11 眩暈
姉さん、事件です。
親切にしてくれたイケメンは、セクハラ悪魔ではなく、暗殺者でした。
あ、ボクに姉さんはいませんでした。
あまりのショックにミチルが妄想で姉を作り出していると、アニーはヘラヘラと笑って言った。
「いやあ、バレちゃうなんて失敗失敗!ハッハハー」
「え……え……ほんとに?」
「ほんとほんと。昨夜はちょっと手こずっちゃってね、まさか返り血がついてるなんてね」
「──」
この時、ミチルは自分がどんな顔をしているのかわからなかった。
とにかく、ただ、驚いていた。
するとアニーは息を吐いて、ミチルの頬に触れる。
「怖い?」
そう聞かれてもミチルはよくわからなかった。あまりにも現実味がなかったから。
でも、ミチルに触れた手は温かくて、何か、上手く言えないけど、許しを求めているような縋るような目をアニーはしていた。
「怖く……はないかな」
アニーにどんな理由があるかはわからない。
それが人を殺していい理由になるはずもない。
けれど、この温かい手はやっぱり安心する。だから、怖くなかった。
「アラ、意外な反応」
アニーは少しとぼけて首を傾げていた。ミチルの頬をなぞる手はそのままで。
「なんで、そんなことしてるの?」
ミチルがそう聞くと、アニーは少し顔を強張らせる。
「理由次第では、受け入れてくれるの?」
試されている。そう思った。
だからミチルはアニーの目を真っ直ぐ見て言った。
「理解はしたいと思う」
「へえ……」
アニーの瞳は鋭い光を宿していた。
「理解ができたら一緒に罪に堕ちてくれるんだ?」
「んー……」
ミチルは少し考えてから、やはりアニーを真っ直ぐ見つめて言った。
「それが罪だってわかってるなら、堕ちる前にできることがあるよね?」
ミチルの言葉にアニーは目を丸くしていた。きっと予想していない答えだったんだろう。
「例えば?」
アニーの問答は続く。ミチルの頬を撫でながら。そうすることで自分の心を撫でているのかもしれない。
「うーん、それはよくわかんない。だってアニーのこと、まだ全然知らないから」
「──なるほど」
そうしてやっとアニーは少し笑った。それからミチルの頬をむいっと引っ張る。
「ひょっと!……はにすんの!」
「ははっ、かわいい」
その言葉と微笑みに、ようやくアニーの本音が宿った様な気がした。
……ので、ミチルはドキドキ動悸が激しくなった。
「それじゃあ、ミチルの熱い要望にお答えして話しちゃおうかな」
アニーはベッドからひらりと降りて、朝日を背負って笑う。
「夜明けのコーヒーでも飲みながらね!」
偽りのない笑顔を携えたイケメンの破壊力よ。ミチルは目がクラクラした。
……ところで、パジャマ代わりに借りたシャツ。彼シャツってやつじゃない!?
そんな事を今更考えて、更にミチルは目眩がした。