の所に連れてきました。だから彼らの安全は保証してください」
 
 その言葉に(はるか)が目を丸くしていると、詮充郎(せんじゅうろう)は満足そうに頷き、椅子に深く腰掛け直して言った。
 
「いいだろう。そもそも今日の会談はお前が設定したようなものだからな」
 
「ありがとうございます」
 
 明らかにほっとした表情を見せて、星弥も深く座り直した。
 
「では、前置きは省いて言う。周防(すおう)(はるか)(ただ)蕾生(らいお)──特に唯、君のデータが欲しい」
 
「データ?」
 
 蕾生が聞き返すと詮充郎は掠れた、けれど何故か頭によく通る声で話す。
 
「そう。身長体重諸々の測定、血液サンプル、それからDNA採取、CTスキャンやMRIも撮影させてもらおう」
 
「ジジイ、耄碌(もうろく)したのか? おれが許すとでも思ったか?」
 
 永としては予想通りの要求だった。だがあまりに当然の義務のように語る詮充郎の不遜な態度に、自然と口調が変わる。
 
「まあ、お前はそう言うだろう。ならば、せめて血液だけでも置いていきなさい」
 
「嫌に決まってんだろ!」
 
 永が語調を強めると、詮充郎は首を傾げながら暗く笑う。
 
「それも嫌なのか? 我儘を言うもんじゃない──五体満足で帰りたければね」
 
「お祖父様!?」
 
 その恐ろしい言葉に星弥は動揺した。だが、詮充郎は子どもに言い聞かせるようにゆっくりと語りかける。
 
「落ち着きなさい、星弥。まだ交渉中だ。唯蕾生よ、周防はこう言っているが君はどうかね?」
 
 話題を振られた蕾生は、ここまででも充分に永の嫌悪感と星弥の恐怖心を感じ取っていた。その元凶である目の前の老人には怒りが湧きつつある。
 
「あんたの高圧的な態度は気に入らないし、あんたの頼みを聞いてやる義理はねえ」
 
 蕾生が答えると、詮充郎はそれを反芻するように少し考えた後、黙ったままの鈴心(すずね)に視線をやる。
 
「義理、か。鈴心をこれまで保護してやったことはそれに当たらないか?」
 
「保護? そんな話は鈴心から聞いてないな」
 
 蕾生の発言にも鈴心はただ俯いて黙っている。
 
「……」
 
 それを怒りと汲み取った永が声を荒げて言った。
 
「詮充郎、お前が前回どんな手を使ったかは知らないが、リンをおれから掠め取ったくせに白々しいんだよ!」
 
「──なるほど、そうとられているのか。私は助けたつもりだったのだがね」
 
「ぬかせ!」
 
 激昂する永を他所に、詮充郎は涼しげな顔で傍に控える皓矢に尋ねた。
 
「まあ、仕方ない。皓矢(こうや)、データはとれたか?」
 
「はい、概ね」
 
「なんだと?」
 
 短い皓矢の頷きに永は少し狼狽した。その様を見て詮充郎はまたニヤリと笑う。
 
「この部屋には、生体解析AIを搭載した監視カメラを数台設置しているのでね。外からわかる程度の情報はとらせてもらったよ」
 
「彼らが座っている長椅子から接触して、微小ではありますがその気の流れも式神に写しました」
 
 皓矢の事務的な付け足しに、永は弾かれたように立ち上がった。
 
「兄さん! こっそりそんなことするなんて!」
 
 星弥が非難すると、皓矢は少しも笑わず、無表情で言った。
 
「だから正直に報告したんだよ、せめてもの誠意でね」
 
「──話し合いの余地なんて最初からなかったな、帰るぞライ、リン」
 
 永はとうに愛想を尽かしており、蕾生と鈴心を促す。
 言葉には出さないものの、詮充郎と皓矢の汚い罠のかけ方に辟易した蕾生はすぐさま立ち上がった。
 
 だが、その瞬間、蕾生の全身に電流が走った。手足の自由がきかない。そこから動けなくなった。
 
「ライ!?」
 
 鈴心が叫ぶが、そちらを見ることもできなかった。
 
「な……んだよ、これ」
 
 指一本動かすことも叶わず、額に脂汗が浮くのがわかる。呼吸も苦しくなってきた。
 
「皓矢、このガキ!」
 
 永が即座に状況を理解して皓矢を睨んだ。皓矢が金縛りを蕾生にかけていたのだ。
 
「お祖父様、約束が違います!」
 
 星弥も泣きそうな声で訴える。だが詮充郎はゆるりとした動作で手を振り、のんびりとした声で場を制した。
 
「まあ、待ちなさい。話はまだ終わっていない」
 
 完全に優位に立ったと確信して笑う詮充郎と、皓矢の術により自由を奪われた蕾生の苦しい表情を見比べて、苦々しげに歯噛みしながら永はもう一度ソファの端に座り直した。
 
「わかった」
 
 永がそうしたことで、蕾生にかけられた金縛りはすぐに解かれる。その反動で体のバランスを崩し、ソファに腰を沈めた。同時に立ち上がっていた鈴心が蕾生を気づかって隣に腰掛ける。
 
「ライ、大丈夫ですか?」
 
「ああ……」
 
 蕾生はまだ整わない呼吸でそう呟くのが精一杯で、永が余裕をなくし、詮充郎を睨みつけるだけの状態でいるのに何もできない自分が情けなかった。

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